第6話「森の来訪者と、さざ波の予感」
昼下がりの村に、珍しい風が吹いた。
リューンが薬草の仕分けをしていると、広場のほうから人だかりと、どよめきの声が聞こえてきた。
「……何かあったのかな?」
荷かごを置き、そっと広場へ向かう。そこには数人の旅装束の男女――冒険者風の一行が立っていた。
目立っていたのは、短く切った金髪の女戦士と、ローブ姿の小柄な魔法使い風の少女。どちらも見慣れぬ顔立ちで、村人たちと距離を取って話していた。
「……いや、別に物騒な連中ってわけじゃなさそうだけど」
隣にいたエルナが、そっとリューンに耳打ちする。
「王都からの旅人らしいわ。森を越える道の途中で、何か探してるって。名前まではわからないけど……あ、あなたも行ってみたら?」
促されるままに近づくと、一行の魔法使いらしき少女が、ふとこちらに目を向けた。
「あなた……この村の人じゃないわね?」
どこか透き通るような声に、リューンは一瞬身構えたが、すぐに頭を下げた。
「僕はリューンといいます。少し前から、この村で暮らしています」
少女はじっとリューンの目を見つめる。どこか探るような、けれど敵意のない視線だった。
「私はセリア。風読みの術師よ。……あなたのまわりには、風の精霊の気配がある」
その言葉に、背後でエルナが小さく肩を跳ねた。リューンも思わず、ティア・リリルの姿を思い出す。
「……そんな風に見えるんですか?」
「風は嘘をつかないわ。それに……あなたの持つ薬草。精霊の加護が宿ってる」
言われて見れば、リューンの腰袋には先日摘んだ〈エランの葉〉がいくつか入っていた。風の精霊が教えてくれた場所で採ったもの――なるほど、彼女が何かを感じ取っても不思議ではない。
セリアは小さく頷いた。
「あなたに会えてよかった。実は……王都の一部で、風の流れに異変があるの」
「……異変?」
「まだ“兆し”の段階。でも、この森と精霊の反応を見に来たのも、その予兆を確かめるため。あなたが精霊と関われるなら、話せることもあるかも」
周囲の村人たちはその言葉をよく理解できていないようだったが、リューンには何となく、何かが始まりかけていることを感じ取れた。
夜。
薬草小屋で火を落とす準備をしていたリューンのもとに、ティア・リリルが姿を現した。
『……風が揺れてる。まだ小さいけど、“よどみ”が生まれつつあるの』
「それって、王都のこと……?」
『うん。でも、あなたはまだここにいていい。まだ、“その時”じゃないから』
風の精霊は、優しく微笑んで、そっとリューンの頬に触れた。
『私はあなたを見てる。いつも』
その言葉に、リューンの胸が少しだけ熱くなる。
村の生活は穏やかだ。だがその外では、ゆるやかに何かが動き始めていた。