第2話「森の薬草と、初めての取引」
村に来てから、今日で五日目。
まだ見慣れない木造の家々や、人々の穏やかな暮らしぶりに、どこか夢の中のような気持ちになる。
エルナに連れられてこの村に来た日、薬師のご夫婦――アニスさんとロイドさんは、俺を歓迎してくれた。
お二人の計らいで、いまは空き部屋を借り、手伝いをしながら暮らしている。
薬草や自然の知識に関しては、転生時にもらった“特典”に加え、このエルフの身体に宿る本能のようなものが助けになってくれている。
特に、薬草の香りや手触り、魔力の波のようなものを肌で感じ取れるのは、とても便利だった。
今日は、村に来てから初めての“本格的な採集”の日だ。
これまでは庭先で摘んだり、乾燥庫の手伝いをしていたけれど、いよいよ村の外へ出て、森の薬草を集めにいく。
「……よし、気を引き締めていこう」
俺は肩に籠を担ぎ、朝露の残る小道を歩き出した。
***
村の東側に広がる森は、朝の光の中で静かにざわめいていた。
鳥のさえずりと、遠くで木々がこすれる音。足元の草には露が光り、どこか幻想的ですらある。
最初の目当ては――ケルファ草。
薄緑色の葉に、裏側だけ銀色の斑点が浮かぶ薬草だ。止血や鎮痛に効果があり、村では常備薬として重宝されている。
(確か、この辺りの湿った場所に……)
膝をついて、根元をそっとかき分けると――見つけた。
ケルファ草は群生しており、その特徴的な斑点も確認できる。
「うん、質もいい……」
手際よく数株を採取していく。摘み方にもコツがある。根を無理に引き抜くと、次の芽が育たなくなるから、必要な分だけを切り取る。
そうやって、森の恵みを分けてもらうのが、薬草採集の基本だと感じる。
***
昼前、籠の中がほどよく埋まったところで村へ戻る。
向かう先は、村の中心にある小さな薬舗――薬師アニスさんの店だ。
彼女とは何度か顔を合わせていたが、しっかり話すのは、これが初めてだった。
「こんにちは、リューンくん、だったわね?」
薬舗のカウンターに立つアニスさんは、明るい栗色の髪を後ろで束ね、白いエプロン姿がよく似合っていた。
優しいけれど、どこか芯の強そうな瞳が印象的だ。
「はい、今日は初めて森で薬草を採ってきました。よろしければ、見てもらえますか?」
「まあ、採集に出たの? ふふ、いいわね。見せてちょうだい」
籠を見せると、アニスさんは目を丸くして、少し驚いたように笑った。
「……初めてとは思えないわ。摘み方も丁寧だし、種類の選び方も的確。誰かに教わったの?」
「いえ、自分なりに勉強して……あと、感覚で分かるところもあって」
「感覚、ね。エルフの血ってやつかしら。あなた、本当に不思議な子ね」
少しの沈黙のあと、アニスさんはカウンターの奥から小さな袋を取り出し、中から銀貨数枚を差し出した。
「これは、買取の分よ。とてもいい薬草だもの。これからも、お願いしていいかしら?」
「……ありがとうございます。ぜひ、お願いします」
薬草が貨幣に変わる。そのことに、なぜか胸が熱くなった。
この世界で、初めて自分の力で得た“価値”だったから。
***
夕暮れ。村の丘の上で、俺は小さな風を感じながら腰を下ろす。
金貨より重い数枚の銀貨が、ポーチの中で軽く鳴った。
「……少しずつ、前に進めてる気がするな」
この世界に転生して、五日目。
俺の薬師としてのスローライフが、ゆっくりと幕を開けた。