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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

現支配者 -THE GREAT ONES-

作者: 廃墟

アルツモ・フーディーは両手で力一杯自分の口を押さえ、こみ上げる悲鳴をなんとか押し戻そうとしていた。かすかに漏れたその呻きが、邪悪なるものどもの心胆寒からしめる悍ましい邪神に捧げられる詠唱と、哀れな生贄の悲鳴に掻き消されたのは不幸中の幸いであったかも知れない。

だが、彼はまだ邪教の祭祀の真只中にいる。


彼はミッキー・タロット大統領が再選した時に新設された「合理化省」のトップになった。

前回の就任では最悪の結果しか残さなかった合衆国史上どころか世界史に残るレベルの無能な大統領が再選したのは合衆国市民が痴呆化した結果だった。アルツモはその痴呆化を推し進めたひとりであったので、彼自身にはとうてい扱えない権限と地位を得たが、それを重圧に感じられるだけの感性と知性と判断と認識と誠実さ等々を持ち合わせていなかったので、ホワイトハウスをまるでディズニーランドかユニバーサルスタジオであるかのように楽しんでいた。

もちろん、このバカはホワイトハウスの主になったわけではない。が、そんな判断ができるくらいなら合衆国市民どころか自身の経営するSNSを世界中の人々を痴呆化するためのシステムにするわけがない。

ホワイトハウスをさんざん歩き回り(そしてDLやUSを訪れるバカたちと同様にゴミを捨てたり備品を破壊したりしながら)、次はペンタゴンに行ってみるか、と、さながらアトラクションを乗り換えるかの如く考えていたときに、その物音を聴いた。

時はもはや真夜中をとうに過ぎている。アルツモはバカなので時間を気にするということがないのだ。夜はこの世ならざるものたちの時間である。賢しきものたちはそれを知っているから、住み慣れた巣に戻り眠るのである。

愚かなものどもが夜の底を歩きまわりこの世ならざるものの訪れに立ち会ってしまう。

ぺしゃり、ぺひゃり、という粘りつく粘液が床に叩きつけられるような音。

鼻腔に絡みつく生臭い臭い。

そういった徴しを感じれば、たいていの生きものは警戒する。

もちろん、アルツモはそのような賢さを持っていないから、わざわざその徴しの元へと近づこうとする。それはただバカであるというだけではなく、自身がそういったこの世ならざるものに近い存在となりつつあることの現れなのかもしれない。だが、アルツモにはそのような形而上の思考ができるだけのスペックは無く、結果としては「ただのバカ」という評価を与えることしかできない。

歴代の大統領が執務を行なってきた部屋にそれはいた。身体中に暗緑色の粘液を塗りたくり、KKKのような滑稽なかぶりものをした男たちが、横たわる数人の痛めつけられた人たちの周りをダラダラと廻っている。横たわっている人たちは様々な色の肌や髪や目の色で、性別も年齢もまちまちであったが、皆一様にその目に絶望を宿している。

アルツモにはその知識がまったく無く、また想像力はそれ以上に無いので気付いていなかったが、それは邪神ダゴンを召還するための儀式だった。横たわる誰もがそれを薄々理解していて、合衆国は邪神の手に堕ちるのだと、その覚悟をしていた。

いっぽうのその周りを廻っている連中は、怪しげな祭文を詠唱しているようだが、一定の間隔で廻るということすらできないようで、妙に間隔が空いているかと思えば一足ごとに前や後ろにぶつかっているものもいる。総じて、祭祀や儀式を行えるような社会性を有していないものたちだということが、それだけでわかる。

だかしかし、その所業は凄惨なものであった。幼稚園児のような円形の行進をするものたちは手に様々な得物(藁を扱う大きなフォークや長剣、タロットの絵にあるような死神の大鎌等々)を持ち、時々横たわる人々に突き刺す。その度に突かれた人々は疲れた呻き声をあげる。派手な音や血飛沫は無い。それだけに、どれほどの長い時間そのような邪悪な儀式が続けられていたのか、まともな思考を持つのであれば容易に想像できて、この醜悪な光景により恐怖を感じさせる。まあ、アルツモはそんな高度な思考はできないので、純粋に何が起きているのか理解できていなかったのだが。

「ええい、此度の生贄は生きが悪いな。もっとこう泣き叫んだり跳ね回ったりしないと気分があがらんではないか!」

廻るものの一人が頭巾を脱ぎ捨て、あまり知性を感じられない言葉を吐き出した。ミッキー・タロット大統領その人であった。アルツモは「まあ、アイツはこーゆー奴だよな」と、冷静に受け止めた。下には下がいる。バカは自分の見ている世界以外のことを考えることができないので、自分より賢い人のこともバカな人のことも等しくわかっていない。それこそがバカのバカたる所以だ。ミッキー・タロットは近代では稀に見るレベルのバカなので、その底を予見するのは賢者にも難しい。アルツモには「たいていのバカなことは実行してしまうレベルのバカ」としてしか認識できないが、大抵の人もそのように判断するしかないレベルのバカがミッキー・タロットなのだ。

「ならば大統領閣下、もう何人か連れてきましょうか?」と続けて頭巾を取ったのは副大統領だった。確かスキー旅行に出掛けているはずだが、とアルツモは思ったが、正気を取り戻した合衆国のスキー場から「スキーしたけりゃロシアに行けよ」ともっともなツッコミをされてすごすごとワシントンに戻ってきていたのだ。

「……お前元気だな。どう?生贄やってみない?」

ミッキーのこの発言は、彼特有のジョークだったが、普段からジョークかそうでないかの判断がつきにくい言動をしてるうえに、本人もジョークで言ったかどうかが判別できない(なにしろ自分が言ったかどうかすら曖昧になっている)ので、副大統領の顔色は瞬く間にWASPから死人、死人からエジプトのミイラといった具合にゲーミングPCの如く色を変えていった。

「なななななななにをおっしゃいますプレジデント、わたしはあなたの補佐としてめいっぱい暴虐と惨殺を尽くしますので何卒ご容赦くださいつうかおねがい殺さないでなんでもしますから!」

その副大統領の悲鳴を聞いた途端に、ミッキーは心底楽しそうな笑顔を浮かべた。それは知性を完全に欠いたまったくの虚ろだけがある笑顔だった。むしろ憎悪や邪悪があるほうがまだ理解できるだけましであっただろう。

「そう、それだよ!オレが欲しかったのはその声だよ!いいな、やっぱりお前はオレの見込んだだけのことはある!」

アルツモはこのときミッキーの恐ろしさを本当に理解した。

「メインはこいつだ!こいつこそがオレの求めていた生贄だ!」

ミッキーのコールに有象無象たちがレスポンスした。殴りつけ蹴りつけながら副大統領を縄でぐるぐる巻きにしたKKKたちは、乱暴に今まで横たわっていた人たちを押しのけ、副大統領を円陣の中心に据えた。副大統領は掠れた、だが長い悲鳴をあげた。それはますます邪教徒を刺激した。

アルツモ以外の人ならば早々に理解していたはずのことを、彼はようやく理解した。

ミッキー・タロット大統領は人が苦しむことをなによりも楽しむ人間なのだと。それは右翼であるとか愛国者であるとかフェミニストであるとか移民であるとかは関係無い。

他者が苦痛を感じることがミッキーには快楽なのだ、と。

副大統領は頭部を大きなフォークで串刺しにされ、四肢を長剣やバールのようなもので磔にされた。にも関わらずまだ生きていたのは、神が与えた罰なのかもしれない。

その悲鳴を聞いたアルツモは、それが自分の未来の姿であると直感的に理解し、呻き声に近い悲鳴をあげたのだ。


脱出はあっけないほど容易だった。副大統領を惨殺することに夢中になっていた大統領とその取り巻きは、這い回り転げながら逃げ出すアルツモのことなどまったく気にしていなかった。

ホワイトハウスを警護する警官たちに執務室で行われている邪教の祭祀を告げ、自分は今すぐに家に帰りたいことを告げた。

ワシントンの警察と軍のみならずちょっと目端のきくメディアはとうの昔にミッキー・タロット大統領がダゴンの使徒であるということに気付いていて、ホワイトハウスはたちまちに陸軍に包囲されていた。

アルツモはパトカーの車内に流れる無線を聴きながら自分が今まで何も知らなかったことに気付いた。

自分以外のほとんどの人がそれに気付き対抗するための手段を構築していたことに驚いた。それはもちろんアルツモがバカだから気が付かなかっただけのことなのだが。

だから、アルツモは自分の乗っているパトカーを運転している警官が

「余計なことをしてくれたよな、アルツモさん。偉大なるミッキー・タロット大統領閣下の邪魔すんなよ」と言って、ハイウェイから落下するコースを取っても「あれ?危ないよおまわりさん」としか思わなかった。

バカはバカなのだ。


アルツモはだいたい六分割された。頭部は比較的に原型を保ったが、下半身は内臓も含めてスクラップと化した。まあ、ふつう死んでる。

だが、アルツモは「現支配者」の庇護を受けて「不死」を得ていた。彼が意識を取り戻した時、そこは彼の所有しているマンションの一室だった。そこには彼の飼っている数匹の猫とその世話をするヘルパーが常駐していた。

アルツモの意識は頭部はともかくほかの部分が断裂していることを認識している。その痛みも含めて。

「帰宅が遅いぞ。我に手間を取らせるな。」

アルツモが意識を(猛烈な痛みと共に)取り戻したときの最初のメッセージはこれである。

「アルツモさん、大丈夫……ではないですよね……」

と、音声で伝えてくれたのはアメリアであった。自宅の猫の世話を任せていた。

「なんとなく」猫の保護活動にコミットしていた。猫の数匹を飼うことは経済的にはさほど負荷がないことだったし、家に帰って猫がいることは悪いことではなかった。

アメリアは2桁にのぼる引き取った保護猫(アルツモは基本的にバカなのでそれにともなう社会的な責任を考えていない。)を見事に世話していた。

「アメリアが気に病むことはないよ。ちゃんとこやつには給料を払わせる。それが支配者の義務だ」

そう答えているのは、どこで拾ったのかわからない、1匹の黒い猫だった。


「……その、あなたが現支配者だとして、アルツモさんがこんな酷いことになっているのはあなたが関係しているのですか?」

黒い猫にブラシをかけながらアメリアが問いかけていた。

彼女はアルツモが気紛れに保護した数十匹の保護猫を世話するために雇ったアニマルヘルパーで、この黒い猫を拾った人物でもある。

「我がこのものに不死を与えたことを言っているのならその通りだ。こやつが死ねばアメリアはその仕事の適正な報酬を受け取ることができなくなるからな。」

「……では今の合衆国をもとに戻すことはできませんか?」

「……難しいな。我らは人の自主性を重んじている。お前たちがあのバカが良いと思うその気持ちを否定することはしない。それによってお前たちが滅亡の危機に陥ることがあろうと、それはお前たちの望んだことだからな。」

黒い猫はそう言ってアメリアの手に頭を擦り付け、舐める。

「可愛い下僕たちの望みは最大限に叶えてやろう。それは支配者の義務だ。」

「……つまり、いまの状況は私たちが望んだことである、と?」

「気を悪くしないで欲しい、アメリア。

だが、それを否定することは我らにはできない。

死にたがるものを止めるのは我らの間でも難しいことなのだよ。」

なにを難しいことを言ってるのだろう、とアルツモは思った。自分はこんなに痛みと苦しみに苛まれてるのに、と。

「じゃあ消してやろう、バカめ」

黒猫が言うと、アルツモは内蔵が腐っていく感覚も四肢が絶たれている感覚も感じなくなった。

「その感覚が無いとお前らはすぐにやらかすのだがな。まあ、今はお前などよりもアメリアのほうが大事だ。お前などはダゴンの復活を阻止する以外になんの役にも立たん。」

「アルツモさん、喋れるようになりましたか?」

「ずっと喋っていたよ」と答えて、その音が「ずうとしべいればなたら」と聞こえてきて、さすがに今までまともにしゃべれていなかったことをアルツモは自覚した。

「さきほども言ったように、このバカがアメリアにちゃんと給料を払うようにすることしか我はやらんぞ。このバカはダゴンの召還儀式を目撃したが死んでいないことで儀式が失敗していることを決定する要素となったからな。死なせるとめんどくさくなるが、それはアメリアが我らを撫でる技術よりも価値が高いことにはならん。」

黒い猫はいわゆる「顔を洗う」しぐさをしつつもアメリアから視線を外さない。アルツモなどはまったく見ていない。

「……アメリアが同胞を見捨てられない気持ちはわかるがな。北米大陸が炎に包まれようとお前と眷族をまもってやるのは容易い。だがな、『誠実なヒト』を守るのは難しい。その難しさは『誠実なヒト』とは、お前たち『ヒト』のありようでブレるからだ。…わかっているのだろう?アメリア」

「……はい」

アルツモにはまったく理解できない状況であった。だから、周囲を深きものどもに囲まれていることに気付いたときにはそれを知らせるのが最適解だとおもった。

「やかましい」

黒猫が尻尾を一振りするだけで、マンションの建物を覆い尽くす深きものどもが瞬時に四散した。

「お前は本当に理解していないのだな、支配者の眼前にいる、ということを。まあかまわん。我もお前をダゴンにぶつけるアイテムとしか思っておらん」

「ではやはりアルツモさんは……」

「このバカは他者をアイテムとしてしか思っておらんのだから、アイテムとして扱っても自業自得でしかないよアメリア。……そうすることができない、ということは美点に繋がるが、それをヒトが理解するには長い時間が必要だ。今は我らの庇護を利用するくらいの厚かましさを発揮しても良いぞ。そうでなければ」

声が響く。ダゴンの召還に失敗した深きものどもがやみくもにその本性を表してただただすべてのものを喰らい尽くそうと夜の底で蠢いている。

古き支配者を放逐した現支配者は、今また古きものを駆逐しようとしている。

「お前たちはまだ無知の領域にいるのだ。」

古き邪神、名状し難き悪しき旧支配者の群れを現支配者はその愛らしい尻尾の一振りで一掃した。


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