土地神と結婚した男
病を患った体と妻を伴い、久しぶりの帰省をした私は驚いた。町全体が記憶にあるよりもずっと寂れてしまっていたのだ。
だが、私が妻と結婚してからすでに四十年あまり。つまりこの町を離れてから四十年が経ったということになる。考えてみれば、寂れてしまったのも当然のことである。
私はすっかり恐縮してしまい、誰にともなく「なんだか申し訳ないね」と呟いた。
しかし妻は「時代の流れだよ。それにそのうち戻るんだから」と言ってにっこりと笑う。
そんな妻の顔を見ていると、年甲斐もなく照れ臭くなってきた私は、その手を引いて歩き始めた。
妻は少し驚いたようだが、それでも顔を綻ばせていた。
昔から手を引かれるのが好きだったなと、なんとなくそんなことを思い出していた。
人の少ない駅からシャッターだらけの商店街を通り、この近辺で唯一のプールを横目に歩き、壁がすっかり日焼けしてしまった小学校の側を抜けると、町の中心を走る大通りに出る。
その大通りを挟んで向こう側に視線を向ければ、妻と初めて出会った神社の鳥居が目に飛び込む。神社そのものは少し上がった小さなお山……というよりは低すぎてほとんど丘と言っても良いような場所に建てられているので、こちらから見えるのは鳥居の他には石段と、石段を囲むように植えられた木だけだった。
鳥居もまた記憶にあるよりも艶が消え、どこかくすんでいる。石段の周りもなんだか暗く淀んでしまっているような印象がある。
私と妻は手を繋いだまま鳥居をくぐり、石段を一歩一歩ゆっくりと登っていく。
「あらら。お手入れしてないのかな」
きょろきょろと辺りを見回した妻は不満気な様子でそう言った。私は苦笑いをしながら応じる。
「家主がいないんだから、それも仕方ないことだよ」
そんなことを話しながら、私は何度か咳をする。きっとこの病魔は、人の身でありながら土地神を連れ出し、自分の妻にするなどという大それたことをしでかした私に対する罰なのだろう。
土地神の加護がなくなったことでこの町は寂れてしまっている。だが、それももう終わりだ。
石段を登り終え、神社に着いた私は妻の方へと振り返る。
「いままで私のわがままに付き合っていただき、ありがとうございました」
「ううん、私も楽しかったよ」
妻はそう言って笑った。出会ったときと何一つ変わらない、美しい笑顔だった。
そして、ふと気が付けば妻は幻のように消えていた。
あれから数年後。私は目に見えて活気が戻って来ている故郷にある、とある老人ホームで生活をしている。妻はもう隣にはいない。
だが私は、思っていたほどは悲しくなかった。一週間に一度ほどの頻度で妻から手紙が届くからだ。
数十年ぶりに行う土地神としての仕事はひどく面倒であるらしく、愚痴がつらつらと書かれているその手紙を読んで私は思わず笑みをこぼす。
そんな私を見て施設の職員はこそこそとなにかを話していた。
「あの人、またなにも書かれてない紙を見て笑ってる」
「なにが見えているのかしらね」
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