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03 元恋人

 私は本当に信じられない思いで、思わず震えてしまう手を伸ばし、彼の被る狼の仮面を外した。


 仮面の下から出てきたのは、鋭利さも感じさせるような、冴え冴えとした冷たい美貌。


 間違いなく、アーチボルト・ラザフォード……私は彼が現れそうな場所は、出来る限り回避して来た私にとっては、まさに二年ぶりに見る顔だ。


 私にあっけなく別れを告げた幼さがまだ残る青年は、もう何処にも居ない。私も何もかもを利用して、若くして宰相にまで上り詰めた人が、今ここで何をしているの?


「アーチー? 嘘でしょう……貴方、どうして……こんな所に居るの?」


 あまりの動揺に私の声は、狼の仮面を持つ手と同様に震えていた。


 だって、もう二度とこんな風に近くで会うことなんてないだろうと思って居たのに……久しぶりに見た元恋人は、なんてこともないと言わんばかりの余裕をもって、にっこりと微笑んだ。


「僕がここに居る理由は、君がここに居るからだよ。ココ……それ以外に、何があるというんだ?」


 私の居るところには、当然のように自分在りと言いたげなその言葉は、彼と付き合っていた頃に、何度だって聞いた覚えがあった。


 ……ええ。そうなの。付き合っていた頃にはね。


「いいえ……私たち、もう既に別れたはずよ! アーチボルト……私をあっさりと捨てたことを、もう忘れたの」


 二年前の彼と別れたあの日を思い出し、思わず涙が湧き上がり泣きそうになった。


 そして、思い知らされたのだ。


 ……初めての恋人のことを、私はまだ、過去に出来ていないんだと。


 どうにか、彼を過去にしたくて……それで、私は覚悟を決めて、ここへと違う誰かと結婚しに、やって来たはずなのに!


「……けど、現に今僕と結婚したばかりだ。初恋の君とこうして最終的にも結ばれることが出来て、僕は本当に嬉しいよ。コラリー」


 ええ。私たちはお互いに、初恋だったわね。


 私もアーチボルトも、幼馴染みかつ、初恋同士だったわ。だから、私も自分を慰める際には何度も何度も思ったものだ。


 初恋は、実らないと大昔から言うから……と。


「私は……貴方に、二年前に捨てられたのよ。よくも……そんな私の前に、こうして、のうのうと顔が出せたわね!」


 激しい感情で肌が心が波だった私が、立ち上がってそう言えば、アーチボルトはやれやれと言わんばかりに、同じようにして立ち上がった。


 ……そうなのだ。


 私が二年前に大失恋して、その後、恋愛出来なくなった原因は、何もかもすべて、目の前のこの男……アーチボルト・ラザフォードのせい!


 自分より頭二個分くらい背の低い私を見下ろす余裕たっぷりの笑顔だって、にくらしくて堪らない。


 仮面婚の参加者に彼が偶然居たなんて、とても信じられない。


 モテモテなアーチボルトは、好みの女性を選んで恋愛結婚すれば良いでしょ。一人になってもまったくモテなかった私と違って、付き合っていた時すらも、常に引く手あまただったんだから。


 アーチボルトは理由もなく私に別れを告げて、すぐに違う女性と付き合い始めたのに!


 それなのに、捨てた元恋人の私と結婚ですって? ほんっとうに馬鹿にしているにも、程があるわ。


「ああ……君のさっきの言い方を借りると、ここに落ちていたコラリーを、拾いに来たんだよ……だって、仮面を着けて結婚なんて、もし誰でも良いのなら、僕だって良いだろう?」


「全然良くないわよ! 確かにもう、結婚出来るなら誰でも良いと思って参加したけど、貴方だけは絶対嫌!!」


「コラリーは、わかってないね。そういう理由で結婚するなら、幼なじみで気心の知れた僕が良いよ。簡単な、物事の帰結だ。僕たちはお互いに、良いことも悪いことも既に知り尽くしている。それに、何か忘れているようだから言っておくけど、仮面婚はさっき、正式に成立しているんだから、コラリーは既に僕の妻だよ」


 そうね。確かに『仮面婚』は成立している……書類はさっき、颯爽と持って行かれてしまったもの。


「もしかして、今まで黙っていたのって……」


「やっぱり、僕の名前を見てなかったんだね。投げやりな気分になったココなら、そうすると思ったよ。今の君なら、すぐにでも書類破りそうだろう? もう受理されて、登録まで済んでるね。これで、ひと安心だ」


 さっき係の女性が出ていって、受理されるまで、十分に時間が経過したと踏んでから、私に声をかけたの?


 ……ほんっとうに、信じられない。


 それに、腹立たしいことに双方の合意なくては、すぐに離婚は出来ない。だって、この『仮面婚』制度では、絶対に自らの意志で、結婚することになるからだ。


「つい、この前。アーチボルト、貴方があの人と別れたって聞いたわ……けど、あんなことをされて、私はまた貴方のことを好きになんて、絶対にならないわ」


 別れた当初、私はアーチボルトを忘れようとして、必死にもがいた。


 それでもまだ好きで、どうにか嫌いになりたくて、そうやって努力してきた。


 やっと、彼の存在を忘れて、普通の生活することが出来るようになってきたのに。


 なのに、もう一度、彼のことを好きになんてなれない。


 お互いに数え切れない程に、好きだと言い合っていた私を、役に立たないゴミのように、すげなく捨てたのは、このアーチボルトなんだから!


「まあまあ……そんな風に怒っていると、せっかくの可愛い顔も台無しだよ。ねえ。コラリー……少しは、落ち着いたら?」


 興奮している私を宥めるように、そう言ったけど、全部が全部、そっちのせいだって言うのに!


「もうっ! 落ち着かないのは、誰のせいなの! 揶揄うなら、良い加減にして。アーチボルト。私に二度と、近付かないでよ!」


 興奮して一息に言い放って、はあはあと荒い息をついている私の肩をポンと彼の手が叩いたので、私はそれを乱暴に振り払った。


 一瞬、拒絶されて彼の瞳の中に傷ついたように見えたけど、こっちにだって、死にたいくらいに傷つけられたことがあるんだから、この程度のことなんて、その千分の一にもならない。


「……それは、無理だよ。コラリー。僕たち、さっき結婚したし、『仮面婚』の条件通り、もう新居だって用意してある。僕たちは夫婦になったんだ。君が帰る場所はもう、朝出てきた実家ではなくなってしまったんだよ」


 どうか、ここは落ち着くようにとでも言いたいのか、アーチボルトは、さっきよりゆっくりとした速度で話していた。


 ……確かに、私はアーチボルトと結婚したんだから、彼と共に新居に向かうしかないわ。


 さっき出した婚姻書類を取り戻して、破り捨てたい衝動に駆られたけど、公式に決められた制度の手順に従って正式に結婚をしたのに、それは反古には出来ない。


 もし、それをすれば、確実に私の人生が終わってしまう事態になりそうなので、胸に沸きあがる激しい衝動はぐっと堪えることにした。


「……何のつもりなの? アーチボルト。もしかして、いまさら……私とやり直そうとでも言う訳?」


 あんな振り方をした……元恋人と?


 そういうことなの? けど、私がもし、アーチボルドだとしたら、絶対に他の女性を選ぶわ。


 だって、自分がどん底にまで傷つけた女性と結婚するなんて、超絶なマイナスのスタート以外、あり得ないもの。


「ああ。そのつもりだよ。コラリー。さあ……ここで延々とお互いの事情を言い合っている訳にもいかない。僕たちの家へ、帰ろうか。新居は君が気に入るように、特別に用意しているからね」


 出来るだけ優しい猫なで声を無理して出しているのか、彼の冷たく見える美貌に、似合わない声だった。


 アーチボルトは作りもののように整った外見では、冷たく近寄りがたく見えるけど、親しい人にだけにしか見せない彼は、それとは全く違うものなのだ。


 けど、本当に、何のつもりなの……二年前に、その時に恋人だった私ではなく……何もかもを持つお姫様を、自分で選んだ癖に。


 二年前に自分たちの間に何があったかなんて、ぜんぶ忘れてしまった様子で、にこにこと機嫌良く微笑む元恋人が、本当に信じられなくて、私は不機嫌に眉を寄せた。



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