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13/13

13 手違い

 私がひとしきり泣き終わって、アーチボルトが差し出したハンカチでチーンと鼻をかむと、彼はこれを聞きたいとタイミングをはかっていたのか私に質問をした。


「……ねえ。コラリー。どうして、ドミニクはここに? しかも、僕が仕事で居ないとわかっている時間帯に」


 もし、彼が何か呪いについてわかったことがあるのなら、自分に話があるはずだろうとアーチボルトは思っていたのかもしれない。


「あ。そうなの! 私の呪いが解ける方法が、ひとつだけあって……」


「コラリー! そうなのか、良かった」


 アーチボルトがぱっと目を輝かせて物凄く喜んだから、なんだか、諦めざるをえないその方法を言いづらい……。


「あの……ドミニクと私が愛し合えば良いらしいんだけど、私にはアーチボルトが居るから無理って断ったの」


「……え?」


 アーチボルトはとても驚いた顔をしたけど、彼だって同じようにそれは無理だと同意してくれると思ったから、私の方だって驚いた。


「え。だって……私が大好きで愛しているのは、アーチボルトだけだもの。彼を愛するなんて、無理よ」


 言い出したドミニクだって「だよなー」と納得していたような気がするもの……ダメ元で、無理だよねと聞きに来ただけではないかしら。


「いやっ……それって、きっとコラリーが思って居るような意味ではない気が……うーん。まあ、本人に聞きに行くか。さっき、あいつを帰さなければ、良かったな」


 アーチボルトは私をソファの座面に降ろすと、考え込むように腕組みをした。


「……思っているような意味ではないって、どういうこと?」


 私が首を傾げると、アーチボルトは頭を撫でて微笑んだ。


「コラリーには、わからなくて良いよ……さあ、僕も城へ帰るよ。仕事中だったし、ドミニクにも話を聞く必要がある」


「う……うん? あ。けど、私もお城行ってみたいな……ドミニクに面会するっていう名目なら、きっと大丈夫だよね?」


「そうだね。本来ならば王族との謁見は前々から許可が必要だが、僕の妻との同席だと言えば、きっと大丈夫だろう……」


「やった! ありがとう。アーチボルト……早くミルクティー貰って来て!」


 はりねずみの姿をしたままで、お城へ謁見に行ったりは出来ない。幼馴染みの私ならではの遠慮なしに急いで行って来てと言えば、アーチボルトは幼い頃から私に良く言っていた言葉を返した。


「かしこまりました。僕のお姫様」



◇◆◇



 アーチボルトの使う馬車の車輪は滑らかにまわり、私は前からに気になっていたことを聞いた。


「ねえ。アーチボルト。どうして、ラザフォード家の紋章を付けていないの?」


「ああ……ごめん。色々あって、コラリーとの恋を潰してしまうことになった僕を、両親が……特に母が許さなくて……破門されているんだ。つまり、ラザフォード家のスペアは今は僕ではない」


「あ……そうだったの。ごめんなさい。私、ラザフォード侯爵家のことはあまり聞かないようにしていて……」


 私はアーチボルトとの失恋のダメージが辛過ぎて、彼が行くかもしれないとか、彼の兄弟が居るかもしれないという場所は意識的にすべて避けていた。


 そんな私に彼の情報を言い出すような人も居なくて……アーチボルトがそんな事になっているなんて、全然知らなかった。


「うん。良いんだよ。何も言えなかった僕の家の事情なんて、コラリーは気にしなくて当然だよ。けど、君と結婚したと聞けば、きっと喜んでくれると思う。母はコラリーのことを、気に入っていたからね。」


「ラザフォード侯爵夫人……今はもう、義母上になるのね。あ! そうね。私の両親にも知らせないと……昨日はとても、それどころではなかったもの」


 色々と衝撃的過ぎる真相を知り、私は両親へ知らせることなんて忘れてしまっていた。


「うん。まあ……昨日も言ったけど、ゆっくりすれば良いよ。僕らは既に結婚しているんだから、一生一緒に居るからね」


「……うん」


 私たちは微笑み合い、はりねずみの呪いのことは早くどうにかしなければ……なんて。


 のほほんと出来ていたのは、その時までだった。



◇◆◇



「……僕はまだ未婚だと、記録されていると? どういうことだ?」


 王族に会うにあたっては、身元確認など特別な手続きがあると言われたので、アートボルトと私は門衛の奥にある部屋へと進み、簡単な書類にサインすると、言いづらそうな門衛より衝撃的な知らせを聞いた。


 えっ……? アーチボルトと私って、昨日、仮面婚で結婚したよね? どういうこと?


「ラザフォード宰相閣下。申し訳ありませんが、いくら貴方でも正式な妻ではない女性を連れての謁見は許されておりません」


「……どうやら、何か書類上の手違いがあるようなのだが」


 アーチボルトは私の前では見せないような厳しい表情に低い声で、門衛ににじり寄っていた。


「いっ……いいえ。それならば、書類を担当している部門へ、自らご連絡して聞いてみてください。我々も特例で無理を通す訳にはいきません」


「……そうしよう。君には悪いことをした」


 門衛に書類上のミスを責めても仕方ないと冷静に切り替えたアーチボルトは、私を連れて自分の執務質へと急いだ。


「アーチボルト……どういうことなの?」


「いや、もしかしたら……君の家にも仮面婚の封筒が、届いていたと言っていたね?」


「え? ええ。中は見ていないけど、父に届いていたはずよ」


 だから、使用人皆は「コラリー様が仮面婚で結婚された!」と盛り上がっていたのだと思う。


「僕もそうだ。昨日はあんな感じだったし、あの家は急遽用意したものだから、こちらに書類は届くようになっているはずだが……あ。これか」


 アーチボルトは私も見覚えのある封筒を開けて、中身を確認してから、くしゃりとそれを乱暴に握りしめた。


「……アーチボルト?」


「わかった。君と僕の婚姻書類について、不備があるから、再度書きに来るようにと……セルパン大臣の名前で、書かれている」


「ああ……書類に不備が? では、もう一度書きに行ったら良いのね」


 私はほっとして言ったんだけど、アーチボルトは真面目な顔をして崩さない。


「……アーチー。どうしたの?」


 何も言わないアーチボルトに、不安になって私が聞けば、彼は急に言葉を詰まらせて私に言った。


「ごめん。コラリー。僕のせいだ……これも。僕が……あの人を怒らせたからか」


「え……あの人? 何を言っているの?」


 コンコンと扉を叩く音がして、アーチボルトは眉を寄せた。


「コラリー……僕は大丈夫だから……出来れば、ドミニクを見つけて彼に助けを求めるんだ……良いね?」


「え? アーチボルト?」


 アーチボルトはふわりと私を抱きしめようとすると、当然のごとく私ははりねずみになった。それと同時に扉が乱暴に開き、衛兵が何人が入って来た。


「ラザフォード宰相閣下。貴方には現在、国家重要機密漏洩の容疑が掛かっております。申し開きについては、取り調べの時にどうぞ」


「わかった。逃げも隠れもしないし、取り調べには全面的に協力しよう」


 アーチボルトは床に居る私を見もしないで、両手を挙げて彼らの方向へ歩いて行った。


 ……そうだ! これって、私だけはどうにか逃がそうとしたってことよね? 慌てて私は近くにあった机の下へ姿を隠した。


「……城へ共にいらっしゃったという、ご令嬢は?」


「彼女はすぐに家へと帰ったよ。おや……僕への容疑であれば、僕本人だけで十分だと思うんだが?」


「……どうぞ。大人しく従って頂けるようなら、縄を掛けるような真似はしません」


「大人しく従うよ。何か誤解があるようだが、僕は無実だからね。逃げも隠れもしない……真実を話すという制約魔法も、必要であれば受け入れるよ」


 アーチボルトは何故か挑発するように、彼らにそう言ったことが不思議だった。


 ……アーチボルト。貴方には既に制約魔法が掛かっているはず……重ね掛けは出来ないからって、二年も自由を奪われたのに?


 それ以降は誰も何も言わずに黙ったままで、彼らは部屋を出て行った。


 取り残された私は、はりねずみ姿で呆然とするしかない。




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