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最終話になります。
いつもより長めです。
よろしくお願いします。
式典が行われる広間には多くの人が集まっていた。
始まりの鐘の音とともにざわめきが収まり、司祭様等の後について私も入場する。
最高位の司教様のありがたい御言葉の後、錫杖と宝玉を渡された。
宝玉は、私の手に触れると同時に眩い光を放った。
周囲から響めきが聞こえる。
私も「おおう…」と小さく驚く。
そして国王から黒髪の乙女への感謝の言葉と共に、頭に三角形の冠を載せられた。(アレだよアレ)
私は完成した白装束姿で振り返り、広間に集まった人々を見渡してから錫杖と宝玉を高く持ち上げる。
宝玉から放たれた光のカケラが空に向かってキラキラと舞うと、大きな感嘆の声とともに皆が拍手をした。
そして、錫杖と宝玉を決められた位置に戻して式は終了。
静々と退場した。
。。。
その後の御披露目パーティーでは、入れ替わり立ち替わり来賓の挨拶を受ける。
皆、元のネロリさんを知っているわけで、植え付けられた恐怖からか遠巻きに様子を窺っている。
「緊張してる?」
隣に立つ旦那様が心配そうに聞いてきた。
「いいえ全く。むしろ本領発揮です」
バッチバチに入った仕事スイッチ。
挨拶時に自己紹介で名前を言われたら、すぐにプロフィールが頭に浮かぶ。
「先日、御長男がお生まれになったそうですね。おめでとう御座います。益々の繁栄を…」
「昨年の大雨を乗り越え、今年は豊作とお聞きしました。〇〇産の〇〇は上質だとも…」
「御病気が回復されたそうで、おめでとうございます。どうかご無理をなさらないよう、ご自愛ください」
手を握ってにこりと微笑む。
そしてネロリさんの悪業の被害にあった方々には非難の言葉をぶつけられた。
そりゃそうだ。
死人が出てないのが不思議な程の酷い事をしている。
その後は補償を教会がしたり、国がしたりと後始末が大変だったそう。
なので謝る。とにかく謝る。ひたすら謝る。
一通り挨拶を終えると、リオが果実水を持ってきてホステス時代と同じ挨拶をしてくれた。
「お疲れ様です。さすがライムさん。お見事でした」
「2時間でボトル何本入りましたか?」
「0本です」
「クッ…」
ボトルなんて関係ないとわかっちゃいるけど、すごーーくすごーーく悔しい。
「メリッサは?」旦那様がリオに聞く。
「あっちで友人と一緒にいる」リオの視線の先に、一際賑やかな女性たちの中で楽しそうに笑っているメリッサさんがいた。
いいね、楽しそう。なんて思っていたら、声を掛けられた。
「なんておかしなドレスかしら…」
え?白装束のこと?確かに変だよねと、声がした方を振り返ると、濃いオレンジ色の派手なドレスを着た中年の女性が立っていた。
「あら、聞こえちゃった?」女性はうふふと笑う。
「こんな貧相な女性がベリル様の妻だなんて、しかもじゃんけんで負けて貴女の面倒を見る事になったのでしょう?ベリル様がお可哀想ですわ…」
そう言って伏せ目がちにチラリと私を見た。しかしその口元にはいやらしい笑みが見える。
バージル領、レウカンサ殿の奥方、サルビアだ。
旦那様が動こうとしたので「ここは私が…」と前に出る。
果実水をくいっと飲み干し、グラスをリオに渡す。
こんなの仕事でよくある事。
入ったばかりの新人が、何を勘違いしたのか上位ホステスに絡んでくることがある。
そこできちんと対応出来なければ、ホステスの仕事は務まらない。
サルビアは続けた。
「だってそうでしょう?こんな黒い髪なんて不気味ですし、黒い瞳もなんだか恐ろしさを感じますわ。黒髪の乙女なんて言っても…本当に加護のチカラがあるのか怪しいものですし、魂が変わったとはいえ元の乙女が酷い人間だったという事に変わりはありませんでしょ?どうせ、今度の乙女も大した事ないと思いますわ。魂が戻ったのなら、ベリル様と別れて教会に戻ったらいかが?そしてベリル様には、うちの娘をお勧めいたします」
そう言うと、サルビアに瓜二つの娘が恥じらいながら前に出て、スカートを持ち上げ挨拶をした。
それを見て勝ち誇ったように笑みを浮かべてこちらを見るサルビア。
私は、今にも怒りが爆発しそうな旦那様の手を取り、自分の頬を寄せる。
旦那様がハッとして私を見た。
私は旦那様を見つめてうっとりと微笑む。
「ふふふ…冗談にしてもつまらな過ぎて笑っちゃいました。貴方が黒髪を不気味に思っても、黒い瞳を恐ろしいと思っても…旦那様に選ばれたのは私なの。ごめんなさいね」
そう言って、握っていた旦那様の手を自分の腰にまわし、後ろから抱きしめられたようなかたちで旦那様の胸の中にすっぽりと収まると、困ったような顔をして見せた。
私の態度にサルビアはカッと顔を赤らめる。
私は気にせず、ゆるゆると旦那様の胸にもたれながら続ける。
「それと、黒髪の乙女の加護がきちんとしたものか…私も気になります。なのでまず、毎日している加護の祈りからバージル領を外してみましょう」
居るだけでいいと言われているのだから、加護の祈りなんてした事ないけど。
「加護の祈りを外したバージル領の変化で、加護の力が本物かわかりますでしょう?」にこりと笑ってみせる。
加護を外すと言われ、明らかに顔色を悪くするサルビア。
「そ、そんな事出来るわけないわ!」
「どうかしら?」
そこで騒ぎを聞きつけたレウカンサさんがやって来た。
レウカンサさんは黒髪の乙女の魂捜索に於いての会計などを担当していた。
国家事業として挑んだ魂捜索。その重要性をわかっているのだろう。真っ青な顔をしている。
「お前たち!何てことしてくれたんだ!」
「あ…あなた…だって…その女より娘の…」
「何度も何度もいい加減にしろ!次に騒ぎを起こしたら離縁だと言っておいたのを忘れたのか!!」
「そんな!違うの!私は!」
「黒髪の乙女様、ベリル様、申し訳ございませんでした。此度の件、私の監督不行届でございます。
妻と娘は妻の実家へ送り返します。そして私は引き継ぎが終わり次第、この職を辞します。どうぞ怒りをお収め下さい…」
そう言うと深々と頭を下げた。
私は全く怒っていない。
本当に全く怒っていない。
でも、ここで罰を与えなければまた同じ事をする人が出て来ると思う。
どうするかしら…
旦那様に判断を仰ごうと腕の中から出ようとしたら…
「?!」
旦那様の腕がびくともしない。
それどころかがっちりと押さえ込まれて身動きが取れない。
「ちょっ…」
顔だけ上に向けると、悪そうな顔をした旦那様と目が合う。緩く口角を上げる旦那様が視線をレウカンサさんに向けた。
「この騒動の処分について、この場で判断は出来ません。きちんとした処分が決まり次第連絡します。」そう告げる。
「承知しました…」レウカンサさんはまた深々と頭を下げ、サルビアと娘の手を引き、出口に向かった。
どうなるかと固唾を呑んで見ていた人たちも、ほっとしてそれぞれの場に戻っていく。
騒ぎは収まったのに、旦那様は離してくれない。
「ちょっと…あの、離してもらえます?」
「嫌だ。自分から飛び込んできたくせに」
「それは!サルビアに納得させるためです」
「じゃあ今度は私を納得させてみて」
そう言われて自分の頬が熱くなっていくのがわかった。
もうっ!もうっ!
「う〜…」
私は奥の手を使うことにした。
少し離れたところにいるリオにすがるような視線を向けて…
「たすけて…お兄ちゃん…」
と、消え入るように呟く。
リオは表情を変えずにツカツカとやって来て、皆から見えない角度で旦那様の脇腹にワンパン入れた。
「ゴフ…」
あっ…キマったね。
痛そう。
その隙に腕から抜ける。
「ありがとう!お兄ちゃん」
そう言うとリオは何故かもう一発、旦那様を叩いていた。
その後は特に問題なく、メリッサさんと話したり、旦那様が持ってきてくれた料理を食べたりして楽しく過ごす。
「少し早いけど、そろそろ帰ろう」
「はーい」
旦那様は何やら手続きをしている。馬車の手配や、護衛隊、それと帰り道の道順の確認など。自覚はないけれど、私はこの国にとって大切な存在なのだ。
何かあっては困るよね。
。。。
街灯のない夜道を馬車で進む。
明るい夜が普通の私は、夜が暗いという当たり前の事を不思議に感じた。
「帰りに少し寄りたいところがあって…」
「はい」
しばらくすると馬車の動きが止まった。
馬車を降りると周りに遮るものがない緩やかな丘の上だった。
「暗いから足元気をつけて…」
旦那様がそう言って私の手を引いてくれる。
月明かりに照らされて、私と旦那様の影が出来る。
「思ったより今夜は月が綺麗だね」
ドキッとした。
夏目さんはこの世界にはいないだろうけれど。
私は慣れない暗い道で転ばないようにと、足元を見ながら慎重に進む。
私の歩調に合わせて、ゆっくりと歩みを進める旦那様が言葉を続けた。
「君の世界は夜でも昼のように明るいとリオから聞いている。空から見るほどの高い所から地上を見ると、遠くどこまでも途切れる事なく宝石箱をひっくり返したような煌めきがあるとも。でも、明るいせいで夜空の星を見るのは難しいと。
こちらの世界は君の世界ほど明るさはないけれど…夜空が素晴らしいんだ」
そう言われて私は空を見上げた。
「本当に…」
綺麗だった。
吸い込まれそうな星の数。自分が何処に立っているのかわからなくなるほどの星に囲まれて、何故か泣きそうになる。
「君には本当にすまない事をしたと思っている。王国の都合で魂をこちらに連れてきてしまった。向こうでの生活もあっただろうに…」
辛そうにそう言われて、旦那様と繋いだ手にぎゅっと力を入れる。
星を見上げていた旦那様が私を見た。
「えっと…その事については、実は何とも思っていないんです。私、小さい頃から家の事全てをしていたし、大学に入ってからは、学業と仕事と介護の日々でいつも大変でした。
こちらに来てやっと草花の香りを嗅ぐ事が出来る余裕が出来たし…私、旅行って行った事なかったんです。こちらの世界は旅行に来たみたいで、毎日とても楽しいんです。気になるのは元の世界の私の事ですけれど、宝くじが当たるらしくて!ふふ…自分でない自分だけど…喜ぶだろうな…そう思うとワクワクします」
たぶんあっちの私は、金銭的に余裕が出来れば資格を取ると思う。
そして昼の仕事に変えるだろう。
夜の仕事は嫌いではないけれど、長く出来る仕事ではないから。
宝くじかぁ…驚くだろうな…ふふ。
旦那様が私の両手を取り正面に向き合う。
「行きの馬車で話した事、覚えてる?」
私はコクリと頷く。
「私は…仕事だと思って仕方なくネロリと結婚したけれど、今、君と一緒にいる事を楽しく感じているんだ。私は君が好きだ。でなければこの気持ちに説明がつかない。任務など関係なくずっと一緒にいたいと思っている」
君の気持ちを教えてほしいと。
私は心に散らばる気持ちのカケラを一つ一つ丁寧に集めて答える。
「………私は…まだ、人を好きになるってどういう事かわからないんです。ずっと…誰にも甘える事も出来なかったし…恋愛する余裕なんてありませんでした。この世界に来た時も既に結婚していて、旦那様が旦那様でした。
…でも、今とても幸せです。これを変えたくない、今のままが良いと望んでいます。私の旦那様が…ベリル様で良かったと思っています」
ベリル様は私の答えにはにかみ、嬉しそうに微笑んだ。
「その気持ちだけで充分嬉しい。君に「好き」だと思ってもらえるよう、私も頑張るよ」
そう言ってそっと私を抱き寄せた。
さっきとは違う、もっと優しく温かく、そして甘く。
夜空を覆い尽くす星の煌めきの中で、ベリル様の腕に身を委ねる。
私は今までに感じた事のない安心感と幸福感を味わいながら、これから先いつまでも続く幸せを願った。
。。。
「あ熱っっつ!」
まだ4分経っていないカップ麺を、またもやぶちまけてしまった。
もったいないが、それどころではない。
「………当たっ…てる…」
駅前でなんとなく買った地方宝くじの、一等が当たっている。
何度も何度も確認するが、間違いなく当たっている。
もう一度、もう一度と確認してやっと理解した。
宝くじが当たった。
ふぉおおおーっ!!!!
拙い文章、最後までお読み下さりありがとうございました。
初めてのイセコイチャレンジ。
設定もかなり異色だったと思っています。
皆様の応援が心の支えでした。
また頑張って!と☆☆☆☆☆で応援していただけると嬉しいです。
本当にありがとうございました。
誤字脱字のお知らせ、本当にありがとうございました。