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なんだかんだで戴冠式&御披露目パーティー当日。
王城までは旦那様と一緒に馬車で向かう。
馬車だよ?乗った事ある?私は初めて。
ゴトゴト…ゴトゴト…ゴトゴト…
窓の外を見ながら、センチメンタルな仔牛の歌がリフレイン。
狭い馬車の中、向かいに座る旦那様とはいつもより距離が近い。明らかにこちらを見ているのがわかる。視線に耐えきれず私が見ると目を逸らす。しばらくするとまたちらりと見るの繰り返し。
何か言いたいことでもあるのかな?
「今日、いいお天気で良かったですね」
会話の取っ掛かりとして、一番無難な天気の話をしてみる。
「…ああ…」
ぷいっとそっぽを向く旦那様。
んん?
これは…
もしかして…
「もしかして…照れてます?」
単刀直入に聞いてみた。
お店に来るお客様でもこういう人はよくいたのだ。自分の意思ではなく、お付き合いや接待で初めてクラブに連れて来られた人は、どう接していいかわからずに気恥ずかしさからそっけない態度をしてしまう。
もしかすると今までの旦那様の態度もそうだったのかもしれない。
「ばッ!!……かな…」
旦那様は驚き、馬車の中で立ちあがろうとして…座った。
図星か。
じゃあ、プランBで。
「あの…私との結婚って…じゃんけんで負けたからなんですよね?それで私の面倒をみることになるなんて、本当に申し訳ないと思っています。愛することが出来ないような奥さんは…嫌ですよね。リオから仲良くするように言われましたが、無理のようでしたら私……教会に行きますから…」
しおしおと弱々しく伏せ目がちにそう言うと、旦那様が慌てだした。
「いや!…違うんだ。そうか…愛する事はない…そうだった、そんな事言ったな…違うんだ!じゃんけん!?それも違うんだ!」
慌てる旦那様をニコニコと見守る。
私のニコニコ視線に気付いた旦那様がカアッと顔を赤らめた。
「嵌めたな…」
「はい。試しました。旦那様は私のことが嫌いなのだと思っていましたが、もしかしてそうでもないのかな?と思いまして」
「嫌い……では…ない……………はぁぁぁ…やられた…」
赤い顔を両手で覆う旦那様が復活するまで待つ。
それから観念した旦那様は少しずつ気持ちを話してくれた。
旦那様は、元のネロリさんのことがとても、とても苦手だったそう。
常に刺々しく攻撃的な気配を纏うネロリさん。
そばにいる人の揚げ足取りな事ばかり言い、周りが不愉快になっていく。そんな彼女との結婚は、地獄の始まりだと絶望したそう。
それなのに私と魂が入れ替わった途端、中身は別人になってるし、見た目はネロリさんのままだし、どう接していいかわからなくなった。と。
「その、すまなかった」
「私も試すような事をしてすみませんでした。
でも良かった…もし本気で嫌われていたら、本当に教会に行くつもりでした…」
プランAだ。
「いやっ!ずっとうちに居て大丈夫だ!」
旦那様がきちんと座り直し、深呼吸してから私を見た。
「すまない…君も急にこの世界に連れて来られて不安だったはずなのに…きちんと向き合うべきだった。確かにネロリとの結婚は仕事だと考えていた。だが、君とはこれから先も一緒にいれたら…と思っている」
エメラルド色の瞳に見つめられ、ドクンと心臓が音を立てた。
ホステス時代、この手の口説き文句をいくらでも聞いてきたのに…この結婚も仕事のはず。それなのにどうしてだろう。上手くはぐらかす事が出来ない…
これから先も?
私はこれから先もずっとこちらの世界にいるのだろうか…二度と戻る事はないのかな…
この人は母や父のように私を置いて突然いなくならないだろうか…
旦那様の瞳を覗き込むと、瞳の中に不安そうな私が映っていた。
もう少し近くで見たいと思い体を寄せる…もっと近く…
お互いの息がかかるほど、瞳の中の私がはっきり見える距離になった時…ガチャリと音がして馬車の扉が開いた。
「あれ?俺、タイミング悪かったか?」
「うきゃあーーっ!!!びっくりしたーっ!!」
リオの声に心臓が口から飛び出たと思った。
「とっくに着いてるのに、降りて来ないからどうしたかと思ったぞ」
「もうっ!もうっ!」
無意識の行動が恥ずかし過ぎて、とりあえずリオをポカポカと叩く。
「ネロリは支度があるだろ。早く行け。頼まれたモノも用意してあるぞ」
そうだった。
白装束を着なくては…
「…ふわい…」
今のびっくりでどっと疲れてしまった。
ヨロヨロと馬車から降りて案内の人に着いていく。
チラリと振り返ると、旦那様がにこにこと笑って手を振ってくれた。
お互いが素直な気持ちを伝えた事で、気持ちの距離が近くなった気がした。
。。。
控え室では、先日会ったスタイリストの方々が待っていた。挨拶をして、着付けてもらう。
今日はメイクもしっかりする。
白粉を塗りたくるような事はなくて安心した。
着付けが終わり、リオに用意してもらった小さなお菓子の包みを手伝ってくれたスタッフに渡す。
「今日はありがとうございます」
可愛いリボンの付いた花型の砂糖菓子。
ばら撒き用にぴったり。さすがマネージャー。(過去)
式典まで少し時間があるそうで、ソファーに座ってスタッフみんなと世間話をしながら待つ。
世間話と言っても、私はこちらの世界の事を全く知らないので、聞き役に徹した。
こういう時ホステスの経験がとても役に立つなと思う。相手の話を上手く引き出し、気持ちよく話せるような雰囲気に持って行く。
異世界スキル《ホステス》なんちゃって。
「ネロリ、入るぞ」
リオが来た。
「はーい」
「(白装束)似合ってるな」
「うらめしいです」
「妻を紹介させてくれ。メリッサだ」
リオの隣には、すらっとした涼しげな女性が立っていた。
透き通る金髪にブルーの瞳…めっちゃ美人。
「はじめましてネロリと申します。ハリオドールさんには本当にお世話に…「うわ〜!あなたがライムちゃん?ネロリさんだけどライムちゃんでいいわよね?本当に可愛いわね〜!リオがメロメロなのもわかるわぁ。リオったらね、異世界にいた時いつもあなたの事ばかり話していたのよ?妹が出来たみた…」
「頼むからやめてくれ…」
赤い顔したリオがメリッサさんの口を押さえていた。
モゴモゴしながらも、リオの手を口から引き剥がしてメリッサさんは続けた。
「もう!照れ屋さんね!ごめんなさいね、うちの人照れ屋でしょ?意地悪されなかった?好きな子には意地悪するタイプなのよ」
「はいはいはいはい!ネロリ、後でな!」
リオは無理矢理メリッサさんを連れて部屋を出た。
ぽっかーん…
びっくりした笑
リオの奥さんめちゃくちゃ可愛らしい人だった。
(♪〜BGM ナレーション風)
リオ。別名、山田太郎…
地味な名前とは裏腹に、金髪にブラウンの瞳のスタイリッシュな顔立ち。
クールでなんでもそつなくこなす黒服として人気があり、何人ものホステスが太郎を手に入れようと奮闘した。
トップホステスが総動員で落としにかかるが、あまりに動じない太郎に対し「きっと男色なんだ」とみんな納得。
すると今度は「それはそれで萌える」と、みんな好き勝手に太郎で妄想した。
《ナレーション終了》
「みんな…太郎はただの奥さん大好き人間だったよ…」
ツワモノホステスたちが創り上げた太郎ネタに思いを馳せる…
「メリッサは相変わらずだな…」
入れ替わりに旦那様が入ってきた。
っ!!
ちょ!
あああ〜っ!
さっきの馬車での事もあって、恥ずかしくて旦那様の事が見れない。スイ…と旦那様から目を逸らす。
「あれ?さっきより顔が赤いけど大丈夫か?疲れて熱でも出たりしてないか?」
不意に旦那様の手がおでこを触った。
ちょっと!
あれがあったせいか旦那様も急に距離を詰めてきた。
「!!!!ぅ〜〜〜だ……いじょうぶ…れす…」
いやっ!!全然大丈夫じゃなーいっっ!
どうした私っ!おかしいぞ!熱でもあるんじゃないか!?
…。
ちらりと旦那様の顔を見る。目が合う。
ああっっ見れない!プイッと逸らす。
「ふっ」
旦那様の笑う声がした。
「ネロリ、もしかして…照れてる?」
!!!うぎゃーっっ!!それ!さっき私がやったやつ!こんなに恥ずかしいとは知らなかった!!
「照れてませんっ」
「照れてるよ」
「照れてませんっ!」
「まあまあ。仲がよろしいことで」
スタイリストさんがニコニコして言う。
ハッ!
周りに人がいたんだったーー!みんなの前で〜〜!!もうっ!もうっ!
「そろそろ時間です」案内の方が迎えに来た。
エスコート役の旦那様が腕を出す。
私は気持ち落ち着かせようと、大きく深呼吸した。
そして恐る恐るそっと手を乗せると、旦那様が優しく笑ってくれた。
その笑顔を見て心が温かくなる。
今まで感じた事のない安心感におとなしく身を委ねた。