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午後になり黒髪の乙女専門のスタイリストチームが来て、ドレスの説明をしながら私に着付けていく。
「こちらは初代がデザインしたドレスでございます。独特のデザインで、初代が「黒髪の乙女しか着てはいけない」と決めました。わたくしが着付けを担当できる事、本当に光栄で御座います」
そう言って深々と頭を下げた。
用意された真っ白なシルクのドレスは、二重襟でギャザーなしのラップワンピース。
ストンとしたストレートワンピースの腰を白いリボンで縛り、髪は結わずに下ろして、白い三角形のティアラをつけたら…
これは…
「白装束じゃね?」
リオを見ると、笑いながらグッ!と親指を立てていた。
「本当にお美しゅうございます!」
スタイリストの方は初めて見る「黒髪の乙女の正装」に、感動して泣いている。
周りのアシスタントの方々も「生きているうちに黒髪の乙女の正装が見れるとは!」と、それはそれは興奮していた。
私も生きてるうちに着るとは思っていませんでしたよ。
ちょうど旦那様も部屋に来られて「綺麗だ…」なんて言ってる。
この状況で「これは白装束です」と言える猛者はいますか?
私には言えません。
「…… 皆様、ありがとうございます」
にっこり笑って、ウエストの辺りで両手をブラブラさせてみた。
………
翌日からは、この国の歴史やマナー、産業などを旦那様やリオ、マーサさんから学び、来賓の顔と名前を覚える事に時間を費やす。
丁寧に説明してくれる旦那様の話を、忘れないようにメモ書きする。
お客様の顔と名前、職業、年齢、好みなどを覚えるのはホステスの仕事と同じだと思うと、すんなり覚える事ができた。パーティーでのマナーなども、経験からかそう難しいとは思わなかった。
「少し休もうか」
旦那様の提案でパティオでお茶にする。
パティオの周りには色とりどりの花が咲いていた。
そう言えばこちらに来て初めて外に出たかも。
様々な花を見つつ、そのうち実が成って食べられる果実もあるのかな?そしたら食べたいな…なんて思っていた。
席に着くとマーサさんがお茶を淹れてくれたので、にっこり笑うとマーサさんも微笑んでくれた。
あれからマーサさんとはよく話す。
突然こちらに来た私のことをさりげなく見守り、気遣ってくれているのがよくわかる。
「その…突然こちらに来る事になって色々不便な事もあると思うが、何かあれば言ってくれ」
珍しく旦那様がそんな事を言ってきた。
旦那様とは、初日の…私がこの世界に来てパニックになった時くらいしか普通の会話はした事がない。
食事中は無言だし…勉強中は勉強の内容しかやり取りしてないし。
「お前を愛することはない」
初日にそう言っていたし、じゃんけんで負けて結婚したって感じであれば当然だろうと思っている。
ホステスで色々な男性を見てきたし、もともと母子家庭なので「夫婦愛」もよくわからない。
それに困った時はマーサさんも、リオもいるので何の問題もない。
なによりこれは「お仕事」だ。
「お心遣いありがとうございます。リオもおりますし、マーサさんも優しいです。職場として何の問題もございません」
二人を思うと自然と笑みが出る。
「そうか…」
それ以上旦那様は何も言わなかった。
。。。
《 ベリル視点 》
「ベリル グランデだ。こちらこそ宜しく頼む。
それと…さっきはすまなかった」
いきなり襲われたとはいえ、魔法で弾き飛ばした非礼を詫びた。
「いえ…先程は私も何が何だか状況がわからずに取り乱し失礼しました。…その…私、知らないうちにあなたと結婚したそうで…不束者ですがどうぞ宜しくお願い致します」
深々と頭を下げるネロリ。
見た目は変わらないのに、今までの攻撃的な気配が消え、柔らかな雰囲気を纏った別人になっている。
あまりの変わり様に驚いていると彼女は不思議そうに首を傾げた。
「あ…すまない。本当に魂が変わったんだなと思って…少し驚いたんだ」
この国では唯一無二の黒髪がさらりと揺れる。
そして同じく唯一無二の黒い瞳に見つめられ戸惑う。
「はい。ハリオドールからお仕事だとお聞きしました。お仕事ならば、しっかり働きたいと思います」
そう言った後、彼女はチラリとリオを見た。
リオも彼女を見ていた。
二人は、言葉にしなくても言いたい事がわかり合っている雰囲気だった。
この時感じたもどかしさの理由が何故かわからなかった。
翌日、食堂で見た彼女の可愛さには破壊力があった。
黒髪を二つに分け、下の方で結いている。思わず可愛いと言いかけてしまった。いや、はっきりと可愛いと言うべきだった。
次は気持ちを素直に告げよう。
今後の予定を話した朝食後、私はすぐに席を立ってしまったが、リオとネロリはマーサのところに向かったらしい。私も慌ててキッチンへ向かう。
キッチンの入り口から中を覗いてみれば、ネロリがリオに何かお願いをしていた。
「いいでしょう?お兄ちゃん」
あまりの可愛さに目眩がした。
。。。
午後の衣装合わせ、着付けが終わった頃を見計らい様子を見に行く
部屋に着くとネロリの頭に乙女の冠を載せ終わったところだった。
艶めく黒髪に真っ白な乙女専用のドレスがとても綺麗で、思わず「綺麗だ…」と呟くと、彼女は少し困ったような顔をして…その場にいる皆に礼を言っていた。
そして翌日からは、この国の事やパーティーの来賓客の名前などを彼女に教える。
真剣に話を聞き、メモを取る彼女。
黒髪の乙女の濡れたような黒い瞳に長い睫毛の影が映る。
結婚証明書にサインをする時のネロリの横顔と同じなはずなのに、全く違う人を見ているようだった。
ハラリと落ちる髪を耳に掛ける仕草の横顔に魅入っていた。
パッと顔を上げた彼女と目が合い、我に返る。
この頃自分の気持ちがよくわからない。
今までのネロリに対する嫌悪感と、最近のネロリに対する愛おしさの狭間で胸が苦しい。
それと…あの時の下着姿がチラついて彼女を直視出来ない。
「少し休もうか」
そうだ。
少し休んだ方がいい…私が。
気候も良いのでパティオで休憩の提案する。
パティオの周りに咲く花々を優しげに見つめる彼女は、女神のようだった。
一花一花愛しむように見て回る彼女を、愛おしく思った。
パティオのソファに座るとマーサが来て、お茶の準備をし始めた。
彼女はマーサやリオとは何かとよく話しているらしい。
何かきっかけがあれば、私とも距離が近くなるのだろうか…
「その…突然こちらに来る事になって色々不便な事もあると思うが、何かあれば言ってくれ」
彼女は少し考えてから…
「お心遣いありがとうございます。リオもおりますし、マーサさんも優しいです。職場として何の問題もございません」そう言った。
………私の名前が出るかと待ったが、出てこなかった。
「そうか…」
私はそれ以上何も言えなかった。