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部屋の隅にあるソファに座ると、マネージャーが慣れた手つきで紅茶を淹れてくれた。
破廉恥な下着のせいで冷えた体が温まる。
ほう…と一息つき、にこりとマネージャーに微笑むと「気持ち悪い」と言われた。
「さて…どれから説明するかな…」
向かいのソファに深く座るマネージャー。
考える時の癖なのか、眉間のあたりをモミモミとしている。仕事中もよく見た仕草だ。
「とにかく…俺は早く家に帰りたい。帰って妻の顔を見ながら眠りたい。だから詳しい事は追々でいいな?」
「えっ?マネージャーって結婚してたんですか?」
「ああ。お前も今朝結婚したぞ」
「えっ?私も結婚したんですか?いつ?」
「今朝」
今朝かぁ…何時頃かな。恋愛なんてした事ないのにいつの間に。
「お前、自分が黒髪の乙女だって忘れてるだろう」
「あ…あ、あ、あ…そうだった!それ!なんで!それだ!黒髪の乙女って何?私は誰っ?」
やっとここでマネージャーが色々な説明をしてくれた。
まず、ここはイスピリットサント王国。
「精霊」の意味があるんだと。
あのイケメンが私の旦那様。グランデ侯爵家の若き跡取り、ベリル グランデ、21歳。
この国では魔法を使える者が一握り程いるという。
そしてマネージャーも旦那様も魔法が使えると。
でも、魔王が〜…とか、魔獣を倒して〜…とかはなくて、戦争が起きれば自国を守るし、災害なども魔法使いが現地に行き活動するって感じらしい。
そして黒髪の乙女とは、金髪か銀髪しかいないこの国に、一人だけ生まれる黒髪の女性のことだそう。
それまで居た黒髪の乙女が亡くなると同時に、またどこかで新たな黒髪の女児が生まれる。
そうして黒髪の乙女は引き継がれていくらしい。
黒髪の乙女は居るだけで国を安定させるチカラがある存在。
稀に、次の黒髪の乙女がいない時期があるが、そんな時は国が荒れるそう。
前の乙女が亡くなった時、10年の間は黒髪の乙女がおらず、災害などが多かったと。
そしてそんな時に黒髪で生まれたネロリさんは、生まれてすぐ教会に預けられ手厚く保護された。
が、ネロリさんは幼い頃から傍若無人の、とんでも人間だったそう。
物心がつき自分が黒髪の乙女だと知ると、とんでも人間がさらに加速していった。
物は壊すし、嘘をつく。人を騙し陥れる。気に入らないと暴れたり、放火するなど、やりたい放題。
国も安定するどころか、不安定になっていく。
あまりにおかしいので魔法を使って調べてみると魂が違っていたと。
で、これまた魔法で黒髪の乙女の魂を探すと、ちょっと変形して異世界に飛んでいた事がわかった。
そしてその魂を持っていたのが私で、魂を追って来たマネージャーが私を見つけて拉致ったそう。
そしてネロリさんのカラダに私の魂を入れた。
ネロリボディーの鍋島来夢誕生の瞬間。
私の魂が入った後、もともとのネロリさんの魂はどうなったのか聞いたら「後から入った魔王に封印された」と言う。
「よくわかんない事言うね君」と返したら「魔王様でもご存知ない事があるのですね」と返された。
そして私は一番重要な事を質問する。
「あの〜とても聞き難い事なのですが…私の本体はどうなりましたか?」
軽トラックに…とか…
「乙女の魂を抜いただけだから、お前はお前として向こうに残ってるぞ。トラックに撥ねられたりしていないから安心しろ。魂を抜いた分、あっちのお前はしばらくぼんやりしてるだろうが、いつも通りで誰も気づかないだろ」
希望としては、一人くらい気付いて欲しい。
それから魂の代金として、魔法で宝くじが当たるようにしてくれたそう。
それで奨学金やその他もろもろの借金の支払いを済ませても、暮らしていけるくらいの額。
「ええっ!私が当たりたかった!」と、ぶーぶー言うと「お前が当たってるから気にするな」と言われた。
黒髪の乙女の私には、国から給料が出るらしくてちょっとニマニマしてしまう。
「何もしなくてもホステス時代の倍以上の給料がもらえるぞ」
そう。
私の職業はクラブホステスだった。
ママの顔を立てつつ、お客様に楽しんでもらう。ホステス仲間とも上手くやり、下の子達の面倒をみる「目立たず出しゃ張らず早く借金を返す」がモットーだった。
「仕事しないでお給料が貰えるなんて〜」
と、素直に喜んでいたら「今までは店から給料が支払われていたが、これからは国民の血税から、働かないお前に給料が支払われるんだ。良かったな」と言われた。
タラリ…
出てない汗が額を流れた気がする。
「……それ…今まで以上に厳しい労働環境じゃあないんでしょうか…」
「さあ、どうだろうな」
マネージャーが、すました顔してこちらを見て言う。
「それよりお前、どうして自分が下着姿だったと思う?」
そう聞かれて、そういえばなんでかな?と、考えてみた。
「ん〜?着替えの最中に寝落ち?」
ほーんとよくあるよねーなんて笑っていたら、真相は違った。
「ネロリは、午前中に書面にサインするだけの結婚式を終えた後「具合が悪い」と嘘でベリルを部屋に呼び、その破廉恥な下着姿で襲った瞬間に魔法で弾かれたそうだぞ」
あの時の状況からして、襲ったのが失敗してぶっ飛んだ瞬間に私と魂が入れ替わった感じか。
「形だけの結婚をする事になったのは、魂が違う事を理由に教会がネロリの保護を拒否してきたんだ。
話し合いの結果、黒髪の乙女の魂が戻るまでの間は、結婚というカタチで保護することになって、じゃんけんで負けたベリルが犠牲になった。ちなみにネロリはあと数日で16才になる」
という事は今は15才。
15才でこんな破廉恥な下着を用意して、男性を襲う計画を立てるとは。
そりゃ愛することはないと言われても仕方ない。
「あの時点でベリルは魂が戻った事を知らなかったんだ。お前となら仲良くやれるだろう。まあ…黒髪の乙女の魂なら、教会に戻る手もあるが…」
「教会で何するの?」
「毎日お祈り」
「旦那様と仲良くします」
私は旦那様と仲良くする道を選んだ。
マネージャーは頷くと「じゃあ俺が家に帰る前に一緒にベリルのところに行くぞ」そう言ってソファから立ち上がった。
私はマネージャーの後ろを歩きながら、これはお仕事…これはお仕事…と、仕事スイッチを入れる。
重厚な扉の前で立ち止まり、チラリとこちらを確認するマネージャーにコクリと頷く。
「ベリル、俺だ。ハリオドールだ。開けるぞ」
えっ!?ハリオドール?!
びっくりして仕事スイッチのブレーカーが落ちたーっ!
マネージャーの名前っっ山田太郎じゃなかったのっ?ネームプレート山田太郎だったよね??
「ああ…入っていいぞ」
あんぐりとしている私の耳にイケメンの声が聞こえた。
先に部屋に入った山田太郎がコチラを見たので、ハッとし慌てて自己紹介をする。
「山田花………鍋島来夢です。宜しくお願いいたします」
「ベリル グランデだ。こちらこそ宜しく頼む。それと…さっきはすまなかった」
「いえ…先程は私も何が何だか状況がわからずに取り乱し失礼しました。…その…私、知らないうちにあなたと結婚したそうで…不束者ですがどうぞ宜しくお願い致します」
深々とお辞儀をする。
それを見た旦那様は少し驚いた顔をしていた。
不思議に思って首を傾げると
「あ…すまない。本当に魂が変わったんだなと思って…少し驚いたんだ」
「はい。ハリオドールからお仕事だとお聞きしました。お仕事ならばしっかり働きたいと思います」
調子に乗ってハリオドール呼びしたからか、太郎が睨んでる。
だって言ってみたかったんだもん。
簡単な挨拶を済ませただけで解散。
朝になれば長年グランデ家のお手伝いさんをしているマーサさんが来て、身の回りの世話をしてくれるそう。
「わからない事はマーサに聞くといい」
そう言って、太郎は帰って行った。
私も部屋に戻ろうとした時、旦那様に呼び止められ「今後、くれぐれも下着姿でうろうろしないように」と、釘を刺された。