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コメディ要素かなり強めです。
苦手な方はお避け下さい。
設定も緩いので、暇つぶしでお楽しみ頂けるとありがたいです。
ばっふんっ!!
一瞬宙を浮いたカラダは、ふわふわのクッションに受け止められた。
「は?」どういう事?
目をパチクリして周りを見る。
アパートではない高い天井。
窓には壁に沿うように重厚なベルベットのカーテンが下がり、床には赤を基調とした細かい織りの厚手の絨毯が敷かれている。
私はその部屋の中央にあるベッドの上にいた。
ベッドの天蓋には、繊細な刺繍の入った豪華なカーテンが幾重にもかけられている。
これだけ天蓋が必要ならば夜は相当冷えるのだろう。
カーテンを見ても、絨毯を見ても、天蓋を見ても「冷える。寒い」が想像出来た。
やだな。
つか寒い。
寒い寒いとクッションに埋もれたカラダを起こすと、レーシーで薄々、布の面積は最小限で皮膚の面積は最大限な破廉恥極まりない下着しか着けていなかった。
えー???こんなの持ってたっけ?こりゃ寒い訳だよ。
そう思って、もそもそと毛布を引っ張る。
ふと人の気配を感じそちらに顔を向けると、銀髪に瞳が透き通るエメラルドグリーンの…
うん、なんつーか…アニメの世界から抜け出てきたようなキラッキラの男性が私を睨んでいた。
なんか…怒ってんの?
「は…はろ〜…」
右手のひらを胸元でぱぁっと広げ、にっこり笑って挨拶をしてみた。
…ますます怒った感。
やべ…余計な事しなきゃよかった。
あっれ〜???おかしいなぁ〜?
自分の部屋でカップ麺食べながらYouTube観てたと思うんだけど???
寝落ちして夢でもみてるのかな?だったらカップ麺の汁溢してないか心配。
「おい。お前」
「へい…」
あ、急に声かけられたから…
「…っ…よくも朝から色々と…いいな!この結婚はカタチだけに過ぎない。私はお前を愛する事はないからな!」
「おう上等。別にあんたに愛してもらおうと思ってないから」
男と女が揃えばすぐ恋愛になるとでも思ってんの?
だいたいこっちはビジネスでやってんだよ。お互い上手に遊ぶのがマナーなんだよ。
私はフンスと鼻を鳴らした。
「なっ!なんだその言い草はっ!騙し討ちのように呼び出して!いくらお前が『黒髪の乙女』だからとて…「はあ?今なんて言った?」
「なっ…」
「今、黒髪とか言った?」
「あ…ああ。お前は黒髪の乙女だろう…」
私は両手で自分の髪をぐわしと掴み、イケメンの前に突き出した。
「はあ?よく見てみなよ!この髪のどこが…」
黒髪だった。
「!!!…あ、あ…わた、わた…わたしの髪がぁぁぁ!黒髪ぃぃ!」
私は叫びながらベッドから飛び降りた。
全身を確認したくて鏡を探す。
バタバタと部屋を右往左往し、大きな姿見を見つけてその前に立つ。
そこには真っ白な肌に長い手足、華奢なカラダに極めて破廉恥な下着をつけた黒髪の少女が立っていた。
「あた…あた、あたしの…金髪は?」
ガクガクと震えながら、鏡越しにイケメンに問う。
「は?お前はもともと黒髪だろう」
「いやいやいやいや…だって、私…私…」
そこまで言うと涙がポロポロ溢れてきた。
「…う…わた…わたし昨日、美容院で5時間かけてブリーチあんどカラーあんどトリートメントして…さ、三万円も…」
うわーんっ!!
泣きながらイケメンに走り寄って行き、胸ぐらを掴んで叫ぶ。
「なんなのここ!異世界?異世界でしょう?なのになんで私黒髪になってんの?やだやだ!せっかくなら金髪とか、銀髪が良かったよーーーそれがダメならピンクでもぉぉ〜」
髪の毛のことで大泣きする私は、数年前にテレビで見た号泣する男性の様だった。
「お前…本当にネロリか…?」
「………なんて?」
耳に手を当て聞き返す。
「ネロリ…」
「私の名前?ネロリ?」
「あ…ああ…」
へー大好きな香りの名前…って、違う。今はそんな事気にしてる場合じゃない。
「…異世界…異世界なんだ。私の名前はネロリで、このイケメンに「お前を愛する事はない」って言われたんだ。で、髪の毛が…く…くろ…うっ…うっ…うわーん!もう!出てってよ!てか、ここアンタの家?じゃあ私が出てくの?じゃあ出てく〜」
私は泣きながらつかつかとドアに向かって歩きだす。
「待て待て待て!お前その格好でどこに行く気だ!」
「ここがどこだかわかんないのにどこ行くかなんてわかんないよ!下着だって水着かと思えば海水浴場の何千人の前でも出れるよ!」
「え?そうなのか?いや、いやいやいや、ダメだ!私が出て行くからお前はここにいろ」
「………わかった…」
項垂れる私が部屋に残り、イケメンはなんかブツブツ言いながら部屋から出て行った。
……………………………………
部屋から出た私は安堵した。
なんなんだ…あの女は。
今までのネロリとはまた違った雰囲気に……
どちらにしても台風のような女だった。台風と言うかハリケーン…いや、サイクロンと言うか…(※全て同じです)
「…………あれが私の妻か…」
はあぁぁぁ…大きなため息を吐き、項垂れながら執務室へ戻った。
執務室のデスクには『黒髪の乙女』についての資料が山積みだった。
その半分以上が、これまでのネロリへの陳情書。
いくら仕事とはいえ、自分の妻の悪業が書かれた書類に目を通すのは気が重かった。
今だって彼女の部屋に呼び出されたと思えば、あんな破廉恥な下着姿で飛びかかってきたりするような女だ。
これからしばらく一緒に暮らさないといけないと思うと、人生が終わった気がした。
ヨロヨロと椅子に座ると同時に、ドアがノックされた。
「俺だ、入るぞ」
『黒髪の乙女の魂捜索』で異世界に行っていたはずの、従兄弟で同僚のリオの声がした。
「リオか!?戻ったのか!?」立ち上がりリオを迎える。
「ああ、たった今黒髪の乙女の魂と一緒にな。ネロリに会ったか?どうだった?」
もしかしてさっきのが『黒髪の乙女』だったのか?
「…おかしかったぞ。今までもおかしかったが、また違ったおかしさだった…」
私はさっきの出来事を説明した。
「そうか…俺が話して来る。帰る前にもう一度ネロリを連れてくるから。それと…仲良くしろよ。俺の妹みたいな奴だから。泣かせたら許さないからな」
そう言うとリオは部屋を出て行った。
「妹…」
リオがそんな事言うなんて意外だった。
……………………………………
イケメンが出て行った部屋で、私はベッドに潜って泣いた。
異世界にいる間に、アパートの家賃が貯金からどんどん引き落とされるんだ…
誰も住んでない部屋に家賃払って貯金が無くなると想像してさっきより泣いた。
しかし、しばらく泣くとやっぱり日本人。
こんなエマージェンシーな状況でも明日の仕事が気になり出した。
明日の仕事…どうなってたっけ?無断欠勤はペナルティで給料から一万円引かれるんだっけ?
やばい。マネージャーにめちゃくちゃ怒られる。あのマネージャーめっちゃ怖いんだよ。
そもそも私帰れるの?
今すぐ帰るなら問題ないけど、一ヵ月…まさかの一年後に帰ったらやばい事になりそう。
仕事は無くなってるだろうし、税金の滞納で税金Gメンに追われる日々が待ってるとか、カップ麺だって色とりどりのカビでお花畑みたいに…
黒髪だった事にパニクったけど、落ち着いたら現状が怖くなってきた私は、さっきのイケメンに相談することにした。
「よしっ」
気合いを入れて布団を退けると、そこにはいつもと変わらない黒服姿のマネージャーがいた。
「うあっ!びっくり!あ、あ、マネージャーっ!!良かった!私、今ちょっと異世界に来ちゃってて、仕事どうしようかこれからイケメンに相談…し…に…」
あれ?
ここどこ?いや、異世界だよね?私はまだ黒髪だし、破廉恥だし?でも、マネージャー…いるけど、、、??
「お前なぁ…もうちょっと上手くやれるかと思っていたんだぞ?少し落ち着けよ」
マネージャーは大きなため息を吐いて、部屋にあるクローゼットから簡素なワンピースを引っ張り出し渡してくれた。
「お前の言う通りここは異世界。ただし、お前から見たら。だ。俺はもともとコチラの世界の人間なんで、あっちの世界が異世界。
俺は黒髪の乙女の魂を探す為に、お前の世界に行ったわけ。で、お前を見つけてこっちに連れてきたの。わかったか?」
「えーー…っと、、、ワタシにほんじん。アナタいせかいじん。ココイセカイ。ワタシ、アナタに拉致サレタ。おっけー?」
「正解!」
マネージャーがパンパンと手を叩きながら言う。
誘拐、拉致、監禁…怖い言葉が頭の中でぐるぐる回りだす。やばくね?助けを呼ぼう!
「誰」かっ………。
マネージャーが一瞬で私の背後に回り、私の右手を後ろ手にし、口を塞ぎ耳元で囁いた。
「今から帰してやってもいい。が、行き先は東京湾のど真ん中だ」
「ひぶ」(ギブ)
「よし。いいか、とにかく俺の話を大人しく聞け。悪いようにはしないから」
私はコクコクと頷くしかできなかった。
ありがとうございました




