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青の銀竜-ドラグニア-  作者: 弓削タツミ
━旅立ち篇━
9/55

地下牢の人狼


 海の町『メティア』同日、昼下がり。

 数人の男女が武器を携えて地下牢の扉の前に集まっていた。

 外では地下牢の異常に待機した衛兵達が、周りを取り囲んで居る。



 「まさかまたここに戻って来るとは…。」


 木綿の服に油に漬けた重い外套を羽織り、腰にはグラディウス程の大きさの剣一つ。腕には直径45cm程の丸型の盾(バックラー)を携えた戦士のアレイスは落ち込んだ様子で、しかし気を引き締めている。


 「仕方無いじゃぁん?♡さっきは武器も持ってなかったんだもぉん♡勝手に入ったらヤバヤバだったじゃん♡そんな事もわかんないのぉ〜?」


 治癒師のアリアもまた、魔力の増幅を目的とした片手で持てる短杖ケイン長杖ロッドじゃないのは閉所での戦闘を意識した為だった。その杖を構えていた。

 アリアは治癒師だが、神官や僧侶等の神に仕え、その奇跡を体現する者ではない。あくまでも治療は魔法で行うのだ。なので宗教を示す模様ではなく、治癒師を表す神の御手の紋様が縫われた魔法使いのローブを着込んでいる。とてつもなく紛らわしい。


 因みに二人が探していた白い少女は、『友人食堂フレンドダイニング』に戻った時点で、既に帰っていた様だった。早朝のお使いを頼まれたらしい。

 だとしても誰か大人と行けよと思う二人だった。



「お二人共、喧嘩は止しなさい。何は無くともアレイス君を引き止めてくれて助かりましたぞ、アリア嬢。」


 少年少女の喧嘩を諫めるのは同じ様に魔術師のローブを着込んだ狼の獣人、ニルファだ。森の奥に住む賢狼族と言う種族らしい。

 その手には、鋼鉄製の杖を持っている。長杖の方だ。

 こちらは恐らく閉所での長物の扱いに長けてるが故にだろうか。だが、金属製の武器はいずれも付呪が無ければ魔力の伝導率はとても低い。外部に魔法を纏わせる事は難しく無くとも、魔力の増幅と言った効果は殆ど無いだろう。

 寧ろ武闘家の気功、内功といった生命から絞り出す力と相性が良い。

 尤も、神の金属等の神秘性を纏った金属であれば話は変わるのだが。

 恐らくは武術の心得が在るのだろう。


 最後に、リーダーの少女が身に纏うのは、油とろうで固めた布を鎧とした布鎧クローズアーマー。火には弱いが打撃には強く、身体の動きを制限される金属の鎧は閉所では不利と判断しての選択だった。ただ、簡易なドレスの様にデザインされている。これは恐らく本人の趣味だろうか。

 そして武器はやはり閉所を意識した為かショートソードを二本、腰に携えていた。華美な装飾はまるで無かった。

 リーダーの少女、ベアトリーチェ・シュナウザーは全員に向けて確認を取る。


 「皆さん、準備は整いましたわね?先程響いた遠吠えは、恐らくは人狼ウェアウルフ。理性を捨て去った獣の物でしょう…。賢狼族のニルファには辛い想いをさせるかも知れませんが…。……この扉を開けたら、血生臭い光景が広がってるのかも知れません。ですので、覚悟をして下さい。」


 そんなリーダーの檄に、アレイスは息を飲み、アリアは余裕の表情を浮かべて、そしてニルファは決意を改めて望むのだった。


 「行きます!!」


 勢いよく扉を開いて中へと突入したベアトリーチェ達が見た光景は、異常だった。



 「うおおおおおおおおおお!俺の好きな女のタイプはよぉ!!優しくって気遣いが出来て、ちょっとスケベな俺に尽くすタイプなんだよ!分かるか?兄ちゃん!」

 「分からん!分からんけど、分かるぞ!!」

 「おいおい分からんのに分かるってなんだよおい!ギャハハハ!おれはやっぱタッパがあって、巨乳でエロい幼妻だな!分かるか?あん?」

 「分からん!分からんけど、分かるぞ!!」

 「うるせええええええええ!!お前等、囚人だってこと忘れんじゃねえええええええええええ!!うちのカミさんが一番に決まってんだろおおおおがあああああ!!!」


 なんかすっごい騒いでた。


 「おい!しゃけたりねーぞしゃけぇ!しゃけもってこーい!」


 どうやら酒盛りをしていたらしい。3人目の囚人の女性も起きて酒盛りに参加してた。なにこれ?


 「あ?おい!今日は無礼講だ!酒持って来い酒!」


 完全に泥酔していた5人の囚人と看守。その周囲には何本開けられたのかも分からないが、空の瓶が散乱していた。


 「は?酒くっさ!!なんだよこれ…?なにこれ?え?」


 戸惑うアレイス。地下牢の黴臭さに追加されたアルコールの臭いに物凄く嫌な顔をしていた。


 「うっわ♡ダメダメなおじさん達がお酒に飲まれちゃってる〜♡そんなよわよわで恥ずかしく無いのぉ〜?♡ねぇねぇ♡こいつらに酒抜きの魔法を使ったら面白そうじゃない?♡」


 アリアは口元をハンカチで抑えながらクスクス笑っていた。そして煽ってる。煽りまくってる。


 「全くこれは呆れましたな…。衛兵も職分を忘れて囚人と飲み明かす等と…。恥を知りなさい、恥を。」


 ニルファもまた、この光景に呆れ返って顔を逸らしていた。

 そして、ベアトリーチェはと言うと…。


 「錯乱魔法?いえ、魔力が動いた形跡は見付からない。では、人狼の特殊能力で狂わせた?人狼にそんな能力が有るとは聞かないし、外部に存在する誰かがこの現場を作り上げた?」


 何やらブツブツと考え込んでいた。


 「おっ!そこのねぇちゃん。俺達に酌してくれよ!な?な?い〜〜〜〜だろぉ?」

 「うっひょぉ!いい女じゃねえかぁ!な?な?ちょっと位いいだろ!?」

 「しゃけとおんなもってこーい!うひゃひゃひゃひゃひゃ!しょこのおんなのこもいっしょにのまんかぁ!!」


 食い逃げ犯と下着泥棒の男達と、寝てた女性がスケベな目でベアトリーチェを見ていた。寝てた女性は女好きだったらしい。

 ベアトリーチェはそんな中、獣の檻に放り込まれた美少女みたいな物なのだから仕方無い。

 そんな囚人達に、冷ややかな目でベアトリーチェは告げるのだった。


 「命令です。5秒以内に牢屋に戻りなさい。」


 しかし、酒に燒けた脳にそんな言葉が通じる筈もなく、状況判断能力が落ちた囚人3人は、酔ったまま襲い掛かるのだが…。


 「戻りなさい。」


 素手のまま全員を一瞬にして制圧したベアトリーチェによって、囚人達は昏倒させられ、そのまま投げ飛ばされて牢屋に押し込められたのだった。命に別状はない。

 因みにアレイス達は、泥酔しきって眠ってしまった衛兵を見張り部屋に押し込み、そして改めて新人の獣臭い男へと対峙する。


 「それで、あなたは何故戻らないのかしら?」


 ベアトリーチェは強気な口調でこの男に問いかけるが、返事は返って来ない。


 「抵抗するおつもり?」


 ベアトリーチェの冷たい刃の様な言葉にも、臆した様子は無く。ただ一声発した。


 「十五年位前か、…俺は女に会ったんだ。」


 ベアトリーチェは、緊張を解かないままその言葉を聞く。いつでも剣を抜ける様に準備をして居るのに、この男からは一切の敵意を感じなかった。


 「運命を感じた…。当時、その女はとおを越えたか越えないか位の、白い髪のすげぇいい匂いの女なんだ。」


 明らかにロリコンだ。こいつは速やかに始末するべきだろう。


 「その白い女に会ってから俺は、何故か理性ってやつを手に入れた。人狼なのに、おかしいだろ?アレから俺は、一度も人を喰ってねぇんだ。」


 自ら人狼と白状するこの男は、つらつらと理由を並べる。信用は出来ない。この男は人間の味を知っているのだ。


 「あの歌だ、あの歌を聞いてから俺は、きっと弱くなった。」


 歌。それはベアトリーチェ自身にも覚えがあった。

 間違い無く耳に届いたそれは、人間の理解の範囲外だった。だが、ベアトリーチェは二度聞き、理解していたのだ。


 「だが、あの白い女は殺された。俺や他の人狼を追い返した後、人間共に殺された。俺が人の姿を取り戻したあの日、町中にはあの女の首が晒されていた…。」


 ベアトリーチェの仲間達は、それぞれに顔を見合わせる。殺されたのなら、もう二度と会えない筈だ。それなのに、この男は一体、何を思ってこの辺境の、狂った竜が起こす雪さえ届かない島にやってきたのだろうか?


 「だが、生きていた。あの白い女はここで生きていた。どういう訳かな、あの時見た十位の見た目のままでな…。」


 男の言葉には熱が込もっていた。

 アレイスとアリアは互いに顔を見合わせ確信する。やはりあの白い少女はここに来ていたのだと。しかし、どうやってここから自分達には気付かせずに抜け出したのかが未だに疑問だった。

 そして、ベアトリーチェは考えに耽る。あの白い少女、歌。そして死からの回帰。思い当たる知識を総動員して、そして結論に辿り着いた。


 「あの白い竜の女に、もう一度会いに来た。」

 「あの子は竜人だったのね。だから赤竜が蘇らなかった…。」


 人狼の男と、ベアトリーチェの言葉が重なる。竜人と赤竜の間の関係性について、アレイス達は全く意味が分かって無いのだが。ベアトリーチェはどうやら、自論に導き出したらしい。

 恐らくは、あの赤竜を倒した直後、白い少女が何らかの方法で赤竜の魂を蘇らない様に、消滅させたのだろう。ベアトリーチェはその手段についても幾らかの憶測は存在したのだが、確信が無い以上、今は考え無い事にした。

 そして、あの少女の事実が町の人達に知られてしまえば迫害を受ける可能性が高い。

 ベアトリーチェはその事だけは避けたかったのだ。



 「三人共、この話は絶対に胸の中にしまって欲しいの。お願い出来るかしら…?」


 今にも泣きそうなベアトリーチェの言葉に、通常ならば疑念が沸くのだが、それは人の世に竜と言う存在が大きな爪痕を残したせいだろうか。しかし、信頼する仲間の悲しそうな懇願に、そしてベアトリーチェの真の目的を知っているが故にか、三人はその願いを妨げる程の無粋でも無かったのだ。


 「あい分かった。そもそも我々の旅の目的は、竜の討伐故に矛盾はあるものの。ベアトさんの真の目的には沿っておる。

 …そして私の知識の探求の旅に何ら支障がある物では無いのでな。心のままに従おう。」


 「当前でしょぉぉ?あたし、別に竜に怨みは無いしぃ?あんなのぉ、よわよわなおじさんたちが勝手に怒ってるだけでしょぉぉ???♡

 仇なら仇だけ憎めば良いのにねぇ?♡人間なんて所詮、雑魚雑魚だよねぇ♡」


 「いや、アリア…。お前はもうちょっと人の気持ちに寄り添えよ…。エルフって皆こうなの…?

 ま…それはそれとして、ベティ。そんな顔すんな!どんな理由だろうと、俺は皆の剣だ。あんたが望むならそうするし、望まないなら剣を振るう。俺にはそれ位しか出来ないからさ。」



 三者三様の気持ちでベアトリーチェへと向き合うのだった。

 ベアトリーチェは、三人に対して深い感謝の念を抱いた。白い少女に思い当たる節。遥か昔に自分が護れなかった遠い記憶を思い返して───。


 ………そして、人狼の男へと向き直り。



 「それで、あなたはこれからどうするおつもりですか?」


 ベアトリーチェの言葉に、人狼の男はクックと笑いながら、しかし楽しげに答えたのだ。


 「決まってる。俺はあの女と添い遂げる。」


 その言葉に即座に剣を抜くベアトリーチェ。人狼の男の首元に突き立てられたその魔力を纏わせた切っ先は、竜の鱗すら断ち切る程だ。ベアトリーチェは人狼に顔を近付けて牽制の意志で睨み付ける。


 「つまり、あの子を奪うつもりなのね…?」

 「はぁ?」


 人狼の男は、まるで意に介さない様に剣先に無関心のまま顔同士が近いベアトリーチェへと面倒くさそうに答えた。


 「俺は、あの女を今度こそ守る為にここに来たんだよ。だから、邪魔するんじゃねぇ。」

 「お前では力不足よ。失せなさい。」




 ピリ付いた空気のまま、二人は睨み合うのだった。




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