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青の銀竜-ドラグニア-  作者: 弓削タツミ
━プロローグ━
6/55

旅立ちを阻む赤竜


 聖黎期せいれいき330年、春。


 『友人食堂フレンドダイニング』が本格始動してから数ヶ月が経った頃。

 別れの時期がやって来た。


 「本当に…行くのですか?勇者様…。」


 『勇者』ベアトリーチェ・シュナウザーが、竜や魔王を討伐する旅に出る日がやって来たのだ。

 勇者の腰には、銀装飾で拵え、青い宝石が柄と鍔元に埋め込まれた長剣。貴族のお嬢様が着る様なヒラヒラのドレスでは無く、胸元や腰、肘から手の先、膝から下まで覆った白銀の鎧と、その内側には赤と黒の布地に金の獅子を象った装飾の騎士服サーコート。頭には銀のサークレットの様な物を被っていた。

 その他の荷物は異次元の指輪。通称『空間指輪』の中に納められている様だ。

 旅の出で立ちのベアトリーチェは、少し淋しげにその言葉に答えた。


 「えぇ、それがわたくしの『勇者』としての使命ですので。」


 今現在、港には町の住民が総出で見送りに来ていると言っても言い過ぎでは無いだろう。とにかく、この町の冒険者も一般町民も、領主も。そして当然、両親も。人間や亜人、魚人マーフォークにエルフと問わず。もう帰る事が無いかも知れない貴族の少女の旅立ちを見送ろうと、町の皆が集まっていた。

 白い少女もまた、ボロボロのうさぎのぬいぐるみを抱いて、見送りに来ていた。


 「お嬢様が『勇者』として神々から啓示が降されたあの日、今だに覚えております。」


 ご年配の神父様がかく語りき。


 「『星の勇者』として、星の女神様から使命を託された日からこの日まで、お嬢様はこの町の為に粉骨砕身、尽くして参られました…。只でさえ勇者としての修練で息詰まる日々の中、我々にも気を配って戴き…誠に感謝してもしたりないのです。」


 ベアトリーチェは顔を横に振り、そして皆に告げる。


 「わたくしをこの国に産んで下さったお父様、お母様には感謝してもし尽くせません…。いつもわたくしを暖かく育てて下さった、この優しい国が竜の餌食にならないとも限らない。…それ故に、わたくしはわたくしの使命を全うしたいのです。」


 ベアトリーチェは溢れそうな涙を堪えながら、尚も続けた。


 「わたくしの愛したこの国の皆様。必ずわたくしは竜を討ち果た…」


 その言葉が最後まで言い終わる事は無かった。

 なぜなら、突如上空から降り注いだ炎の塊が、船を、港を、そこに居た人々を焼き払ったからである。



 「定命の者共よ…死を受け入れよ。」



 上空に浮かぶのは赤竜レッドドラゴンだった。

 見た目には馬付きの馬車程の大きさで、そこまで大きな体では無いのだが、吐き出す言葉は余りにも傲慢で、余りにも不遜な、邪悪で醜悪な存在だ。

 人間への憎しみを金の両眼に携えて、口から吐き出した炎によって焼き払ったのだった。



 だが、焼き払われたと思われた人々は、誰一人として焼かれては居なかった。空中に浮かび上がる薄い魔法陣によって阻まれていたからだ。


 「あなたが死を受け入れなさい。」


 どうやら粉砕され、燃え上がる船の破片から既に飛び上がって居たベアトリーチェ。腰から引き抜いた銀の長剣で斬り掛かる。

 ベアトリーチェの斬撃は鋭く、魔法で強化されていた。これなら竜の鱗も容易く切り裂けるのでは?と思われたが…。


 「微温ぬるいわ!!」


 赤竜が少し羽ばたくと、風圧に阻まれてベアトリーチェの勢いは止まった。そして斬撃は届かなかった。

 同時に、町民達を護っていた魔法陣が消え、町民達は我先にと建物の中だったり、或いは物陰へと隠れたのだ。流石に冒険者と言えども、勇者と竜の闘いに巻き込まれてはひとたまりもない。

 孤児院の大人や子供達もまた、大人達の先導で避難を済ませて居た。

 そのまま海へと吸い込まれるベアトリーチェの表情、…少し楽しそうに口角を上げてわらう。


 「剣が届かないなら、こうするまでですわ…!」


 水面へと落下しながらベアトリーチェが空中で魔法陣を生み出した。その魔法陣から放たれたのは氷の槍。第3サークル魔法。『氷槍アイススピア』だ。

 赤竜の翼目掛けて高速で襲い掛かる氷の槍に、竜は鼻で笑うと、人間には理解不可能な言語を唱えたのだ。


 「下らぬぞ、定命の者。」


 突如巻き起こる旋風は、無慈悲にも氷の槍を払い落とす。………が、水中に落ちた筈のベアトリーチェは海の上に立ち、魔法陣を展開させて居たのだ。

 そして放たれる魔法、それは第4サークル魔法『浮遊レビテーション』。物質に指向性を持たせて打ち出す魔法とは違い、自分自身の意思で空を飛ぶ事が出来る魔法だ。


 「空を飛べるのはあなただけでは無くってよ?」


 そして始まる空中演舞フェアリーダンス。互いに打ち合い、斬り付けては腕の鱗を掠り。反撃とまでに炎をレーザーの様に放つ赤竜。しかし、魔力操作に長けてる様子のベアトリーチェはこれを意図も簡単に避け、数度の剣撃を交わした。



 「やめロ…!グボぉっ!!」



 赤竜が爪を振るうと腕を切り落とし、炎を吐き出そう物なら心臓を突き刺し、空中にて強引に振り回す尻尾を断ち切った後、赤竜の背中に回り込んだベアトリーチェ。そして───。



 「落ちな───さい!!」



 ベアトリーチェの魔力が込もったその剣は、赤竜の翼を完全に斬り裂いてしまったのだ。


 「グオオオオオオオオオオ!!!」


 恨めしい声を撒き散らしながら、赤竜は地面へと落ちて行く。

 それを見ていた町民達に歓声が響く。




 ━━━記憶の一部が定着する━━━


 白い少女はうずくまる─。

 少女の脳裏に浮かぶのは、【死】──。

 それは存在しないはずの記憶──。

 脳に焼き付いて離れないのは、それまで自分に笑い掛けていた人達が、急に手のひらを変えて体に鋼の剣を、銀の杭を突き立てる姿─。

 傷口から血が抜けて、徐々に体温が失われて行く感覚─。


 ━━━記憶の一部が定着する━━━



 少女は、脳裏に溢れた記憶に混乱する。手を離れ地面に転がるうさぎのぬいぐるみは、静かに空を眺めていた。

 同じ様に、空から地面へと墜ちた赤竜は、目に映る孤児院の大人や子供達を睨み付けて叫ぶ。


 「下劣なり、定命の…コパァものよ…!ごぷっっ…。裏切り者…!我等を裏切りし下劣な下等種共め…!ガプッ」


 口から血を吐きながら呪いを込める赤竜に、そして段々と温度が上がり始めた周囲に、子供達も大人達も恐怖で動けない状態だ。

 ベアトリーチェはと言うと、全力で赤竜へと飛び掛かるのだが、間に合わない。


 「駄目ええええええええええええええええええええ!!!」


 「死ね!定命のものよ!裏切り者!!」



 赤竜の体が膨張し始め、そして───。

 町の全てを吹き飛ばす程の爆発が巻き起こった───。




 ━━━記憶の一部が定着する━━━



 白い少女は、この憎悪を知っていた─。

 黒い竜の王の、あの憎しみに染まった瞳を知っていた─。

 その瞳を向けられた少女は、ただただ絶望した─。



 ━━━それでも記憶は未だ定着しない━━━





 海水の雨が降り注ぎ、爆発の熱気が収まった頃、歌が聴こえた。

 それは、人間には理解不可能な言語の歌。

 意味は理解出来ないが、とても優しい音色の歌だった。


 「……あれ?……俺達、生きてる…?」


 町一つを飲み込む爆発の跡から、男性の声が聞こえた。…そして、周囲に居た人達全ての種族が、皆無傷で瓦礫に挟まれる事も無く現れたのだった。

 そしていつしか歌は止んでいた。


 「皆生きてる!」

 「もしや勇者様がお守り下さったのか…?」

 「そう言えば勇者様はどこに…?」


 あの爆発の最中、吹き飛ばされたのは港付近だけと言う幸運の中、町民達は爆破跡から勇者ベアトリーチェを探し始めたのだ。

 そして勇者ベアトリーチェは…。


 「あっ居た!!勇者様!お怪我はありませんか!?」


 少し焦げた鎧とサーコートを余所に、平然と構える勇者ベアトリーチェは、港近くの教会の前に呆然と立ち尽くしていた。

 丁度、孤児院の皆が居る場所の後ろだった。

 我に返り、振り向いたベアトリーチェは、町民の無事を確認し涙を溢す。

 そして、精一杯振り絞った声を町民へと向けた。


 「…皆様、ご無事で安心しましたわ…。……皆様を危険な目に遭わせてしまい、勇者として不甲斐ない思いで一杯です…。」


 そう言ってようやく緊張の解けた手から、剣を鞘に納めるベアトリーチェは、申し訳なさそうに頭を下げて謝罪するのだが。


 「なぁに!命があっただけ良いってもんよ!」

 「そうそう!勇者様の魔法で護ってくれたんでしょう?ありがとうございます!勇者様!」

 「ベアト姉ちゃん!ありがとー!」

 「俺も将来勇者になります!結婚して下さい!」


 …等と、称賛の言葉を送る町民達に、ベアトリーチェはやはり申し訳無さで溢れ返っていた。


 「シュナウザー様のお陰で子供達も無事でした。本当にありがとうございます、シュナウザー様。」

 「いえ…わたくしは…。」


 そう…ベアトリーチェはあの時、既に魔力は尽き掛けていたのだ。

 つまり、本当に町の皆を守ったのは別に居ると言う事になる。


 「あれ?こいつ寝てるぞー?」

 「気絶してるのよ。怖かったんでしょ!」

 「でもぼくたち、ベアトねーちゃんがまもってくれたからこわくなかったもん!」


 子供達に野次を飛ばされる最中、白い少女は眠っていた。

 木の枝で突かれる少女の表情は、やはり感情を汲み取れる物では無かったのだが、それでもベアトリーチェは何かを汲み取った気になったのだった…。


 {わたしはまだまだ、勇者には届かない。………あの子の様な本物の勇者になる為に…。もっと強くならないと…。}


 ベアトリーチェの心境は、きっと誰にも察する事は出来ないだろう。

 今はただ、町の人達と生きて居た事を喜び合うだけだった…。




 白い少女はすぅすぅと寝息を立てる…。


 ━━━記憶は未だ定着しない━━━

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