冒険者学術院⑥
───冒険者学術院、修練場。
ここは冒険者候補生達が、互いに武術を競い合い技を研鑽する為の場。
打撃訓練用の案山子の他にも、太い木に大量の木の杭が刺さっていて、各部が回転して左右から襲い掛かる物もある。
この学術院の中には、本格的な試合用の闘技台の他にも簡易的な舞台。いわゆる中国武術界で言う所の比武台と言う物があった。
主な使用用途は互いの武術をぶつけ合い、自分の長所や短所、弱点や修正点を見出す為に利用されるのだが、中には賭け事を営む愚か者も居る始末だ。
そんな舞台の上に、今二人の女性。…女性と子供が向かい合って準備運動をしていた。
舞台の外ではミーシャ姉妹が楽しそうに、シスカが不安そうに見つめていた。
そして男子のカミュは、逆につまらなそうに様子を見守っている。
恐らく、「本来は自分があそこに立つべきだ」とか考えているのかも知れない。
金髪の少年ラシアンは事なかれ主義なのか、自分があの場に立たなくて良かった等と考えていた。
そして、修練場の扉越しに成り行きを見守る影も存在したのだった。
灰褐色の髪を揺らす美女グロリアが、髪も身体も雪の様に真っ白な少女エウディアに向けて、とある条件を話しだした。
「時間は30分と行こうか…。おチビちゃん、もしもあんたが私に傷一つ付けられたら認めてあげる。」
エウディアはグロリアの言葉の意味が理解出来ない。思わず首を傾げてしまった。
そんなエウディアの様子を見て、グロリアはカッカッカと笑いながら、小さな置き時計を舞台の端に置く。
「ま、こっちの話さね。…取り敢えずは、傷一つ付けられないなら今回の件からは手を引いて貰う………よ!!」
そう言いながら飛び掛かるグロリアは、一切の容赦もなく腰から小剣を抜きながらエウディアの首へと突き付け、一瞬で決着は着いた。
「あたしの勝ちだ…!?」
…かに思われたのだが、グロリアが勝利を確信する直前には既にエウディアの姿はそこにはなく、グロリアの頭上に飛ぶと、その頭を踏みながら引き抜いたダガーをグロリアへと突き立てていた。
「………へぇ、やるねぇおチビちゃん?私の負けだよ。」
あっさりと負けを認めたグロリアは、自分が幾ら慢心していたからとは言え、冒険者の卵でしかない少女程度ならば軽く制圧出来てしまうのは当然なのだろう。
所が、予想とは違ってこの様な隙を見せてしまう等と夢にも思わず、白い少女に末恐ろしさを感じていたのだった。
しかしエウディアはと言うと、どこか物足りなさを感じていて、どうにも勝った気がしなかったのだ。
そして、折角勝ちを拾ったと言うのにとんでもない提案をし始めるのだった。
「………もう一回、本気でやる?どちらかが負けを認めるまで。」
白い少女の言葉を、挑発を受けてグロリアは血が沸くような感情が込み上げてくる。
…込み上げてくるのだが、そこは騎士団の現役団員にして団長の左腕。
簡単に激情には呑まれない。
「はははは、確かにあんたとの手合わせは心踊るけどね、これでも元騎士。こんなおチビちゃんに本気を出したら騎士の名折れさね。」
エウディアを頭から降ろすと、グロリアは楽しそうに笑いながら握手を求めた。
エウディアは、キョトンとしながらもその握手に答えると手を振った。
「こんな紅葉みたいな小さな手に、国の命運を任せるなんて、本来はあっちゃ行けない事だけどね。…ま、あんたとなら良い関係を築けそうさね。よろしく、妹ちゃん。」
「エウディア。…よろしく、リアねぇ。」
リアねぇと呼ばれたグロリアは、嬉しそうにエウディアの頭を撫でると、時計を拾い上げて立ち去ってしまった。
結局何がしたかったのか分からないエウディアは、頭上に疑問符が浮かんでいたのだが、ミーシャ姉妹が駆け寄って来て抱き着いたり、シスカに褒めて貰ったりした事で有耶無耶になってしまった。
そして男子二人が遠巻きに入り込めない空気の最中、用務員の男性が掃除をするから出て行きなさい…等と声を掛けた事で解散の流れとなったのだった。
───。
その後、本日の授業が終わり、それぞれ帰宅の流れとなった所でミーシャ姉妹からお誘いが来たのだった。
「ディアちんディアちん!今日この後ヒマ?」「今日もミア達と遊ぶのです…!」
明るい声に包まれていると、孤児院に居た頃のことを思い出して、少しだけ切なさを感じるのだが、それだけにエウディアはこの二人とシスカと居る時間が大切らしい。
エウディアは、二人のお誘いにコクコクと首を縦に振って応えた。
「じゃあ今日はシーりんのお部屋に遊びに行こう!」「ですよ!」
「うぇっ!?私!?」
急に話を振られて本気で狼狽えるシスカ。流石に急に尋ねられても迷惑だろう…と、断られる事を予想したのだが。
「うん、まぁオーケー!あまり友達とか呼んだこと無いからちょっと散らかってるけど、歓迎するよ!」
明るい笑顔であっさり承諾してしまうシスカに、3人は嬉しそうに笑っていた。
そんな4人のは背後から、一人の少女が声を掛けて来たのだった。
「あっあのぉ…。」
呼び止める声にエウディアは振り返ると、声の主は商業科の大人しい印象の黒髪の美少女、クラリスだった。今日も色白で今にも手折れそうな雰囲気を醸し出していて、弱々しく見えた。
「わっ私も…あの…。ご一緒しても宜しいでしょうか…?」
目の前の少女は、14〜5歳程で、エウディアやミーシャ姉妹よりも年上に見える。シスカとは同じ年頃だろうか?それでも4人にとっては進路を定めた先輩なのだ。
そんな先輩が後輩に混ざって遊ぶ等と、周囲には体裁が悪い様に感じただろうか?
そうなると、4人の答えは当然決まっていた。
「勿論!」「オーケー!」「ですよ!」
エウディアもコクコクと頷いていた。しかも何処となく嬉しそうにはにかんでいた。
「あっ…ありがとうございます…!…私、女子寮に住んでるのですが、友人が居なくて…その。」
そんな悲しい事実を語り始めたクラリスに、ミーシャ姉妹はぎゅーっと抱き着いて。
「でもシア達と友達だよねー♪」「なのですなのです♪」
最早クラリスは2人の支配から逃れる事は敵わないだろう。
「あっ…えへへ。」
こうしてクラリスもまた、エウディア達の友達に加わったのだった。
「………で、俺達のチーレムは!?『無から有を創造する能力』を持ってる俺のチートハーレムは!?」
「カミュ…。何気に恐ろしい能力を自慢するのはやめたほうが良いですよ…?」
男泣きをする黒髪の少年の肩をポンポンと叩いて慰める金髪の美少年の姿が、部屋の隅にあったのだった。
少し間を空けてしまいました。