冒険者学術院①
聖黎期332年、グレイヴとニルファの騒動から数日後。
今日は、エウディアが冒険者学術院に入学する日だった。
長く白い髪は、所々が編み込まれて結われていて少しオシャレだった。
どうやら学術院の規定が在るらしく、白ベースの制服に赤いリボン。藍色のプリーツスカートにフワフワのベレー帽を被っている。男子は藍色のズボンだった。
これも学術院生徒間での結束力や、一体感。そして規律を守ると言う上で各々に自覚と責任感を持たせる為に決められている事だった。
そんな可愛らしい制服を着た身体の小さなエウディアがクルッとその場で回ると、それはもう可愛らしかった。
何故エウディアが学術院に入学する事になったかと言うと、エウディアが冒険者として登録する場合、種族が『竜人』の為、普通の登録は難しい事と、何より今後の生活を支える為だ。
そこで、『勇者であるベアトリーチェ・シュナウザーの保護した家族』と言う形で、父からの了承と紹介状を得たベアトリーチェは、エウディアを父の養子として引き取る事にしたのだ。つまり、正式にベアトリーチェの妹になったのだった。
こうして、エウディアは晴れて『エウディア・シュナウザー』と名を戴いたのだが、それはまた後々一波乱在りそうな気もしなくもない。
因みに手続きに関しては、シュナウザー家のコネクションと、『勇者』の権限をフル活用しての超最速で行った。
権力ってしゅごい…。
ベアトリーチェとフェニーチェの尽力によって、多少の作法と最低限の礼節を躾られたエウディアは、これから貴族の仲間入りをするのだが、そこは馴れない部分もあり、かなり緊張している。
今日、エウディアが入学してから数日後には、ベアトリーチェとアレイス、アリア、ニルファの4人は例の商団長捜索の旅に同行するとの事だった。
どうやら、クリスからの仕事を引き受ける事に決めたらしい。
どの程度掛かるのかは未知数だが、少なくとも数ヶ月は掛かるのだろう。
それまでの間、エウディアの事はフェニーチェに全てを任せていた。
旅支度をしているニルファは、エウディアに向けてこんな事を話していた。
「エウディア、君を吸血鬼騒動の最中へ送り込むのは私としてはとても反対したい気持ちなのですが、それでも君が行くと言うのであれば、1つだけお約束を…。」
エウディアが首を傾げて居ると、ニルファは一度呼吸を整えて。
「相手が、自分より格上だと感じたならば、絶対に近付かない様に。…冒険者とは、如何に危険を察知し、潜り抜ける能力が有るかでその後が別れる物ですよ。」
そんなニルファの言葉を、エウディアは心の中でしっかりと噛み締めていたのだった。
その後、入学は順調に進んだ。
途中編入と言えど、ある程度の知識を持つエウディアなら一学年程度ならば容易く追い付けるだろう。
エウディアが教室に入ると、そこには5人の生徒が待ち構えていた。
一人は金髪で顔立ちの整った少年。どうやら貴族のお坊ちゃん然とした彼は、見た目に違わず貴族としての教養と気品さを身に纏っている。
一人は赤黒い髪をポニーテールに結んだ可愛らしい吊り目の少女。貴族の風格を纏わない彼女は、恐らくは平民階級なのだろう。しかし、この学術院に居ると言う事は、男爵階級の地方貴族か、或いは別の理由だろうか。
一人は黒髪で高身長の平凡な顔立ちの少年。平凡なのだが、所作からはそれなりの教養を覗える辺り、侮れない。
そして二人似た顔立ちの少女が居た。髪や目の色は真逆だが、顔や身長や身体付きは全く同じだった。恐らく双子だろう。
片方は薄紫色の髪と目の少女。片方は緑色の髪と目の少女だ。どちらも髪を流す形で片目が隠れているが、左右正反対で、薄紫色の少女が右目が見えていて、緑色の少女が左目が見えていた。
そんな5人の中から、リーダー格と言えるのは間違いなく金髪の少年で在り、5人の代表として前に出た。
「始めまして、僕はラシアン・ハルバティア。父の言い付けでこの学術院に所属しています。失礼ですが、お嬢さんのお名前をお伺いしても…?」
丁寧な物腰にはとても好印象を抱ける。そんな自己紹介を受けたエウディアは、フェニーチェに言われた事を思い出す。
『いいですか?挨拶はとても大切です!学友との良好な関係は、その後の学術院生活を良くするかの境目ですから!なので、自己紹介をする時はこうしましょう────。』
エウディアは深呼吸をすると、勇気を出して挨拶をした。
「あっディアは、エウディア・シュナウザーって言います…!仲良くしてください…!」
思いっ切り勢いよくお辞儀をした。それを見ていた5人の少年達は、皆笑顔で自己紹介をするのだった。
「私はシスカ!貴族じゃないけど、学術院に奨学金で入ってる『魔術師』さ。ゆくゆくは『魔術師の塔』に入るつもりなんだ。よろしくねー?」
…と、ポニテの少女が挨拶をする。
「俺はカミュ・レネゲトン。女子みたいな名前とか言うなよ?気にしてるんだから。因みに冒険者を目指してる。よろしくな。」
…平凡な少年は、自嘲を混じえて挨拶するが、性格は悪く無さそうだ。
「シアだよ~。」「ミアですよ。」
「「2人合わせて、ミーシャだよ~(ですよ)!よろしくね!」」
双子の少女も元気よく挨拶をする。
取り敢えず、エウディアの学術院生活は難なくスタートを切ったのだった…。
───。
数時間の授業が済み、帰宅の準備を進めていると、ミーシャ姉妹がエウディアへと声を掛けてきた。
「ねぇねぇディアちん。」「シュナウザーって、あのシュナウザー家?」
エウディアは何のことか理解出来なかったが、取り敢えず頷いていた。
「南の島国と中央大陸を平定させたあのシュナウザー家かぁ。」「両国家間の禁断の恋、そして和平に結び付けたって言う伝説の家系なのですよ。」
エウディアは驚いていた。まさか普段はアレなシュナウザー家が、そんな重要な位置付けだったとは夢にも思わなかったのだ。
「……ディア、初めて聞いたよ。」
「えー!?結構有名な話なのに!?」「そうなのですよ。皇帝陛下から騎士として、もっと上の地位を約束されてたのに、『シュナウザーの名を捨てる事は出来ません。この国の従士として尽くすことをお許し下さい。』って懇願して、両国家間の柱として和平の象徴になってるのですよ!」
「だから両方の国に家が有るんだ…。」
騎士として仕えてしまうと、片方の国に贔屓目になってしまうだろう。
それは地位の話でも同じだった。
故に、両家を守る為に、そして戦争に至らせない為にもシュナウザー家は板挟みの道を選んだのである。
そして今日まで、両国家間での争いは無い。正しく重要な位置付けなのだが、それを快く思わない無駄に争いを起こしたがる馬鹿で低能で『大義名分』を掲げたがるクズな連中も居るのだが、それは今は置いておこう。
取り敢えずは、シュナウザー家に『勇者』が現れてしまった為に、その馬鹿な連中もシュナウザー家を攻撃出来なくなってしまったので、ベアトリーチェが生きてる限り、向こう五〜七十年程は平和が約束されていると言っても過言ではないのだ。
って言うか、『勇者』の関係者に攻撃したり悪意をぶつけた瞬間に神様によってその家名が子々孫々に渡って死に絶えるのだから、どんなに悪意を募らせても『人間』で在る以上は手出しが出来ないのだ。
要するに、『人間を救おうとする勇者を邪魔する人間は必要無い』と切り捨てられる訳だ。
だからこそヴァルガーは『人間』を捨て、『魔物』に身を窶したのだった。
もちろん、『勇者』が人間を滅ぼそうとした場合は『勇者』に対して神様の罰が下るのだが…。
さて、話を戻そう。
そんな事情を聞かされたエウディアは、シュナウザー家に名を連ねる事が、何れ程重い事なのかを理解した。
理解はしたが、エウディアにとってはそれ程難しい話では無かったのだった。
「人類の平和を守る…のは、『勇者』の使命と同じ…?」
「お、ディアちん良いことゆうね!」「そうなのですよ。人間を守りたいって思う気持ちは、『勇者』で在る事と全然変わらない事だと思うのです!ベアトリーチェお姉様も、『人を守りたい気持ちが有るなら、誰だって勇者になれる』って言ってくれたのです!」
「それならディアは、『勇者』になりたい…。」
シアとミアの言葉を胸に、エウディアは再確認する。
エウディアが目指すもの。
『勇者』としての道を。
───それを壁越しに聞いていた金髪の少年ラシアンは、小さく呟いた。
「『勇者』…なんて、幻想に過ぎないんですよ…。」
その声色は、何処か悲しみを湛えていた…。