店の名は
『勇者』を名乗る貴族の少女、ベアトリーチェ・シュナウザーの提案で、孤児院はこれから飲食店を商う事となったのだが、いくつか問題点は存在した。
まず、商品の仕入れの件だ。食事系統は一先ず大雑把に見て問題にはならないとしても、彼女が生み出す付呪具に関しては当人が今後、勇者業。要するに竜や魔王と言った定命の存在にとっての害悪を討伐する仕事を行うので有れば話にならない。何故なら、もしもこの店の目玉商品が付呪具になってしまったりしたら生産者が居なくなると言う事になる。
そこでベアトリーチェの提案は、旅を続けてる間はベアトリーチェ本人が作って送る。そして付呪具作製を委託出来る者が確保出来たらその者にベアトリーチェの技術を教え込み、この店に専属させる…と言った物だ。
ベアトリーチェは、子供達や大人達を店内へと招きながら丁寧に解説を進めて行く。各々、各部屋を周りながらはしゃぐ子供達を尻目に大人達は顔を見合わせて店内の雰囲気に息を飲んだ。
「うわぁ!」
「すっげぇ!らいおんってやつだ!」
「このかべどーぶつでいっぱいだー」
「あらまぁ…可愛らしいこと…。」
「シュナウザー様、もしやこの店内すべてこうなのでございましょうか…?」
そう。………ファンシー過ぎるのだ。
ファンシー過ぎて、店内中に動物を模倣した家具や日用品、雑貨。果ては調理場に風呂場まで。何処もかしこもファンシーな動物だらけだった。
この御時世に温かい目お湯が沸くお風呂付きとは、やはり貴族の価値観は貧民層には理解出来ない物だ。だが体を洗い流し、感染症等を落とせると言う事は、とても有り難い事なのだと思う。
ベアトリーチェはとても満足そうに腰に両手を当ててドヤ顔している。
店内の雰囲気は子供達には概ね好評の様子で何よりだ。
…しかし当然の事だが、孤児院の大人達により疑問が沸く。店の雰囲気の事では無く、経営体制と言うか、例の付呪具の件だ。
「しかし、シュナウザー様。失礼ですが、お嬢様の作った製品を送ると言っても、人々の渡しの途中で損なわれる可能性が在るのでは…?」
当然の疑問だった。人伝に渡る内に盗まれたり、勝手に使用されたり、或いは事故による破損や海や谷に落ちたり。失う可能性は幾らでも存在する。
しかしベアトリーチェは微笑み、碧眼の瞳に黄金の星を輝かせて言うのだ。
「ふふふ…、その疑問にお答え致しますわ。わたくしのこの異空間同士を繋げる指輪です。この指輪は店内に在る特別なクローゼットと連動してますの。」
そう言ってベアトリーチェが指し示した先には、調理場の奥に裏口の扉が有るのだが、その横には調理場には不釣り合いなモダンな木製のクローゼットが存在した。
「この指輪に入れた物を、わたくしがチェックを入れた分だけ取り出せる様に設定してますの。もちろんこのお店の関係者のみ取り出せる仕組みですわ。」
恐らく生体認証機能と言った物を魔法や呪文で賄ってるのだろうか?とにかくベアトリーチェにはそれが可能だったのだ。
大人達は半信半疑でこの仕組みを利用するのだが、一度試してみたら後は簡単だった。
「それから、防犯に関してもご安心下さい。わたくしの父が所有する商業組合から、父の部下が数人交代でこのお店の警護を担当致します。…後は皆様がわたくしに協力していただけるかだけですわ。」
ベアトリーチェは後ろ楯の証明として、共にやって来た中年男性から受け取った書類をテーブルに広げる。その書類を深く読み始めた院長先生は、一つ息を飲み、これ以上疑うのは無粋だろうと判断し、そして決断する。
「シュナウザー様、私共に手を差し伸べて戴き、心から感謝致します。………子供達を、私共をよろしくお願いいたします。」
こうして、ベアトリーチェの『勇者』として第一歩を進み始めたのだった。
「では、初めましょう。わたくし達と、皆様の食堂を!」
━━━記憶は未だ定着しない━━━
ベアトリーチェの孤児院救援活動開始から数ヶ月。
子供達に簡単な読み書きを教え、作物もある程度育ち、動物達から少しずつ卵やミルク等を分けて貰える様になった。ベアトリーチェと子供達の仲も良好で、概ね店舗運営の準備が整い始めた頃、子供達から質問が殺到した。
「ベアト姉ちゃん、このお店の名前なんて言うの?」
「可愛い名前がいいなぁ」
「おれ、かっこいーなまえがいい!」
「こら!ベアトお姉様が困るでしょう?」
「だってよー、名前がないとかっこ悪いじゃん?」
そう、名前はまだ無い。
「んー、そうですわね。」
ベアトリーチェは首を捻ると、子供達に向き直りニッコリ微笑みながら言うのだった。
「それじゃあ皆さんで考えて見ましょう。」
どうやら正式な店舗名はまだ登録されてない様である。
子供達に店名を任せるのはともかく、こういった事は早めに済ませないと運営が行き届かないのでは無いだろうか?
そこはご都合と、貴族のゴリ押しで何とかなるのだろうか。………きっとなるのだ。
「『どうぶつランド』がいい!」
猫獣人の女の子が言うのだが、動物園か何かだろうか?
「『ベアト姉ちゃんの店』!」
そのまま!魚人くんそのまま過ぎ!
「『ゆうしゃのごはんやさん』!」
翼の生えた男の子が言う。これまたそのまま。
「みんな駄目ね、あたしがセンスって物を見せてあげる」
皆より少し年長さんな、マセた感じの魔女の少女がなにやら意見が有る様だが、………とても嫌な予感がする。
「『THE・エーテルマスター・アポカリプス』…。
完……………………………………………璧な名前ね。」
あっそうっすね。
流石に最後の名前だけは勘弁なのだが、子供達がキャッキャとはしゃいで意見を出し合っていると、孤児院の大人達が意見を出した。
「『シュナウザー料亭』はどうかしら?」
流石にその名前は不味い気がする。今回のお店の件はそもそもベアトリーチェが主体の話だが、家名を出してしまうと家絡みの話になってしまうだろう。
そうなると、売り上げの一部がシュナウザー家に吸い上げられてしまうし、あくまでも護衛の支払いのみで後はなるべく自力で何とかしたいと言うのがベアトリーチェの思う所だが、そもそも後ろ楯に家名を出してる時点で避けられない話なのだが。
歯痒い思いでベアトリーチェが迷っていると、白い少女が袖をクイクイと引き、そして耳許で囁いた。
「………」
囁いたと言うよりは、歌の様だった。
それは何処かで聴いた事が在る様な、無い様な。だが、人間が理解出来る言語では到底無かったのだ。
ベアトリーチェはその歌を聞き、しかし何かを決意した様に両目を輝かせた。
「あなたは優しい子ね、ありがとうございますわ。……皆様、決めました。今日からこのお店の名前は………」
ベアトリーチェは店内を扇ぐ。子供達も、大人達も期待してその名前を待つ。
そして紡がれる名前は…………。
「『友人食堂』」
白い少女は、感情の揺れ動かない青い宝石の様な瞳で皆の様子を見守っていた……。
━━━記憶は未だ定着しない━━━