イディナ・ロークの事件③
───グレイヴとニルファは屋根の上を探索していた。
結論から言えば、当たりだった。
もしも吸血鬼や人狼の様な超常者や竜人等の超越者達が事件を引き起こしたのなら、現場に残る様な事はまずしないだろうと言う見識で、周囲の屋根を調べてみれば、一番近い屋根の上に証拠の血液が付着していた。
そこで、ニルファは屋根の上で追跡グラフを使用してみると、なんと光の人影は30分程その場から動かなかったのだ。
犯人は事件現場に戻ると言うが、正しくその通りと言うべきだろうか。
当然の事だが、丑三つ時も近い深夜に好んで屋根の上に登る様な者はまず居ないだろう。
それはつまり、犯人が事件処理を行う衛兵達の様子を上から眺めていたと言う事に他ならない。
つまり、ここからは移動する光の人影を追跡して行けば間違いなく犯人に辿り着くと言う事だ。
「……と言う事で、この光の人影の魔力波長に色を付けてですな。入れ替わりを防止すると、人混みに紛れ込まれても安心して探せますぞ。」
「誰に説明してんだ?」
屋根伝いに駆けるニルファと、その後ろを着いて行くグレイヴ。二人が走る先には、最大級の障害が待ち構えていた事を、知る由もなく。
屋根の上から地面に、そして人混みの中を走る速度で動く光の人影。それも当然だろう、当時の時間は深夜だ。人など殆ど居ないに等しい。
故に、2人は人混みに紛れて追跡するよりも屋根伝いに追跡する方が有利と捉えた。
そして、行き着いた先は………。
イディナ・ロークが誇る冒険者ギルド、その冒険者を目指す貴族の少年少女達が通う学術院にして。
─────『女子寮』なのだった。
因みにこの学術院に入れるのは、家督の継承権が低い三男次女以降と決まっている様だ。
一般的な冒険者はそのまま冒険者になったりするのだが、ここで学べるのは貴族の特権と言っても過言ではない。
場合に寄っては、そのままギルドの職員に入る者も居れば、ここで学んだ知識を基にそれぞれ魔術師の塔に入籍したり、騎士団に士官したり、自分のチームを組んで経営したり…と、行先は様々だ。
それ故に、ニルファは現状を理解して困り果てていた。
「いやはや…参りましたな…。」
「行くぞ。」
「いやいやいやいや…!我々は男性ですぞ!?入れる訳がありますまい!」
「だったらなんだ?ここに化物が潜んでるってのに、テメェは日和って逃げ帰るってか?大した正義感だなぁオイ。」
「だとしても、我々には捜査権限がございません。今出来る事は、ベアトさんに陳情する事のみですぞ!」
そんな風に二人が言い争って居ると、そこへ見慣れた二人と若干1名がやって来たのだった。
「ニルファにグレイヴ…あなた達、こんな所で何をやってるの?」
「女子寮の前で怪しい相談事ですか…通報してしまっても宜しいでしょうか?」
ベアトリーチェに物凄く怪しい目で見られてる二人は、そのまま言葉の通りに凄く怪しかった。
男性二人が女子寮の前の通りで言い争って居るのだ。怪しくない筈がない。
フェニーチェも既に衛兵に通報する体勢を整えていた。
「ベアトさん、これには深い事情が…。」
「よぉ、クソ勇者。悪いが俺達は行かせて貰うぜ?」
「行くってどこへ…?」
「決まってんだろ。この中だよ。」
「は?」
「え?」
「…?」
グレイヴは親指で女子寮を指し示す。ニルファは、「言ってしまった…」と頭を抱えて狼狽していた。
グレイヴの言動に、ベアトリーチェは本気で気持ち悪い物を見る目を、『2人』に向けていた。
「いやいやいやいやいやいやいやいや!私は止めましたぞ、ベアトさん!?あり得ませんって!私は事情をベアトさんに伝え「ニル公」
苦し紛れの見苦しい言い訳を聞き飽きたグレイヴは、ニルファの首根っこを摑まえて、そしてベアトリーチェ達へ向けてニカッと笑った。
「求める物がこの中に有るからな、止めんじゃねぇぞ。」
そして物凄い跳躍力で女子寮の壁を乗り越えてしまったのだった。ニルファも「ウソでしょおおおおおおおお」と遠退く悲鳴を上げて去っていってしまったのだった…。
余りにも突飛的過ぎる行動に見てる事しか出来なかったベアトリーチェは、わなわなと身体を震わせて居た。
「あんの馬鹿共がああああああああああああああああ!!!!!」
ベアトリーチェの怒声が壁を越えて突き抜けたのは言うまでもない。
────。
グレイヴはニルファを引き摺りながら学術院内を駆け回った。
「ここかァ!?」
ある時は女子更衣室に入り込み、女生徒の悲鳴と共に物を投げ付けられ。
「こっちかァ!?」
またある時は女子トイレに入り込み、女生徒の悲鳴と共に掃除用具を投げ付けられ。
「そっちかァ!?」
またまたある時はプールに入り込み、女生徒の悲鳴と共にビート板や水泳補助器具を投げ付けられ。
「あっちかァ!?」
またまたまたある時は風呂場に入り込み、女生徒の悲鳴と共に手桶を投げ付けられ。
「ヒャッハァ!!どこだァ!?!?」
そうして最後には女子寮の屋上に追い詰められてしまったのだった。
因みにニルファは生きた心地がしてないらしい。
「この変態親父!」
「お前なんか死んじゃえ!!」
「兵隊さんはまだ来ないの!?」
「この不法侵入者!!」
「キモいんだよ!!」
数々の罵声を浴びせられながら、グレイヴはニルファにボソボソと何かを話していた。
「おい、ニル公。こん中に例のヤツは居ねぇのか?」
女生徒や教師達の罵声を、色々な物を投げ付けられても全く気にしてない様子のグレイヴは、ぐったりと横たわるニルファに確認を取るのだが。何やらブチッとキレる音がして、勢いよく起き上がるニルファは、グレイヴへと詰め寄った。
「人を引き摺り回して置いて言う事がそれですか!?」
「なんだよ、元気じゃねぇか。…で、どうなんだ?」
「この状況で魔法なんか使えませんよ!!」
絶賛、物を投げ付けられ中のニルファは、集中して魔法が使えないらしく、グレイヴに食って掛かった。
そこへ、ベアトリーチェ達三人が追い付いて来たのだった。
「ちょっとあなた達!!この様な所で醜態を晒して…!!何の目的でこの様な真似をなさったのですか!?」
完全にキレてしまったベアトリーチェ。
そんな彼女の姿に、学術院の女生徒達は「お姉様…」「素敵なお姉様」「伝説の卒業生様」等と胸をときめかせて居たりするのだが、彼女がこの学術院内で打ち立てた伝説等に関してはまたの機会にしよう。
ツカツカと歩み寄るベアトリーチェの剣幕に圧されて、ニルファは困ってしまっていた。
………が、グレイヴは一瞬感じた嫌な臭いに対して、ニルファを掴むと、一直線に投げ付けたのだった。
「何故わたしいいいいいいいいいい!?」
筋肉質で身体の大きなニルファが女生徒達に埋もれる様に突撃すると、その嫌な臭いの主は瞬く間に消え去ってしまったのだった。
「ちょっニルファ!?………この助平狼さん。……今度と言う今度は見過ごせないですわよ…?」
「お姉ちゃん、口調変だよ…?」
「………なんだ?分からねぇのか?」
敵意を隠すこと無く睨み付けるベアトリーチェの視線を、グレイヴは飄々と受け流しながら答えた。
「ここには、人殺しの吸血鬼女が居るんだよ…!」