シュナウザー邸、翌日
シュナウザー邸に到着したその日の夜。
ベアトリーチェ一行は、豪華な食事に舌鼓をした。
それはまるで一流の高級レストランの様なコースの料理で、一同は作法が分からない者も居れば、正しい作法で戴く者も居て、皆一様にそれぞれの楽しみ方をしていた。
因みにベアトリーチェは、エウディアに作法を教えていた。今後、社交の場に出ないとも限らないからである。
アリアは流石、この国の上流階級の集う研究所に居ただけ在って、礼儀作法はしっかりしていた。普段の言動がアレなのは、恐らくきっと心の許せる友だと認識しているからで在って、決して礼儀が無い訳では無い………のだと信じたい。
ニルファもまた賢狼の民故にか、礼儀作法はしっかりとしていた。弱点が無いのが弱点なのだろうか?
アレイスは、予想を外すことは無いだろう。
とにかく作法がめちゃくちゃだ。憎しみを等は手掴みで食べるし、スープも皿を持ち上げて飲む。指を洗う為の水も飲む。しかしまぁ、今回は無礼講なので特に構う事は無いのだろう。
そして予想外だったのは、人狼のグレイヴだ。
まさかの野獣のグレイヴが、完璧なマナーを守って食事をしていた。スーツを着てネクタイを締めたら、何処へ出しても恥ずかしくない完璧な社会人だ。
そんなグレイヴも、浴びる様に酒を嗜むのだが、いつもの通りに羽目を外したりはせず、静かに飲んでいる。
「「「誰!?」」」
「…あ?」
ベアトリーチェ、アレイス、アリアの3人に驚愕の視線を向けられるグレイヴは、うっとおしそうに3人に向けて手をひらひらさせていた。
グレイヴの奇行に、アリア達の3人は互いに顔を見合わせてコソコソ小声で話し始めた。
「………なぁ、ベティ。あのオッサン…なんであんなに社交性高いの?」
「知らないが?」
「元々は人狼だよねぇ?あのおじさん、人の世に溶け込む為の擬態とかなのぉ…?」
「気持ち悪いんだが?」
「あ、もしかして人狼の世界にも貴族とかが居て、テーブルマナーを学んでるとかか?」
「それでぇ♡蝶ネクタイをつけた人狼の貴族が平民人狼を搾取するんだよねぇ♡」
「ブフッ!」
「おい、砂利共…。」
思いっ切り笑ってしまったベアトリーチェの背後に、両手をパキパキ鳴らしながら立っている何者かが居た。
恐る恐る後ろを振り返る3人の目の前に立っていたのは、怒りで燃え上がるグレイヴだった。その背中には怒りの炎が見える始末だ。
「テメェ等、一遍埋まるか?あ?」
そうして、3人は風呂に入ったばかりだと言うのにボコボコの顔で土に埋まる事になった。
エウディアはオロオロしながら3人を土に埋めて顔だけ出すグレイヴに叱り付けるのだが…。
「グレイヴ…やり過ぎだよ。」
「はっはっは、エウディア譲。これは彼等なりの戯れですぞ。…それに、陰口は看過出来ますまい。なぁ、執事長のウォルター殿。」
「えぇ、お嬢様には私めが甘やかしてしまった様ですな。今後はもっと厳しく躾ける必要が有りそうです。一先ずはお嬢様、アレイス様にアリア様、今晩はそこで頭をお冷やしなさいませ。」
「ウソでしょ…!?」
「ぴえぇアタシは悪くないのにぃ!」
「……今夜は冷えそうだなぁ…。」
温かい夜を過ごす3人を他所に、寒い夜を過ごす事になったベアトリーチェ、アレイス、アリアだった…。
───翌日。
早朝になって漸く土から掘り起こされた3人は、朝から風呂に入っていた。
「まさか、本当に朝まで放置されるなんて…。」
「身体がバッキバキだよぉ…。」
メソメソ泣くアリアと、物凄く疲れた顔のベアトリーチェ。埋まってる内に少しだけ暖かく感じてきた物の、一晩中ずっと直立体制だった為に、疲れていた。
「ふふふ、私としては2日連続でベアトリーチェお嬢様のお身体を洗えて幸せですよ?♡」
「あ、今日は疲れてるから逆らえないわ…。もう、お任せするわね…?」
クタクタの身体をフェニーチェに完全に任せたベアトリーチェは、洗いながらマッサージを受けていた。
因みに今更ながら、フェニーチェは黒髪赤眼の鬼人族だ。鬼人族なのだが、身体は細く靭やかで、角も生えてないので見た目からは普通の人間と変わらない様に見える。本気になると背中から黒い翼を生やす事も出来る為、有翼種の血も混じった混血種だった。因みに胸はベアトリーチェより更に大きかった。
フェニーチェは鼻血を垂らしながらハァハァと息が荒くなって行って思わず垂れた涎がベアトリーチェの背中に滴る。
「ぴゃっ!?」
「あ、マッサージオイルですよ。少しだけ足しましたので、『しっかりと塗り込み』ますね…?♡」
フェニーチェは誤魔化す所か、失敗を欲望の赴くままに利用していた。随分と奇しい………と言うより怖かった。ベアトリーチェは、とても不純なマッサージが行なわれて居る気がしてならなかった。
そんなベアトリーチェを横目に、アリアは暢気に猫耳獣人のメイドからマッサージをして貰っていた。
「ビーチェも大変だねぇ♡」
「アリア様!辛い所は有りませんか!?」
「大丈夫だよぉ♡あなたの肉球気持ちいいよねぇ♡……そう言えばあなたのお名前は何て言うの?♡」
「はい!私は猫獣人のチェレシアです!褒めて戴けて嬉しいですっ!」
此方は健全だった。
元気な猫獣人のチェレシアが、アリアを寝湯に浸からせたまま、タオルを被せて腰や足をマッサージしていた。
本当にとても平和だった。
「ちょっ!ちょっと!フェニーチェ!?どうして脱ぐのよ!?」
「お嬢様と一緒にお風呂を、分かち合う為ですよ?昔はよく一緒に入っていたでしょう…?♡」
「今は主人と従者よね!?ちょっとアリア!?見てないで助けて!!」
そんなベアトリーチェとフェニーチェを尻目に、アリアは暢気にお湯に浸かっていた。
「平和だよねぇ〜♡」
「そうですね!平和が一番です!」
結局、ベアトリーチェは2日続けてお風呂場の受難は避けられないのだった…。
───。
ベアトリーチェは胸元や腰、肘から手の先、膝から下まで覆った白銀の鎧と、その内側には赤と黒の布地に金の獅子を象った装飾の騎士服を着ていた。頭には勿論、銀のサークレット。
これらは、ベアトリーチェの空間指輪にすっぽりと収められていた物だ。
王城への登城に向けて、正装を整えていたのだ。
何故ドレスを着ないのかと言えば、端的に言えば仕立てが間に合わないからである。
そもそも、16歳の頃に着ていたドレスは最早全て着られない程に小さくなっていた。
それ故に、旅をする内に幾度も仕立て直した儀礼用の騎士服を着ていたのだった。
因みに、国王陛下への謁見の書信に関しては、ウォルターが全て前日の夜の内に済ませてくれたらしく、今朝方に王城の兵士によって謁見の許可書を戴いたらしい。
流石は執事長と言った所だ。
屋敷の外には、馬車と御者も手配されている。
「それでは、王城へ行ってまいります。」
「外で馬車を用意させて有ります。どうぞお気を付け下さい、お嬢様。」
「えぇ、行ってくるわ。」
「それからもう一つ…。」
馬車に仲間達を乗せた後、殿を務めるベアトリーチェが、足を止めた。
「ベリアル小子爵様が、先に王城にてお待ちで御座います。」
「は………?」
ベアトリーチェは固まってしまった。
「いい加減、お互いにお歩み寄り下され。そして我々を安心させて戴ければ…幸いですな。」
「無理よ、だって兄様は…。」
そこまで言い掛けて、一度息を飲む。
「『星の勇者』に選ばれた私を憎んでいるんですもの…。」
そしてやっと絞り出した声は、ベアトリーチェから怒りの感情を煮詰めた様だった。




