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青の銀竜-ドラグニア-  作者: 弓削タツミ
━プロローグ━
4/55

ベアトリーチェの提案


 貴族の少女、ベアトリーチェに連れられてやって来たのは町の外れ側で、海とは反対の正門側の土地だった。そして、そこにはまるでお伽噺から抜き出した様な可愛らしい外観の新築の薫りがする建物が建てられていた。

 この新しい建物に、両目を輝かせて中に入りたがる子供達、両目を丸くして驚く大人達。そんな中でも、白い少女はやはり感情が在るのか無いのか、ただ茫然と眺めていた。

 さて、ここでベアトリーチェから仕事についての計画が持ち出される。


 彼女が提供する仕事の内容とは、裏庭で育てた作物や市場で買った魚を調理して売る…と言った物らしいのだが、子供達にそれが出来るのだろうか?

 そもそも既に有り触れた題材だろう。市場までは少し遠く、更には町を見て周れば其処此処に食事の店が存在する。この店独自の材料を使用した目玉商品が有ると言う訳でもなく。経営的な話で言えば、恐らく赤字は免れないだろうし、折角育てた作物が荒らされる心配も有る。

 だが、それでも大人達にはとても有難い提案で有る事には違いは無い。何故なら、子供達がここで仕事を学び、一人で生きて行く土台が出来れば今後自分達が補助出来なくとも安心出来るからだ。

 因みに、商工会への話は既に通してあるらしいのだが。流石は貴族と言った所だろうか?


 …とは言え、赤字になった場合の賞罰ペナルティについては未だに語られておらず。大人達も、その点を聞くのは実に躊躇われる物だ。

 はしゃぐ子供達を他所に、微妙な表情の大人達に対して、ベアトリーチェはこう語る。


 「元々、お父様にわたくしの土地を買っていただく約束で買って貰った土地ですわ。ですので、赤字等は気にせずしっかり働いてください。…と言うのも心苦しいですわよね。…ですので、料理と一緒にこれを売って戴けますかしら?」


 ベアトリーチェが恰幅の良い中年男性に取り出させたのは、ちょっとした小物だった。

 手のひらに乗る程度の大きさの小物は、其々髪飾りだったり、指輪だったり。それほど大きくも無く、材質も高級品と言う訳でもない。どちらかと言えば安っぽく見える方だ。

 果たして、こんな小物が売れるのだろうかと首を傾げる孤児院の大人達に、ベアトリーチェはこう伝える。


 「これは、冒険者の方々用の小物ですわ。安く仕入れた装飾品に、わたくしが付呪を加えたのです。効果は小さな物なら身を護る第3サークル防御呪文から、大きな物なら攻撃に使う為の第4サークル呪文や、離れた物を動かす程の第3サークル呪文のが付呪されてますの。」


 ベアトリーチェの解説から、大人達は戸惑いが見られた。子供達は興味を惹かれている様子だが。

 そもそもサークルとは何かと言うと、字面から連想される通り呪文を用いた魔法の難易度の段階の事である。上位の魔法には魔法其の物の習得や発動の難しさもさる事ながら、使い手本人の元本魔力量の総数や魔力の操作能力も加味されるのだ。

 現在の階位で言えば、最高で第8サークルまでが大賢者と呼ばれる呪文や魔法の使い手が存在する位だろう。これはあくまでも「人間の限界」と定められている範囲だ。

 人間以外なら或いは、神の領域たる第9サークルまで到達するのだろうか。まぁその話はさて置いて。


 技術としての付呪自体は特別に珍しい物では無いのだが、付呪師の数は大陸に於いてもそう多くは無い。理由は明白で、単純に付呪自体が難しいのが理由だ。

 物質に呪文を貼り付ける難易度は当然の事だが、失敗した場合に物理的な爆発を引き起こしたり、或いは付呪を行った者の生命力を著しく吸い上げられたり等の悪影響があるからだ。それも付呪の難易度が高まる程に時間も掛かり、数日掛かる場合も有るのだ。それだけに前述のリスクを鑑みると、上位の呪文ほど施工者への命の危険が伴うのである。

 また、一度付呪された物質は書き直しが出来ず、付け足しも不可能だと言う弱点が有る。無理に行おうとすると、やはり呪文同士の反発によって爆発が引き起こされたり、呪文その物が暴走して周囲に悪影響を及ぼしたりもする。


 もう一つの理由が、付呪を行った物質の中には場合によって長期間、呪文の保存が出来ないと言う弱点も存在する。

 これも理由は簡単で、まずは使用する度に呪文の力が抜けて行くからだ。使用すれば使用した分だけ消耗するのは当然の事だが、それは呪文だけの問題では無かった。付呪された物質が使用される度に、材質が損なわれる。

 要するに破損して行くのだ。 

 では、使用しなければ良いのかと言うとそうでもない。例え使用しなくても、呪文其の物が日々劣化して失われて行くのが付呪品の弱点なのである。早くておよそ一ヶ月、長くても一年保つかどうかと言った所だろうか。そもそも使用せず、後生大事に抱え込む等、宝の持ち腐れでしかない。


 永久に付呪の効果を保つ物等、存在するとしたら神によってもたらされた聖遺物アーティファクトや、魔族達が使用する魔道具。或いは数多の生贄を利用し生み出された呪物と言った物だろう。もちろん、この孤児院の大人や子供達にとっては縁遠い物だ。

 こういった理由から、付呪師の道を往く物好きな者はそう多くは無く、かと言って蔑視される様な者では無い。寧ろ尊重されるべきなのだが、大抵の付呪師は上位の呪文を貼り付けようとはしない。そして効果が長く保たない点から、使い捨て扱いされやすく。余り重要視されないのが現状だ。


 所でベアトリーチェが付呪を施したとされる第3サークル呪文と聞くと余り高くは無い印象だが、実の所、一般的に出回っている付呪具の中ではそれなりの物である。

 先述した通り、付呪師が少ないのも有るが、命の危険が伴う高位の呪文を付呪しようとする者は少なく、第2サークル呪文から第3サークル呪文まで施された付呪具が極一般的に市場に出回っている。

 ベアトリーチェ自身の現在の限界故に第4サークルまでしか扱えない様だが、一般的な呪文使い、魔術師としては一人前と言えるだろう。

 だが、付呪となれば話は別だ。自身が扱える最大の魔法を扱うだけでも魔力の暴走等を引き起こさない為に、緻密な集中力を要する。更に最高級の付呪を施すと言う事は、普段の倍以上に魔力の扱いに気を配らなければならない。つまり、命の危険が更に増すと言う物。それなのにこの少女は無理を徹してやり遂げたのだ。

 故に、ベアトリーチェの技量と覚悟に付いてはご理解戴けただろうか。


 少なくとも、この様に危険な物は子供達の手に届く範囲に置くべきでは無い。そう大人達は危惧をし始める。

 それでもベアトリーチェの意思は変わらず。


 「えぇ、仰っしゃりたい事は分かります。子供達を危険に晒してまでこの様な物を置きたくない、近付けたくないと言うのは。…ですが、わたくしは子供達に、道を示したいのです。」


 その意思は固く、一歩も引かない。


 「自分の身を自分で護れる様になれば、きっと竜が居なくなった後の世の中でも強く生きて行ける。その為に、沢山の事を学んで欲しいのです。…それが」


 少女、ベアトリーチェは両眼に熱い意志を携えて。そして強く言い放った。


 「神託を受けし、『勇者』ベアトリーチェの願いなのだから。」



 薄紫色のドレスを身に纏う少女の横顔に、夕日が照らされ暖かな笑顔が覗き込む。その碧眼の瞳には黄金の星が輝いていた。

 それでも…白い少女の心は揺れ動かない…。




 ━━━記憶は未だ定着しない━━━

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