ヴァルガーの企み
───ヴァルガー邸にて。
その日の深夜、ヴァルガー・ヴルガリティは普段なら侍らせた美女達を自分の寝室に呼び、替わる替わる交代で“夜のお楽しみ”に勤しんで居たが、今夜ばかりはそうも行かなかったのだ。
“お楽しみ”もそこそこに、美女達を眠らせたヴァルガーは、護衛も付けずに一人屋敷内の地下に造られた秘密の部屋へと赴いていた。
地下に造られた秘密の部屋は何と巨大な講堂のと言った広さで、地面には溶けた蠟燭と人骨と思われる骨が散乱していた。そしてこびり着いた血液で穢れている。
部屋自体は縦に長く奥行きが広くて、屋敷の裏には大きな木が在るのだが、その木の根が講堂の奥深くへと貫通していた。
その木もまた少し不気味で、青白い樹木の表皮に血管の様な赤い筋がびっしりと走っていた。そして赤黒い血のような葉を付け、よくよく見ると動物の内臓の様に生々しい姿をしていたのだ。
尤も、屋敷の裏は誰も入れない様に侵入を制限されてる為に誰もその木を見たことは無いのだが。
───話を戻そう。
秘密の部屋は建築当時の関係者を処刑してしまっているので他に誰も知る者は居ないのだった。
故に現在この部屋を知るのはヴァルガーのみだった。護衛の騎士達でさえここに近寄る事は無かったのだった。
そんな秘密の部屋の奥には、煌々と輝くオーブの様な物が台座に備え付けられていた。
その台座の意匠は竜の姿をしていて、金色に輝くオーブを護る様にその身体で巻いている形をしている。
このオーブから発する暖かな光が、この村と周囲を雪の被害から護っているのだろう。
人間によって裏切られ、人間を狩る竜によって護られているとは皮肉な話であるが、きっと守護竜を祷る時代の名残りなのだろうか。
ヴァルガーは、そのオーブの傍まで歩み寄るとどことも無く叫んだ。
「約束が違いますぞ!これはどういう事ですかな!?」
ヴァルガーの叫び声は講堂内に木霊する。
その声に応える者は誰も居ない。
しかし、それでもヴァルガーは叫び続けた。
「貴方様の能力を使えば、あの様な小娘如きならば容易く丸め込めるのでは無かったのでは!?」
ヴァルガーは叫び続ける。しかし、やはりその声に応える者は誰も居ない。
「魔賢将、『失楽』のサンガドゥラ殿!!」
その名前を口にした時、ヴァルガーの足元に影が現れた。その影はまるで泡立つ水の様にブクブクと沸き立つと、ヌルッと人形の黒い影が現れ、そしてヴァルガーのだらしない巨体をいとも容易く片手で首を掴み持ち上げてしまったのだった。
「その名を口にするなと、何度教えれば分かる?」
その影は人の姿に変化すると、まるで赤い意匠の黒い軍服を纏った肌の白い人間の様な姿に変わったのだった。
髪は白く、切れ長の目は紅く眉目秀麗と言った顔立ちで、何処と無く知性を感じさせる青年だった。
しかし、この男の胸元は服に隠れているが赤黒い宝石の様な物が埋まっていた。
所謂、強大な魔力を宿した魔石と言う物だ。
生物の身体にこの魔石が埋め込まれた野生の獣を『魔獣』。それが知性を持つ動物…、人間や亜人等と言った者ならば『魔族』と呼ぶのだが。
要するにこの青年は、『魔族』である。
魔族とは、『魔王』と呼ばれる存在によって生み出されたと言われているが、それは定かでは無く。
一説に拠れば、世界の裏側に存在する『魔界』と呼ばれる場所で、強い瘴気が魔力を伴い何らかの生物の姿を宿して産まれるとも言われている。
要するに、魔界で実際に見てみない事には分からない事だった。
そして現在、このヴァルガーの首を掴む青年は、魔界からやって来た『魔族』であり、目的を持ってこの地に蔓延っていた。
その瞳はとても穏やかで、まるで何者も怨む様には見えないが、非常に残念な事に他者への配慮と言った物は一切感じさせなかった。
「それで、私の能力が通じないと言ったな?何があったか話してみなさい。」
ヴァルガーをゆっくりと降ろすが、その圧力は凄まじく、サンガドゥラは笑顔を作るのだが瞳は一切笑って無かった。
「はっははは…はい。本日の昼頃に『勇者』ベアトリーチェと言う少女がやって来ましてな、…儂の物にしようと例のアミュレットに封じられた貴方様の能力を使い、念の為飲み物に媚薬を混ぜたのですが…。」
サンガドゥラは静かに成り行きを聞く。ヴァルガーは段々と声に熱が籠もってきたのだった。
「全く様子が変わる様には見えず、寧ろ生意気にも儂を舐めた様な態度と口振りで窘めて来たのですぞ!今までこの様な事は一度も無かった!!約束が違うでは在りませぬか!?」
勢いに任せてヴァルガーはサンガドゥラへと捲し立てた。ヴァルガーがサンガドゥラの足元にしがみつくと、それをまるで汚い物の様に蹴り飛ばした。
地面を転がり人骨に塗れて居ると、サンガドゥラは侮蔑した様な瞳でヴァルガーへと語る。
「その人間に私の能力が効かなかった理由は恐らく、『人の神の加護』だろう。本来ならば人と魔族とで拮抗する魔力の差ならば、より強い方が覆い蹂躙する物だが…あの俗物的な能力に守護されているので在れば私の能力が効かなかった事も頷ける。」
サンガドゥラが語る内容を聞き、ヴァルガーは震え上がった。
ようやくこの田舎を自分の好みに支配出来たと言うのに、ここに来て『勇者』と言うイレギュラー。当初の予定を大きく狂わせたこの存在は、恐らく中央の王国へと辿り着いてしまえば現在のこの村の状況を国王へと伝えてしまうに違いない。
そうなってしまえば神託を受けた『勇者』の言動は重く、ヴァルガーが持つコネクションを駆使しようがしまいが、殆ど影響を及ぼさないだろう。
築き上げたこの村もまた、王の派兵によって崩され、ヴァルガーは伯爵位を簒奪。シュナウザー家に家督を奪われ、自分は憐れ処刑となるだろう。
それ程までに『勇者』と言う称号の、特に国家に信頼の置かれた者の権威に対する暴力は凄まじいのだ。
「なにとぞ…!なにとぞ儂に力をお与え下さい…!儂はここであの『勇者』を仕留めねばならんのです…!」
サンガドゥラは、何やら考えていたのだが…貼り付けた様な薄っぺらい笑顔でヴァルガーの肩に触れると、まるで悪魔が人を魔の道に誘い込むような甘言で囁いた。
「良いだろう、私も君達に情はある。この種を飲みなさい。…身体の奥底から私と同じ力が沸き、君自身が他者を支配する能力に目覚めるだろう。………この種を飲んだら。」
サンガドゥラは抵抗するヴァルガーの口へと目玉の生えた悪魔の種の様な物を押し付けて続けるのだった。
「明日の早朝、村人を数人集めなさい。…あぁ、『勇者』の身内が居るなら、その子達も招待すると良い。」
ヴァルガーが全て飲み込んだ時、サンガドゥラは冷たい表情で言い捨てた。
「情か………。情とは一体何なのだろうな?」




