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青の銀竜-ドラグニア-  作者: 弓削タツミ
━プロローグ━
2/55

血に呪われた土地にて


 山岳の町「モータルト」。現在、町の中央で人々が集まりざわめいていた。


 理由は明白、現在数十人の衛兵達に囲まれる中、同じく数十人程の男女入り交じる荒くれた洋装の者達が、両手首を縄で縛られた状態で各々、今か今かと待ち侘びる様に罪状を読み上げられ、或いは巨大な斧の様な物を両手に持った処刑人に首を切られ、また或いは絞首台に吊るされ無理矢理身長を伸ばされ、またまた或いは木の梁に貼り付けにされたまま生きたまま焼かれ………と、様々な処刑の方法が施行されていたのだった。


 そして現在、白いフードの少女が何やら盗みを働いたのか、それとも衛兵や氏族に楯突いたのか、罪状を読み上げられて居ない現在、理由は明白では無いが今正に処刑が決定した所だった。

 人々はこれを面白半分、物見遊山気分で見物しに来たのだと言うのだから、全くもって趣味が悪い。否、自分よりも圧倒的に弱者が踏み躙られる姿を見る事で自身の立場を確立する事が出来るのだから順当に人間らしいとも言えるのだろうか?


 絞首台と呼ぶにはお粗末な程の簡易な石造りの取っ掛かりの横に備え付けられた桶から、前の住民が少女の顔を生気の喪われた瞳で見詰める最中、衛兵に拠って背中を押さえ付けられ、物好きな町民達が今か今かと首が切り落とされる瞬間を見守ろうとする最中、十数人程居る衛兵達の中から一人の男性がその罪状を読み上げる。


 「この者、国境付近にて武当馬賊ぶとうまぞくを引き連れ町を襲撃した罪に拠って処刑とする。」


 少女の罪状が読み上げられると、町民達は正義感溢れる罵詈雑言を叩き付けるか、それともそんなおぞましい程の悪行に涙するか、またはその馬賊を追い払う為に捧げられた犠牲者達の家族に正当な怒りの下に石を投げつけられるか。それでも少女の感情は動かないのか、示寂たる姿勢を崩さない。それがまた、被害者家族達の感情を逆撫でするのに十分だった。

 そして、罪状を読み上げた衛兵とは別の衛兵の手により少女の白いフードが剥ぎ取られた。

 少女の髪は白く…寧ろ光に透けた銀が眩しく、肌も負けじと白かった。しかし、両眼に輝くサファイアの様な青い瞳が少女を少女らしからぬ気品さすら漂わせる。当然、角も羽根や尻尾も鱗も無い。普通よりは遥かに綺麗な顔立ちの少女だった。最も、町民達から見れば魔女その者の様に映るのだろうが…。


 そんな見目麗しい顔立ちの少女が、口元に着けられていた装具。猿轡さるぐつわの様な物で拘束されて居るからか、随分と大人しい。喧騒の最中に置いても何の反応も見せない少女を尻目に、衛兵の後方に居た将校の鎧を着た女性。恐らくこの衛兵達の兵長と思われる女性が鎧姿のままこう告げる。


 「この者の口の拘束を外しなさい!罪人、罪状を認めるか?」


 筋肉質で頑強な体付きだが、恐らく人間種と見られるこの女性の詰問に、猿轡を外された少女は何も答えず、ただただ死を覚悟した様な虚ろな目で宙空を見詰めるのだった。

 その視線の先にはただただ青く広い空と、白い雲。空を羽ばたく鳥達と、黒い影が見えた。


 黒い影は、段々と大きくなり…そのままこの処刑台目掛けて降ってきたのだった。


 「グルルルオオオオオオアアアアアアアア!!!!!」


 黒い影の正体は、狼の姿をした人間。人狼、ウェアウルフと呼ばれる存在。人の理性を捨て、獣の姿に身を落とし、鋭く伸びた爪や牙で怪力を振るう。そして人間や亜人等の血肉を貪る怪物。人間の敵で在り、定命の者の中に産まれた悪性の腫瘍とでも言うべきだろうか。こうした怪物は他にも存在するが、今回現れたこの怪物は基本的に一匹で小さな村一つを壊滅させてしまう程の化物なのだった。


 「こんな時にウェアウルフだと!?射手!何をやっている!!射て!!」


 しかし、女性兵長の言葉も虚しく射手と呼ばれた衛兵はうめき声を挙げながら咀嚼そしゃく音を響かせて居た。そう、ウェアウルフは一匹で来た訳では無かった。

 数十匹、いや数百匹とも言える数のウェアウルフの群れは、集まっていた衛兵を殺し、心臓を貪る。

 既に町中に溢れ返り、住民達を鏖殺おうさつし尽くしていた。

 一匹で村一つを壊滅してしまう様な化物が、数百匹。すり鉢の様な地形が災いしたのか、他の町に応援を呼ぶ余裕も無い。

 最早町はウェアウルフに蹂躙されるしか無いと思われたその時、先程まで処刑台に組み付されていた少女が起き上がった。


 「そこの…お前!何をするつもりだ!クッ、逃さんぞ!」


 腰に差した剣を抜く兵長、周囲を囲むウェアウルフの群れ。孤立してしまった少女は、静かに声を紡ぐ。



 「…………」



 その声はとても小さく、しかし聞こえたとしても人の耳に聴き取れる様な言語では無い様で。───言葉と言う寄りは歌の様だ。

 詩人達がリュートを奏で、ホルンを吹きながら語る詩の様な歌では無く、旋律を彷彿させる様な不思議な言語の歌。歌詞が存在するのかそれとも存在しないのか、それすらも判別出来ない様な、人間達には認識すら不可能な言語で紡がれる歌は、この町全体に響いた。

 聴き取れるかすら不安な小声にも関わらず、この歌はこの場に存在する全ての生物の耳に届いたのだ。


「ガルグルルル……」


 目の前に居たウェアウルフ、つい先程衛兵の数人の心臓を貪り食らって居たこの化物は、歌を聴いた途端に戦意を…否、狩猟本能と行ったものを喪失してしまったのだ。

 尤も、衛兵団の者達すらこの歌を聴いた途端に戦意を失ってしまった為に行動その物が阻まれて居るのだが…。


 理性の無い筈のウェアウルフが、殺戮を止めて行ったのは、町からの撤退だった。

 数刻が経ち、いつしか少女の歌が収まった頃。ほぼ、町の殆どが壊滅状態で最早再起は不可能と言えるのだが、兵長の女性はウェアウルフの姿が完全に見えなくなると、正気に戻り日常の従事に戻るのだった。


 「あなた、さっきのはなんなの?早く答えなさい。場合によってはあなたを帝国に送って縛る必要が出て来るわ。」


 少女は女性兵長に質問される物の、答える素振りは見せない。言葉を話す事が出来ないのだろうか?しかし、それでは先程の歌の説明が出来ないだろう。その後もいくつかの質問を投げかけ、首を捻る様子を見せる少女に対して、つまりこの国の言葉を話す事が出来ないだけなのだと判断した女性兵長は、質問する事そのものを諦めた。

 そんな中、僅かに残って居たらしき町民の生き残りがウェアウルフ共を追い払った英雄たる行動を見せてくれた少女に向けて、称賛の言葉を放ったのだ。



 「この、化物が!!」



 ━━━称賛の言葉と言う名の罵詈雑言。



 「お前があの化物達を引き連れて来たんだろ!!」

 「返せよ!俺の息子を返せ!!」

 「魔女め!なんで最初から助けなかった!!」


 突如、家族を失ってしまった者達の感情は、何時だって自分勝手な物である。それもまた仕方の無い事だろう。只でさえ竜達の侵略に依って疲弊の一途を辿るこの世界に、どうにかして日常生活を送ろうと山岳地帯に居を構えて困窮する最中。今回の様な事件が起これば人は憤怒し、未知の力を持って制した者を化物と呼び排他する。人間の心根はそんなに汚くないとは、豊かな者だからこその意見でしか無いのだ。

 最早村を荒らされ、暴徒と化した人の心境は抑えられないだろう。それも、この町に住む者の仕業では無く、外から流れ込んで来た余所者の仕業となれば当然の結果である。

 少女に向けられた恨めしい声と共に、先程までの様に石を投げ付ける者も居る始末。


 「早く殺せ!見せしめにして狼人間共の巣に投げ込んでしまえ!」

 「どうせこいつも化物だ!じゃなきゃあの化物共が退く訳無い!処刑してしまえ!」

 「早くやれよ!税金泥棒!」


 どうにも収拾が付かなくなってしまった町の人々の声に、女性兵長もまた心を決めたのだった。


 「…申し訳ないけど、職務を真っ当しなきゃいけないの。」


 抜き身のままの剣を振り翳し、白い少女に向けてその銀剣を一気に振り落とした。

 少女は、何の抵抗をする事も無く。何も言わずにその剣を受け入れてしまったのだ。


 「ごめんなさい…。……皆の者!この町に怪物を引き込んだ化物は討ったわ!!今度はあの化物共が入り込めない様に、町を強く修繕するのよ!だから、力を貸しなさい!」



 後に残るのは、銀色に輝く髪と白く小さな少女、その小さな身体を赤く染める…とても儚い彼女自身の物だった。



━━━記憶は未だ定着しない━━━



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