街道の修理と駄目勇者
聖黎期331年。
港町『スプリングゲート』から中央への街道。
現在、『疾風の勇者』達一行は、魔王軍により放たれた魔物との戦闘を行ったり、巨大な破壊魔法によって粉砕された街道の修復作業だったりで忙しかった。
一行のリーダーで在る大宮翔凛は、街道に出来た大穴と橋が直るまでの間、スプリングゲートまでの護衛費を充てに暫く遊び呆ける予定だったらしい。
所が、運が悪いことに時を同じくしてこの町に至ったと言う『星の勇者』を名乗る少女の一行に阻まれ、『勇者』としての教育の一貫で街道の修復と魔物退治を強制されていたのだった。
疾風の勇者は海沿いの東側を、星の勇者は森や山が近い西側を主に担当していた。
「いやぁ、汗をかくって気持ち良いなぁ!」
気持ち悪い程の笑顔で一輪のリヤカーを押すのは、動きやすい作業ズボンにランニングシャツ姿のショーリだ。頭にねじり鉢巻きを巻いている。
「おう兄ちゃん!そいつが済んだら昼メシ行ってきな!今日は鮭弁だぞ!」
「おっす!ありがとうございまッス!」
「兄ちゃん中々見どころあるじゃねぇか!どうだい?本格的にうちで働いてみねぇか?」
「HAHAHA☆俺なんてまだまだッスよ!おやっさん達にはもっと勉強させて貰うッス!」
「おうおう!若えのにしっかりしてるな!頑張れよ!ほら、コーヒー飲みな!」
「アザーッス!よっしゃあ!午後も頑張るぞー☆」
耐熱瓶入りコーヒーを受け取り、元気よく午後への決意を表明するショーリ。明日の街道はきっと、彼の様な好青年によって切り拓かれるのだろう。
「じゃねぇよ!!!なんで俺だけ働いてんだよ!!!」
ねじり鉢巻きをスパーンっ!と音を立てて地面に叩き付けると、ショーリは一行の仲間達やベアトリーチェ一行に向かって怒鳴りつけた。
面々は魔物退治をしつつ優雅に紅茶を飲んだりしてたからだ。
「馬っ鹿お前、俺が居るだろ?お前だけにいい格好させらんねーよ。」
ベアトリーチェ一行の仲間、アレイスはツルハシを担いで鼻を啜ってる。勿論作業ズボンにランニングシャツ、そしてねじり鉢巻きだ。
「ハッハッハ!こういう仕事は我々肉体を使うのが得意な者の役目ですぞ。それともショーリ殿は魔物と闘い命を擦り減らす方がご希望かな?」
筋肉ムキムキの賢狼が瓦礫を退けながら爽やかな笑顔で言うのだが、こいつ魔法使いだよな?
ショーリは不覚にもそう思ってしまった。
「つーか、お前らはなんでサボってるんだよ。おーいタリアー!お前こそこっち側の人間だろ?手伝えよ。」
サボってると問われてキメラの少女と僵尸の少女は怒って睨む。タリアはと言うと……。
「見て分からんのか?素人め。いつ何時魔物が現れるか分からないからな。前衛を務める為に警戒をしている。…それとも、お前が二人を守り切れる自信が有るなら代わるか?」
フッと笑い、ショーリへと煽って返す。
「別に二人に護衛はいらねーだろ。ほら、こっち来て手伝えよ。」
この男、クズである。
「ふん………ド素人が。良いだろう、その代わりお前が暫く周囲を警戒しろ。一匹でも近付けたらその命は無いものと思え。」
「マジ!?やったぜ!こっち側はあんま敵来ないし、思いっきりサボれるぞー!」
この男、クズである。
「………本当に。あの人は『勇者』の自覚が在るのかしら…。」
反対側を警戒する『星の勇者』ことベアトリーチェは、疎らでは有るもののそこそこの頻度で襲い来る魔物共を蹴散らしていた。
殆ど一人で狩り続ける姿に、見惚れる男性作業者も居る程だ。
「ねぇねぇビーチェ♡少しは休んだらー?たまにはアタシ達にも譲って欲しいんだけどー♡」
治癒師でエルフの少女アリアは頬張ってたドーナツをゴクンと飲み込み、ベアトリーチェへと声を掛ける。何気にベアトリーチェを勇者様以外の愛称で呼んだのは初めてかも知れない。
ベアトリーチェはと言うと、汗一つかかない涼しい顔で剣を鞘に納めていた。
「あら、お暇だった?肩慣らしにもならないし、この程度なら一人でも良いかなって思ったんだけど…。」
アリアの傍まで来たベアトリーチェは、言葉の通り実際に余裕そうだ。魔力の総量も殆ど減って無ければ、筋肉等へと疲労も感じさせない。
用意された椅子へと優雅に腰掛け紅茶に手を伸ばす。好みはオレンジ・ペコらしい。
「ふふーん☆勇者様がいざという時に闘えなかったらみーんな死んじゃうじゃん?♡交代で休みながらにしなよ〜♡」
「ふふふ、ええ。頼りにしてるわね?」
ベアトリーチェと替わり、アリアが周囲を警戒する。周囲に魔力の膜を張り、モンスターや盗賊等が現れたら反応して炸裂音が鳴る仕組みだ。
アリアはこういう作業を嫌がっていたが、やる必要が有れば避ける程愚かでは無かった。
「これで良し………っと♡やっとアタシの凄さが見せられるねぇ〜♡」
周囲の警戒はアリアに任せ、ベアトリーチェは二人の仲間に目を掛ける。
黒い人狼のグレイヴは、少し離れた木に凭れ掛かり腕を組み目を閉じていた。きっとこの輪に混ざる気等無いのだろう。
白い少女エウディアは、先程までドーナツを食べていたみたいだが、今は寝息を立てて眠ってる。
ベアトリーチェは、少女の頬に手で触れた。
「いつかアナタは、全てを思い出す日が来るかも知れない…。……その時、人間を憎む事になるかもね。………それでも。」
ベアトリーチェの言葉は、ちっぽけな願い事だった。
ちっぽけな願い事でも、声に出したかった。
「人に寄り添える、優しい子で居てね?…そして、幸せになって欲しい…。」
エウディアは、すぅすぅ…と寝息を立てていた。
━━━記憶の一部が蘇る━━━
少女は、人間達に追い詰められていた─。
少女は、何もしていないのに─。
人間達は、憎悪の声を投げ付けて、罵倒し、剣や槍を自分へと突き刺した─。
少女は、悲鳴をあげた─。
たった一言の悲鳴で、人間達が大勢引き裂かれた─。
少女は恐れた─。
自分が痛がれば、人間や木々、他の動物達に被害が及ぶ─。
それでも、人間達は少女を憎む恐ろしい形相で、剣を振り下ろすのを止めない─。
人間達は、少女の死を、深く望んでいる─。
少女は、自分が何故憎まれて居るのかわからなかった。
少女が一言、止めてと言えば─。
山が燃えた─。
少女が一言、来ないでと言えば─。
地面が引き裂かれた─。
少女が一粒、涙を零せば─。
土地は汚染され、命が死に絶えた─。
あぁ、わかった─。
私は、定命の者にとって、"毒"なんだ─。
私は、定命の者にとって、"害"なんだ─。
私は、定命の者にとって─。
"死"なんだ─。
━━━記憶の一部が定着する━━━
───数刻後───
白い少女が目醒めた時、夕方になっていた。
少女が目を覚ますと、何か暖かい物に包まれていた。
「あ、起きた?よく眠れた?」
すぐ目の前には、ベアトリーチェの顔がある。どうやら夕方になって冷え込んで来たせいか、寒くない様に彼女に包まれて居たらしい。
アリアはと言うと、警戒網に引っ掛かったカエルのモンスターの大群に、第1サークル魔法のマジック・ミサイルを大量展開し、機関銃の要領で蹴散らしていた。実に楽しそうだった。
…エウディアは、目を擦り、そしてベアトリーチェへと向き直った。
「おあ…よう。」
透き通る様な、小さな声で、確かに人の言葉を発したのだ。
少女の目の前に居るベアトリーチェの表情は、驚愕だった。
「エウディア…あなた、今…喋って…。」
「…?うん。」
言葉こそ短いものの、確かに喋っているのだった。
ベアトリーチェは、まるで我が子が初めて声を発した時の親の気持ちに浸っていた。要するに、母性を植え付けられてしまったのだ。
「おーいベティ!そろそろ引き上げるらしい!続きはまた明日だってさー!」
───と、ここでアレイスに声を掛けられ、我に還るベアトリーチェ。丁度いい頃合いで戻って来た仲間達に、ベアトリーチェは真っ赤な顔であわあわと慌てて言う。
「あのっあのっ、この子…喋ったの!!」
「………おいおいベティ、この子が喋っ…………え?マジ?」
「うっそ〜♡どんな声だったのー?ねぇねぇディア〜♡アリアおねーちゃんだよ〜♡」
「ふむ、興味深いですな。しかし、アレイス殿。我等は泥だらけ故に、一度泥を落としてからに致しましょうぞ。」
仲間達にそれぞれ反応を向けられるエウディアは、少し困惑して見えた。…まるで、感情と言うものが宿ったかの様に、少しだけ前向きに見えたのだった。
ベアトリーチェは名残惜しそうに、現場の監督へと警護の話をしに離れたのだが、その時一つ意味深な言葉を聞いた気がした。
「………そうか、思い出しちまったか。」
グレイヴは、一人寂しそうに枠から外れてその光景を眺めていた。
ベアトリーチェは、人狼のその言葉を聞いて胸が痛くなるのだった─。
一方、ショーリ一行はと言うと。
ボロボロの姿で地面に倒れ、折り重なってるリーラとマオマオ。そして戦斧を振り回すタリアから逃げるショーリの姿が在った。
「おい素人ぉ!!ちゃんと見張れと、あれ程言ったよなぁ!!!」
「ひいいいっ!!ちょっと!武器しまって!死んじゃう!俺、死んじゃうから!」
「死ね!死んで戻ってこい!」
「嫌だよ!死ぬのちょー怖えんだよ!!いてぇし!!ちょっと建材がモンスターに壊された位で死ぬ事無いだろ!!」
結局、ショーリ自身の驕りのせいで、職務は全う出来なかったようだった。
「ほんっっっとーーーーーーにサイアクだよーーーーーー!!!!!」
リーラの叫びが空に響いたのだった─。