転生勇者と転生勇者
ショーリ達『旋風の勇者』一行に戦慄が走る。
現在、眼前に現れた『勇者』を名乗る少女ベアトリーチェ。
その『勇者』に、ほぼ全員で隙間無く攻撃を仕掛けたのだが、誰一人として攻撃はまともに与えられていなかったのだ。
そして逆にベアトリーチェからは、敵意や戦意、悪意といった圧力の様な物を一切感じない。
それが酷く不気味だった───。
「───はい!はいはい分かったからさっさと降ろせ!シリアス展開はもういいだろ!?って言うかお前らなんでいきなり攻撃してるんだよ!!」
ピリついた空気をぶち壊す様に文句を言う少年、『旋風の勇者』ショーリは現在、仲間の赤髪の女傑によってズボンのお尻付近に剣の鞘を捩じ込まれてぶら下がっている。
これは確かに余りにも屈辱的な体勢だ。
しかし、戦士タリアの献身を無碍にするショーリに苛立ったのか、タリアは無言でショーリを睨むのだが。
「いや待って!ズボンが破れそうなんだよ、だから一旦降ろそうぜ?な?降ろしてからでも遅くないから、な?」
余りにも情けない懇願に、タリアは溜め息を吐きながら下ろすのだった。そしてベアトリーチェは、その成り行きを静かに見守っていた。
「ふぅ…お嬢さん、僕の仲間達がとんだご無」
「デッドリーポイズン!!」
ショーリがベアトリーチェに謝罪の言葉を伝えようとしたその時、すぐ後ろから何やら不穏な魔法の発動音が聞こえたのだ。
キメラの少女リーラが放ったのは、赤黒い煙の様な流体型の靄が蛇の様に意志を持ってベアトリーチェへと牙を剥く。第5サークルの毒の魔法だ。受けてしまうと出血毒に掛かり、酷い場合には死に至らしてしまう。
そんな恐ろしい魔法を放たれたベアトリーチェはと言うと、明らかに溜め息を吐きながら呆れていた。
「貴方がた………いい加減にしなさい。」
ベアトリーチェはその右手に魔法の光を纏わすと、赤黒い靄を打ち払うかのように光の紋様を空中に描き、右に大きく切った時にはデッドリーポイズンの魔法を破壊してしまったのだ。
そこに戦士タリアからの叩きかける様な斬撃の刃が地面を割りながら飛んでくるのだが、ベアトリーチェはこれを掌同士を合わせた掌圧で抑え込む。
更に抑え込む体勢のベアトリーチェの頭上から僵尸の少女マオマオによる鉄の塊の様に重い蹴撃が放たれた。ベアトリーチェはそれを難無く腕で受け止めたのだが、その一撃は予想以上に重く、地面にクレーターを穿つ様に宿屋の前には大きな穴が空いてしまった。
ちょっと本気でキレ始めた勇者ベアトリーチェに、勇者ショーリは全力で土下座していた。
「すいません!すいません!うちの馬鹿共が本当にすいません!すいません!」
「えー?なんでですか!?先手必勝で勝てば美味しいごはんが食べられるんですよ!」
「馬鹿!相手は格上だろ!って言うかなんで急に攻撃してるんだよ!」
「やっテ見ないト分からなイ。コレに勝たないト、ご飯にあリつけなイ。そうデしょ…?」
「お前の情報を読む様な化物だ、此処で狩らないとこの町に危害が及ぶかも知れない。それがどうしてお前には分からないんだ?この素人が。」
「ふざけんな!やるなら外でやれよ!ほんっっっとーーーーーーに申し訳有りませんでした!!」
三人はそれぞれベアトリーチェを取り囲んで次の一手を模索して居るのだが、ショーリ自体は尚も謝罪をし続ける。
頭を地面に打ち付けて本気で謝る『勇者』の姿に、ベアトリーチェは呆れつつも多少は認めていた。…それは何故か?
「本当に………町中で人が死ぬ様な魔法や攻撃をするのはやめなさい!!」
クレーターの中、腕を組んで怒鳴るベアトリーチェに、ショーリ一行は石の様に固まってしまったのだ。
ショーリは「だから言ったじゃねーか!」と、三人に対して野次を飛ばしていた。
宿屋前のクレーターや斬撃で生まれた穴を直す三人。キメラの少女は自分はやってない等と文句を言っていたのだが、彼女の魔法もまともに当たっていれば町を破壊する要因だった為、同罪だ。
戦闘が終わり、次々に集まる野次馬達の中にベアトリーチェの一行の姿もあった。
「おーいベティ、…ってなんでこんな戦闘跡が出来てるの?」
戦士のアレイスは修繕現場を見てドン引きしていた。
「すいません!すいません!本当にうちの馬鹿共がすいません!」
ずっと平謝りするショーリを見て、アレイスは何やら共感する想いが溢れて来たのだ。
渦中のベアトリーチェはとても不愉快そうに腕を組み木の椅子に腰掛けていた。
「わたしはただ、少しお話がしたかっただけよ?それが三人に襲われて、被害を最小限に収めただけよ。文句を言われる覚えは無いわ。」
「御免。」
そう言って怒るベアトリーチェの頭上に、鋼鉄の長杖が振り落とされたのだ。ゴツン…と骨が砕けた様な音が響いた。
ベアトリーチェは大きなたんこぶを頭の天辺に作って蹲ってしまった。
「あああっ………おおおっ………。」
「ベアトさん、貴方もまた町の者に迷惑を掛けたのだ。修復を手伝うのが筋でござろう。」
そう言って修復の手伝いに混ざる賢狼の獣人ニルファは、ローブをはだけて引き締まった筋肉の毛皮をさらけ出し、そして地面を直し始めたのだった。どうやら魔法で直したりはしないらしい。
ベアトリーチェもニルファに連れられて修復作業に混ざる事になったのだった。メソメソ泣きながら手伝う姿はとても滑稽だった。
「ウチのリーダーがごめんねぇ〜♡脳みそ筋肉で出来てるの~♡恥ずかしいよねぇ〜♡」
エルフの中でも革新派で有り新生代のハイエルフを名乗るエルフの少女アリアの、いつもの煽りによって勇者ショーリは啞然としていた。
耳はエルフらしく長く、顔立ちも美少女然としているのに、口から放たれた言葉はまさしく自分が良く知るジャンルで、折角の美少女フェイスを全て台無しにしたかの様な他人を馬鹿にして煽るその表情。ショーリは誰もが言うまいとした事実を言ってしまうのだった。
「え?何このメスガキ。エルフなのにメスガキ?どんな属性盛ってるんだよお前らの仲間。」
「メスガキって、アリアは170歳のおばあちゃんだぞ?ガキじゃないだろ、失礼だぞ?」
ショーリの空気を読まない発言に更に輪を掛けて空気を読まないアレイス。この後アレイスがアリアにボコボコにされたのは言うまでもない。
「それでベティちゃん。結局俺達になんの用だったの?」
修復作業が一通り済んだ頃、一度この町の冒険者ギルドに集まり食事を摂りながら事の顛末を聞く流れとなったのだ。
ベアトリーチェのパーティは六人。ショーリのパーティは四人。合計十人の大所帯となった。あの黒い人狼も珍しい事に素直に大人しく席に参列していた。
「貴方がた、大陸の中心部に繋がる道を破壊したでしょう?」
「えっ?イヤ?俺達は何もヤッテないヨー?アレは魔王軍の仕業だし、魔王軍の連中が街道を爆破して行ったんだヨー。イヤ~マジ困るよなぁ最悪ダヨな本当。」
ショーリは見るからに両目が浮ついて汗をダラダラと流し仲間のマオマオみたいな口調になっている。
あからさまな嘘にベアトリーチェは溜め息を吐き、怒りの炎に燃えていた。
そこへ、赤髪の戦士タリアは糾弾をし始めた。
「そんな事より貴様、何故私達には読めない神の国の言葉が読めた?はっきりしろ、どうせ貴様は魔王か竜の仲間だろう?」
「アンタ…!言っていい事と悪い事の区別もつかないのか!?」
「そーよ!アンタ達こそ事実を隠そうとして、ホントーは魔王の手下か何かじゃないのぉ!?そっちのキメラとか、完全に魔物じゃなぁい。」
タリアの糾弾に、アレイスとアリアは立ち上がり反論する。魔物と蔑まれ涙を溢すリーラに、仲間を侮辱されたタリアは、思わず戦斧に手を掛けるが…。
「わたくしが恐らくはそちらの勇者様と同郷だからです。」
ベアトリーチェの言葉にタリアもアレイスも、誰もが言葉に詰まった。
そして同郷と言われた当の本人は。
「え?俺?え?何この空気。もしかして何か言う所?」
こんな調子でなんとも頼りない。
「ショーリ、君がアノ女と同郷?らしイ。神の国カラ来たなら心当たり、何か有ル?」
僵尸のマオマオに問われたショーリは、「そういう事もあるもんかー。でも最近流行りの展開だしありかもなー。」等と呑気な事を呟いていた。
「なるほど、ベティちゃんも日本から来たのか!異世界転生者?それとも転移?俺は日本で死んで異世界転生したんだよ。同じ境遇同士仲良くしようぜ!」
等と言って呑気に握手をしようとするショーリ。
しかし、ベアトリーチェの表情は冷たく、握手に応える事なくこう言った。
「えぇ、よろしくお願いしますね、大宮翔凛さん。これから貴方に『勇者』としての心構えをお教え致しますわ。」
その表情は暗く、残酷だった………。