大陸の港町『スプリングゲート』
聖黎期331年
大陸の港町の一つ、『スプリングゲート』
勇者一行は、定期船から降りて港町の桟橋に足を踏み入れていた。
町には雪は無く、この辺りはまだ暖かい様子だった。
旅の途中で知り合ったアレイスやアリア、ニルファにとっても初めての船旅だったのだが、特に問題なく辿り着けたのは僥倖だった。
初めての町にやって来たのは何も三人だけでは無い。白い少女エウディアもまた町の外に出るのは初めてなのだ。
どうやらエウディアは、船酔い等をもようしてる様子も無くあちこちから漂う海産物の香り、或いはそれらを焼く香りに目を惹かれていた。
「そう言えば、ごはんはまだだったものね。食べたい物はある?」
ベアトリーチェが優しく声を掛ける。船に乗ってから一週間。ずっと甲斐甲斐しくお世話を焼いていたベアトリーチェは、きっと妹が出来た様な気分だったのだろう。
アリア達も呆れた様子でその光景をずっと見せられ続けて来たのだから堪ったものではない。だが、それは言えなかった。何故なら、一度ベアトリーチェを怒らせると一週間はマトモに口を利いてくれなくなるからだ。実に面倒くさい奴である。
「…して、黒の御仁はどう致しますかな?」
賢狼の種族である狼の獣人のニルファに問われた黒き人狼のグレイヴ。彼は波止場で魚に餌を与えていた。とてもキラキラした物を口から与えていたのだ。
「…………クッソ、人間の船ってのはどうしてこう。あんな水の上を通りたがるんだ…。オロロロロロ…。」
実はこの人狼。メティアの町にやって来た時も吐いて居たのだった。あの登場シーンは、一頻り吐いた後にただただ格好付けてただけなのだ。その後の行為のせいで全てが台無しになったのだが…。
………実は船酔いで気持ち悪くて錯乱もしてたのでは無いだろうか?
そんな人狼を放っておいて、一行は海産物の食べられる食堂へと向かったのだった。
「しょーじきアレイスがあーなると思ったのになぁ♡意外と雑魚雑魚じゃないんだぁ?ウケる〜♡」
「まぁ、俺が師匠に稽古を付けて貰ってた時はあの程度じゃ無かったしな。確か俺が七歳の頃に、三半規管を鍛える為にってワイバーンにロープで括り付けられて空を飛ばされたり、足一つ分の足場の山の上で踊らされながら怪鳥と戦わされたり。果ては全身に重りを付けて水の中で海竜に………。」
聞けば引く様な修行方法を語るアレイスに、一行はドン引きしていた。
「アンタ本当に人間?お師匠さんアンタの事、殺そうとしてない?」
「アレイス殿の頑強さの秘訣が理解出来ましたぞ。実はゴーレムか何かですな。後で調べさせて戴こうぞ。」
「まぁ…うん、鍛え方は人それぞれよね。いや、モンスターね、最早…。」
「ヒドくない?」
それぞれから受ける別種の憐れみの視線にアレイスは涙をポロポロ溢しながら訴えるのだった。
そして、グレイヴも無事合流して全員が食事を注文した頃、外から何やら騒ぎの様な物が聞こえた。
ベアトリーチェが耳を傾けて聞こえて来た声によると、どうやら次の町に向かう街道にモンスターの大群が現れたらしく、その大群から逃げて来た隊商の殿を努めていた者達が街道の一部を爆破した為にその道は現在通行止めになっているらしい事。
そしてその爆発を行ったのは、隊商の護衛をしていたらしき冒険者であり、『勇者』の一行仕業らしい。
「………『勇者』ねぇ。」
ベアトリーチェの目の色は変わっていた。…いや、碧眼に黄金の星が浮かぶ瞳は変わらないのだが、その目には『勇者』に対する心得の様な物が在るからか、話に出た『勇者』が人の迷惑になる様な真似をする事が認められないのだ。
だが、一方的な決め付けや憶測で物事を測るほど愚かでも無い。
「皆、わたしちょっと話を聞いて来るわね。あ、先に食べてて良いから。」
そう言って、勇者は『勇者』に真偽を問いに出掛けたのだった。
「………ま、ベティにはベティなりの拘りってもんが有るんだよ。俺達は飯でも食ってようぜ?」
そう言ってエウディアの頭をアレイスは撫でる。アリアもまた、同意見の様でアレイスとエウディアを挟んで運ばれて来た食事を食べ始めていた。
「………チッ、胸糞悪ぃ。」
「おや、何かお気に召しませんかな?」
一人、毒吐くグレイヴにニルファは問いかける。
「『勇者』様ってのは、態々正義アピールをしないといけないもんかね?
どうせあの女は、余計な首を突っ込んで余計なお世話で民衆共に、『いい子ちゃんアピール』をしたいだけなんだろ?
………で、糞みてぇな連中のリーダーにでも収まって、『自分は正義です。皆に祀られて気分が良いので、自分の気に入らねぇ糞みたいな害虫は全部自分の正義の下にぶっ殺します。』
………って、狡い魂胆が見え見えで気持ち悪ぃんだよ。」
グレイヴの悪態に、ニルファは深く考え、そして自分なりの考えを纏めた。
「なるほど、グレイヴ殿はそうお考えですか。中々理知的ですなぁ。」
ニルファは、責める訳でも同調する訳でもなく、ゆっくりと、ただただ自分の意志を言葉に紡いだ。
「ははっ、御仁の言う事も一理ある。確かに『勇者』等と言う役職は、目立ちたがりでも無ければ熟せない称号でござろうな。……とは言え、勿論それだけではござらん。………周りを見られよ。」
ニルファの言葉に、グレイヴは嫌そうに店の外を眺めた。そしてニルファは続ける。
「何が見えますかな…?」
「あぁ?………海だな。」
「他には…?」
「人だ。どいつもこいつも平和ボケした面してやがる。」
「左様。」
ニルファが伝えたかった事の一部が、グレイヴに届いた様だった。
「平和ボケ、よろしいではござらんか。……御仁はもう、血で血を求める様な事はござらんのだろう?」
「あ?まぁな。喚く連中はクソみてぇに煩わしいがよ。殺してぇって程じゃねぇ。」
「はっは、それが分かってるなら良いでござらんか。
……ベアトさん。勇者殿が作りたい世界とは、きっと多少危険はあれど、皆が笑って生きて行ける世界でござろうな。…だからこそ問題が起これば助け、困ってる方には手を差し伸べる。勇者で在るが故に、絶対に曲げない。
それが自己満足だのはあの年頃の小娘如きに理解出来ているとは思えぬが、私は勇者殿の『勇者』への強迫観念のような物を、支持するのですよ。」
ニルファは語る。ベアトリーチェは『勇者』と言う物に囚われ過ぎて居ると。それは最早、強迫観念に押されて『勇者』たらしめんとしている事実を見抜いて居るのだ。
それは、『勇者ベアトリーチェ』の知識を得る為に、出会ってからずっと観察し、知識として蓄え続けたニルファだからこその着眼点──。
「『勇者』に狂った勇者か、他の勇者共にゃ堪ったもんじゃねぇな…。」
「はっはっは。全くですな。………故に、我等が勇者の一行なのでござろう。」
ニルファの言葉に、グレイヴは溜め息を吐いて呆れてしまった。
───そして次第に笑えてきたのだった。
荒い修行の末に物事の価値観が少々狂った戦士。
人を馬鹿にして煽るエルフの少女。
知識の探求に狂った賢狼。
そこに滅多に人を殺さない狂った人狼が混ざったのだ。
そして極めつけには、人格が在るのか危うい竜人の少女に、『勇者』に必要以上の使命感を押し付ける『勇者』。
「本当に気持ち悪ぃパーティーだなぁ、ここはよぉ。」
「褒め言葉ですぞ。はっはっはっはっは」
こうして勇者を置いて、一行は食事を楽しんで居たのだった。
━━━記憶は未だ定着しない━━━