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青の銀竜-ドラグニア-  作者: 弓削タツミ
━旅立ち篇━
10/55

新たな船出




 ───数日後───



 「それでは、大方の引き継ぎは済ませましたので、わたくし共は旅に戻ろうと思います。」



 ベアトリーチェはそう語ると、町の人達に再度の別れを伝える。去年とは違い、今度は大所帯での別れだ。


 「うむ、ベアトリーチェ殿。そなた等に神のご加護があらんことを。」


 神父様の祝福を受けるベアトリーチェ。前回、赤竜に襲われた教会は崩れてなく、健在だった故に通常通りに運営している。

 神父様の祝福を受けた他の3人の仲間に、もう一人新たなメンバーが加わっていた。

 人狼を名乗る黒い革の服に身を包んだ男だった。




 ───"数日前"───


 魔力を纏ませた剣は、黒い服の男の首を斬り落とす事は無かった。何故なら──。


 「チッ、お前もあの女が目的かよ。」


 人狼の牙も、爪も、眼前の勇者に突き立てられる事は無かった。それどころか大人しく牢屋に戻ろうとする程だ。


 「あなた…一体何のつもり?」


 その言葉を聞いた人狼は、鬱陶しそうに言う。


 「またその言葉かよ。人間ってのは同じ事しか言えねぇ猿しか居ないのか?」




 また…とは。それは今から遡ること、聖黎期(聖黎期)315年。今から16年前のことだ。

 人狼が理性を失ったまま聞いた、山岳の街での出来事。勇ましくも煩わしい女性の声が人狼の脳に響き渡る。


 「そこの…お前!何をするつもりだ!クッ、逃さんぞ!」


 自分に向けられた言葉だったのか、それとも目の前から薫る香りに向けて発せられた言葉だったのか。

 狂う人狼には聞き分けられなかったが、それでもその言葉は、その声は。人狼の怒りを逆撫でするには十分だったのだ。




 あの時とは違うが、凛とした声の少女が同じ様に敵意を向けた言葉を人狼へと放つ。

 人狼はザラ付いた怒りを心の底から揺り起こされるのだが、その心のままに暴れる様な愚かな真似は事はしなかった。それは実力差を感じた……等の理由ではない。人狼に宿った理性故にその衝動を抑えられたのだ。


 「お前ら人間は勝手だよな。こっちが暴れる気が無くても、暴れたがってる事にするんだろ?」


 その言葉を聞いたベアトリーチェは、少し間を置き、"剣を納めた"。

 その隙を逃す人狼では無かった。

 瞬時にベアトリーチェへと飛び掛かり、その爪で、その牙で、ベアトリーチェの仲間毎引き裂いた。


 ─────となれば、話は簡単だったのだ。

 人狼の黒い服の男は、本当に何もしない。

 不気味な程に静かで、不可思議な程に大人しく牢屋に寝転がる。

 ベアトリーチェは、この人狼の奇妙さに警戒を弛める事は出来なかった。何故ならこの男は間違い無く多くの罪無き人間を殺し、心臓を喰らい、村を滅ぼして来たのだから。

 例え長い年月の中、薄れた臭いで合っても………。

 この男から漂う古びた死臭は消せないのだから。


 最後に、ベアトリーチェはこの男に告げた。


 「わたしはお前を信じない。人を食べた化物は所詮化物だから。お前等に、人の心は無いから。」

 「そりゃどーも。」


 人狼は、短く返事をすると他の寝ている囚人達の様にいびきを搔くのだった。





 ───"そして現在"───


 「なんで俺まで行く事になるんだよ…。」


 人狼の男は煩わしそうに言う。当然の疑問なのだろうが、理由も当然だ。


 「お前の様な何をするか分からない化物を、目の届く範囲に置いておく為に決まってるでしょう。」


 冷たく言い放つベアトリーチェ。人狼は舌打ちをした。


 「人狼と旅とか、俺こええよ……。」


 戦士のアレイスはメソメソ泣いてた。いつ寝首を掻かれるか分からない様な相手と今後緊張の旅を続けるのだ。恐ろしくて仕方無い。


 「状況が状況故に仕方無いですな。私としても、些か不満ではございますが、この町に置いて問題を起こさせる訳にも行きますまい…。」


 賢狼の魔法使いニルファは語る。本人も狼の獣人故に、昔から様々な偏見や迫害を受けたのだ。そこに評判の悪い人狼が仲間に加わるなど、心中穏やかでは無い。


 「って言うかぁ。クッサ♡獣クッサ♡ずっとコレと居るのキツイんだけど〜?♡」


 治癒師の少女、アリアはいつもの如く煽る。クスクス笑って居るが、その目は全然笑って無い。

 流石にベアトリーチェの独断が過ぎたのだろうか。


 「ごめんなさい、わたくしの独断で決めてしまって。」


 ベアトリーチェは謝罪するが、勇者の独断等いつもの事だと三人は割り切っていた。


 「ふっふ、置き去りにすれば幼気いたいけな少女が毒牙に掛けられるやも知れぬ。それはとても面白く無い。私としては異論はござらんよ。」

 「あぁ、俺だってそう簡単に殺られる程弱くは無いつもりだ。」


 男性二人はとても心強い。すぐに納得してくれた。……そしてアリアはと言うと…。


 「始末する時はアタシに任せてねぇ?♡た〜〜〜〜っぷり"わからせて"あげるからねぇ♡」


 とても心強いね…。


 「は!?勝手に決めんじゃねぇ!!クソッ!こいつを外せ!!」


 人狼は抗議の声を挙げるのだが、身体中に取り付けられた拘束具。着けた対象の筋肉を弛緩させ、動けなくする付呪具で阻害されている為かまともに動けない。精々人間の冒険者程度に動きが抑えられていたのだ。

 そんな人狼も、再び定期船へと押し込まれたのだった。


 何故時空間を繋げたテレポート装置での移動では無く、定期船での移動かと言うと理由は明白。

 この男に例の装置が知られてしまうと間違いなく悪用されるからだ。

 勇者一行は、定期船へと乗り込むと再び港で見送る国の皆へと手を振る。


 「それでは皆さん。わたくし共は再び冒険へと戻ります。………どうか健やかにお過ごし下さい。」



 こうして、愛する隣人達に見送られて勇者一行は再び旅が始まったのだ。



 「それじゃあアレイス、ニルファ、アリア。これからも宜しくお願いします。」

 「あぁ!ベティの故郷も見れたし、気が引き締まったな。」

 「えぇ、今後もまた探求の旅が始まりますな。」

 「さっさと竜も魔王も、アタシ達で"わからせて"あげちゃおうねぇ、♡」


 仲間達との激励で、ベアトリーチェは新たな気持ちで旅に臨む。

 そして、新たに旅の道連れとなった黒い服の人狼の男。


 「そう言えばあなた、名前は何でしたっけ?」


 今更ながらに名前を尋ねるベアトリーチェ。人狼の男は面倒くさそうに答えた。


 「あー?昔は確か、『グレイヴ』って呼ばれてたな。」


 墓穴グレイヴだそうだ。死した体験でも在るのだろうか?それでも、この一行に墓穴グレイヴは参加する事になった。

 そしてベアトリーチェは仕切り直す。新たな旅立ちに向けて、戦士の少年。魔法使いの賢狼。治癒師の少女。人狼の男。白い少女へと目を配らせ。



 「は?」



 白いフード付きのコートを着た白い少女が、ベアトリーチェの隣に居たのだった。



 その頃、港町の波止場にて──。


 「あら、あの子が居ないわねぇ。」


 院長先生は、突然居なくなった白い少女を探して見渡す。他の大人達は、先に孤児院に戻ったのでは?…等と、互いに顔を見合わせて話していた。

 そして、院長先生は不意に思ったのだ。




 「そう言えばあの子、なんて名前だったのかしら…。」




 ━━━━記憶は未だ定着しない━━━━




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