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第六十一話【五日目】幸せに……なりなさーい⑦

◆◆


 事切れたリアを見て満足そうにミクトーランが祭壇に向かう。その瞬間、微力な魔力の流れを感じた、が直ぐに消えた。


(パーティス家の小娘め、足掻きよって)


 祭壇に向かい直し儀式を再開させた。


(やっとだ。後はただ一つ、人類の殲滅だけを祈ればいい。狂えば、それしか考えられないように魂を狂わせてしまえば良いだけだ)


 祭壇の前で大仰に両手を上げ、芝居がかった声が響く。


「さぁ始めよう。人類の終焉を――」



――その時、突然スケルトンの大群が爆発した



「お前は自分の命を代償に……俺なんかを復活させたのか」


 スケルトンの破片が空に舞う中、血塗れのリアの身体を両腕で抱き抱えた下着一枚のラルスがそこに居た。すぐ前の地面にはリアの愛剣と魔導剣が並んで刺さっている。

 一瞬、何が起きたか分からなかったミクトーラン。

 結界の中に魔導剣を手に入れたラルスが居ることを認識すると震え始めた。


「げげぇっ、ラルス……ラルス・マーカスライト! 何故だ! 何故貴様が……しまったぁ! 褒章の復活かぁ……あの阿婆擦れめーー!」


 ミクトーランが後退り祭壇が倒れる。そのまま尻餅をつき、狼狽している。


「皆で幸せになるんじゃなかったのか。お前がいない世界に価値なんて……」


 リアの身体をそっと下ろし、地面に突き刺してあるリアの愛剣を右手に、魔導剣を左手に構える。


「違うか。お前は皆の幸せを守ろうとした……お前が愛した世界だ。俺を愛してくれたのなら代わりに――」


 自分の腕や身体が恋人(リア)の鮮血に塗れている事に気付いた時、ラルスの中の悲しみ、憐れみ、後悔、愛おしさ、全ての感情が怒りに変換されていった。


「――鉄槌となって悪を打ち滅ぼそう」


 魔法使い殺しの(きっさき)をミクトーランに向ける。


「覚悟する暇はやらん、ミクトーラン」

「ひいいぃーっ! あ、アイツを殺せー!」


 狼狽えるミクトーランは、大型ゾンビを何体も召喚した。三メートルは有ろうかという巨人の群れがラルスに襲い掛かる。


「そんなモノが何体居ても……オレを止められると思うなよ」


 ラルスはミクトーランの方にゆっくりと歩いていく。あたかも無人の荒野でも進むように。そこへゾンビが襲い掛かるが、手に持つ剣が振られるたびに全てが両断されていった。


「ば、化け物……化け物め」


 後退りながら懐から大きな骨を出すとラルスに投げつけた。その骨は空中で分裂を繰り返すと、大型竜種のスケルトンが顕現した。


「ドラゴンウォーリア、こ、こいつを叩き潰せ!」


 ラルスがリアの剣を構え直すと、象より大きな竜の形をしたスケルトンに突進する。


「さっきも言ったろ、無駄だ!」


 爪で切り裂こうとするが、その瞬間、ラルスは空中にいた。リアの剣がしなり豪剣が唸る。ドラゴンウォーリアと呼ばれたものは上空からの一撃でバラバラに砕け散った。


 真の切り札があっさり粉砕されたところで、もはやミクトーランは狼狽えるしかできなかった。


「やめてくれ、やめてくれえぇ! 助けてくれ! そうだ、魂の深淵を教えてやろう。それは世界を全て手にする事と同意だ……どうだ世界をくれてやる!」


 尻餅をついたまま後退るミクトーランが醜く懇願している。ラルスは意に介さず左手の魔導剣をミクトーランの胸に突き立ててから呟く。


「罪状を述べる。その者ミクトーラン、百年以上の長きにわたって生ける者全ての敵として君臨し、九十七の街を破滅に追い込んだこと。七十八万もの命を黄泉路に送り込んだこと。それは万死に値する」


 魔導剣が始動し刀身に複雑な模様が一瞬現れて消えた。対象の罪人に剣を突き立て『罪状を述べる』事で魔導剣は始動する。


 ミクトーランの身体が短く痙攣したと思うとピクリとも動かなくなった。すると無数の霧の様なものが集まってきた。


「や……やはり分割して隠した魂すら集めるのかーっ! や、やめろ! 集めるな、あぁ残りの魂が集まる、あ、集まってしまうっ‼︎」


 狼狽え、慌てふためくミクトーランが愛想笑いをしながら懇願を続ける。


「頼む! ご、後生だ、後生だから助けてくれ」


 ラルスの表情は全く変わらない。魔導剣を持つ左手だけが震えている。只々怒りに震えている。


「お前が来世を語るな。未来永劫にお前が殺した人々に償い続けろ」


 静かに言い放ち、言葉を続ける。


「ま、待ってくれ、待ってくだ――」

「――判決を言い渡す。その者、『永久魔導封滅刑』とする」


 魔導剣の複雑な模様が紅く光る。


 その瞬間ミクトーランの体が萎み始めた。目が潰れて手足が崩れていく。生命そのものを剣が吸い尽くしていた。


「たす……助けて、あぁ、ま、ま、魔力が、魂が吸われ……ギャアーーー!」


 断末魔が響き渡る。そして静寂が辺りを包んだ。



「終わったよ、リア……」



 ラルスがリアの亡骸に目をやる。もちろん力無く横たわっていた。

 見ていられずうつむき目を閉じる。


「リア……お前を……かけがえのないお前を失ってまで……」

「……ラルス……」


 リアの声が聞こえた気がした。

 ふと、顔を上げると死体があった場所にリアが立っていた。


「えっ?」


 キョロキョロするとマリタ・ホープが既に輝きを無くし石化しているのが見えた。


「石化……マリタ・ホープが……」

「ラールースっ!」


 明るい声で自分の名前を呼ぶ声がもう一度聞こえた。

 リアは微笑みながら両手を上げて迎えている。


 ラルスは少しの間、呆然とリアを見ていたが目から大粒の涙が溢れ出てきた。二本の剣が両手から滑り落ちたと思うと勢いよくラルスが走り出す。


「リアーーーっ‼︎」


 泣きながら抱きつきリアをくるくる振り回した。ストンとリアを降ろしても泣きながら抱きついたままだ。

 その時、ラルスの肩越しにリアとシャーリーの目が合っていた。



□□ (シャーリーside)


 気付いていたわよ!

 リアが自分の力でミクトーランを倒せなかったら、ラルスの復活を最後の切り札としていた事なんて。その上で、ラルスが自分を復活させることに賭けていた事も。



 賭金は『自分の命と魔導剣』、賞金は『ラルスの命とミクトーランの命』、ジャックポットを引いた時だけ『自分の命』も返ってくる。

 バカリア!

 どんなギャンブルやってんのよ!



 もうプンスカよ! バカリアめ、泣くほど嬉しくて、ブン殴るくらい怒り心頭よ!


 私の親友。

 世界一バカな親友。

 世界一素敵なかけがえのない親友!


 涙越しに睨み付けていると、こちらが怒っていることに気がついたのか、リアは困った顔をしながら口を尖らせ視線を斜め上に外した。少し考えたフリを見せてから、如何にも『ゴメンね』という感じでウインクをしてきた。


「ぷっ! あははっ!」


 もう感情分かんないわよ!

 大泣きしながら笑うしかないわ。

 全く何てハッピーエンドなの。


 突如、ガラスが割れる様に結界が壊れた。


「リアー! ラルスー!」


 つまずきながら駆け出し二人に思いっきり抱きついてやった。



◇◇ (リアside)


 ラルスと抱き合っているとシャーリーも走ってきた。飛び込むように抱きつくシャーリー。三人とも安心して大泣きよ。


「シャーリー、ラルスー、褒めて〜、叱って〜、喜んで〜!」

「バカリア、バカリア! バカバカ、うわ〜ん」

「勝手に死にやがって、この馬鹿野郎!」


 叱られる度に二人の腕に力が籠る。二人からの真剣な言葉。

 やっぱり嬉しいよ〜。


「ラルス〜」

「何だよ……」


 シャーリーもいるけど、もう少しイチャつきたい……とはいえ先に確認しておこう。


「何で下着姿なの? ねぇねぇ、何で?」

「えっ? うわ、ホントだ。ラルス死ぬ瞬間、何してたのよ」

「あっ……えっ……ね、ね寝てたんだよ。おれ裸で寝るし――」


 んー?

 そういえば、なんか言ってたぞ……あのジジイ。


「裸の女達で……ロウラク?」


 さっと離れるシャーリー。震えるラルスからそっと離れて詰問開始。


「ねぇ、何で――」


 その瞬間、上の方から轟音が響いた。断続的に続く轟音と振動。天井から小石が落ちてくる。


「く、くく崩れるかも。リア、シャーリー、急いで地上に上がろう!」


 シャーリーが足踏みしながら指差ししている方向に三人で走り出した。


「あっ、マリタ・ホープ! 魔導剣……わたしの剣!」

「もう良い! 戻るな!」

「でも、ラルスが泥棒のままになっちゃう。あとマリタ・ホープは浮気したヤツに制裁を喰らわすのに便利そう……」

「ひぃっ……勿体無いけど逃げるほうが先だ! ほらっ!」


 ラルスが後ろ髪引かれているリアを引っ張って即すが、ヨロヨロとそのまま力無くへたり込んでしまった。


「ははは、魔力も体力もゼロみたい――」

「なら捕まれ!」


 一気に抱えてお姫様抱っこのまま走り出す。既に小石とは言いづらいようなものも降り始めている。


「二人とも早く! 階段が崩れたら終わりよ!」


 いつの間にか五十メートルほど先に居るシャーリーも焦っている。


「落ちるなよ」


 二度目のお姫様抱っこ。夏の観覧式を思い出すが、どちらかというとシチュエーションは貴族院時代の体育大会だ。


「ラルス、シャーリーも忘れずにね」

「もちろん!」


 ラルスの体温が数度上がった気がした。腕に感じる胸の筋肉が岩のように硬くなる。


「よーし、行けーーっ!」


 車に乗ってアクセル全開した時みたいな加速。まぁ、そんな経験ないけどね!


「ぅおおおおっ!」

「えっ、は、速っ……」


 体育大会の時より圧倒的に速い。それでいて安定感が凄い。シャーリーのいる場所まで一気に到達すると、瞬時にシャーリーもわたしの上に抱えた。


「うひゃぁ」

「シャーリー、マイダーリンから落ちないでね!」

「リア、シャーリーを捕まえとけよ」

「ガッテン!」


 リアの上に置かれたシャーリーの腰辺りに思いっきりしがみつく。


「あら、情熱的……って、えーっ、ウソーっ!」


 そのまま一気に階段を登っていく。踊り場で方向を変える度に遠心力で吹き飛ばされそう。

 そうよ! 小さなジェットコースターに乗ってるみたい。そう思ったらサイコーに楽しくなってきた。シャーリーは逆に恐怖で声も出てない感じよ。


「あははは、ラルス、行けーっ!」

「ひぃーーーーっ!」


 楽しい。硬直するシャーリーが落ちないように腰の辺りをガッチリホールド。わたしはシートベルトよー。


「ゴーゴー!」

「やっぱりお前は元気なほうが可愛いな」


 もの凄い速度を維持しながらの『可愛い』宣言に思わずラルスの顔を見つめてしまう。その真剣な横顔を見つめていると、二人の世界はスローモーションになり、バックには豪華絢爛な色とりどりの花々が咲き乱れる。

 こちらの視線に気付いたのか一瞬だけ視線を合わせてニコリと微笑んでくれた。


「うひゃ〜……」


 シャーリーをほっぽり出してラルスの胸に抱きつきたくなったが、何とか理性が勝ったのでシートベルトの役目を地上まで(まっと)うすることができた。


「よし、着いたぞ」


 階段を登り切ると、エントランスのような場所に出た。日の明かりが見えるので地上に間違いなさそうだが、妙に騒がしい。

 シャーリーがカッコつけてサッと地上に降り立って扉に向かった、が目が回ってるのか扉の右の壁に激突した。


「ぅあああっ……いたたたっ、はっ!」


 恥ずかしそうにこちらへ振り向くと、顔を赤くしながらヨロヨロと扉から出ていった。


「うぷぷ。やっぱりシャーリーと一緒に居るの楽しい」

「じゃあ一人で死のうなんて考えるなよ」


 ふと、真剣な顔をするラルスと目が合う。わーお、普通にお姫様抱っこされてるだけじゃーん、と思い直しに頬が少し熱ってくるのを感じていると、熱烈に見つめてくるラルスも顔を真っ赤にしていた。

 二人の顔が徐々に近づき始めたところで、シャーリーの大声が聞こえてきた。


「城壁が落ちてる〜! ゾンビが街から何万体も出て行っちゃう!」


 シャーリーが開いた扉から駆け込んできた。そこから見える外の風景は、正しく『ゾンビの楽園』だ。

 シャーリーに続いて扉から何体も侵入してくる。


「ヤバイヤバイ。パスカーレに向かわれたら全滅しちゃう」


 セルマやアルマ、皆さんの顔が浮かんだ。


「シャーリー、ラルス! ゾンビをどうにか食い止めないと。でも、まず背後のゾンビから叩き斬ってね!」


 シャーリーが慌てて魔剣を振るうとあっさりと崩れ落ちていく。


「えーっ……またゾンビついて来た……私、臭くないよね?」

「シャーリー、あと二、三万体くらい倒せない?」

「……はぁっ? 無理だって! 何日掛かるのよ!」


 じゃあラルス?

 そう思ったところでポイっと地面に降ろされた。

 うわ、優しさが足りない。睨み付けたがソワソワしながら辺りを探っている。


「うーん……何処かに服とか無いかな……」


 ちょっと、この状況を無視なの?

 そうか、こういうところが御曹司なのかな。では、婚約者のわたしが世間のズレを教育してあげないと!


「ラルス、無責任よ。こういう時は命を賭してでも戦わないと――」


 両手に腰で睨みつけながら説教開始。しかし、こちらの方も向かずに箪笥を漁って服を探している。


「――いや、もう大丈夫だろ」


 ラルスは窓の外を指差した。すると、遠くから誰かが戦う音がしていた。


「やったーー! 各国の騎士団が来てる!」


 シャーリーが嬉しそうに叫んだ。隣で一緒に街の様子を見てみると、もはや『騎士団の展覧会』と言っていい光景となっていた。


「わーーっ! 派手ねー!」


 遠くで掻き鳴らされていた戦闘音が徐々に近づいてくる。もしかして、目的地はココかな?


「一着はウチだったな……」


 いつの間にかボロいズボンを履いている。上半身を隠すのは諦めたらしい。


「ラルス! 無事かよ?」


 若い騎士が駆け込んできた。相変わらず魔剣を手に生意気そうな顔で華麗に剣を振るっていた。


「イーリアス、すまん」

「バカが! 帰ったら陛下にこっ酷く絞られろよ!」

「そうだな……甘んじて罰は受けるよ」


 グータッチをしてからこちらの様子をチラッと確認すると、急に高飛車な感じでこちらに顔を向けた。


「おっ、『腹ペコ』と『パイセン』も無事だったか?」

「まだ私パイセンって呼ばれてるの?」

「ぬぬぬ、イーリアス、未だその二つ名で呼ぶか? 宣戦布告と受け取るぞ!」

「ははは、二人とも元気そうだな」


 顔だけこっちに近づけてニヤニヤしている。


「イーリアス、事態をややこしくしたのは明らかにラルスの所為だ。あまり場をかき乱すな」


 魔導杖を持ったローブ姿の美形が入ってきた。

 ほほう、ヨーナスか。クルトと並べて写真集でも作ればこの世の中を席巻できるんじゃなかろうか。

 くだらない事を考えながら眺めていると、膝を折ってわたしとシャーリーの前に跪いてくれた。驚いていると、何とイーリアスも悔しそうな顔一つせずにヨーナスの横に並んだ。


「リア公女殿下、勇者シャーリー、此度は帝国連邦盟主を代表してまず謝罪させて下さい。うちの馬鹿が勝手な事をしたばかりに貴女達を危険に追いやってしまった」

「すまない。ラルスに寛大な処置を願う」


 ヨーナスの謝罪に追従するイーリアス。ふとラルスの方を見ると、申し訳なさそうに頭をこちらに向けて下げていた。

 皆さん大人になっちゃって!


「ほらっ、もう立ち上がってよ。あなた達が悪いんじゃないからね」


 片膝をつく二人の前にしゃがみ込んでからニッコリ微笑んであげる。そのまま両手を伸ばして二人に抱きついた。


「ありがとう。ラルスをこれからもヨロシクね」


 二人の耳元に小声で伝えてからパッと立ち上がる。


「さぁ、世界を救う最後の後片付けをお願いしますよ」


 イーリアスが立ち上がりながらボソボソ呟いている。


「お前……良い女になったよな」

「あら、惚れちゃった? 残念〜、もう売り切れよ」


 腰は両手に胸を逸らしてモデル立ちを決める。


「私の好みはもう少し肉付きが良い方がタイプですね」

「うるさいヨーナス!」


 少し睨み合っていると、騒がしいやり取りが近づいてくる。


「ねぇ、ちょっとちょっと、シャル! 急に入っちゃ――」

「――ほら、サーガ、早く! 覚悟はしてきたって言ってたじゃない?」


 シャルロット先輩とサーガ先輩が入ってきた。二人とも焔翼(えんよく)フランム・グラシエル(凍る炎)の正式装備に身を包んでいる。真っ赤な鎧と濃紺の鎧が対照的だ。


「センパイ! お二人とも――うわっ」

「リアちゃーん! 頑張りすぎよ〜。まさか同級生と後輩が世界を救うとはね……」

「へへへ、シャル先輩、会えて嬉しいです」


 流石は情熱的。一瞬の隙も見せずに抱きついてきた。反対にサーガ先輩……怯えている?


「リアちゃん……あなたに話さなきゃいけないことが……あるの」


 抱きついたままサーガ先輩に視線を向ける。消えてしまいそうなサーガ先輩。項垂れて、黄金色の絢爛な髪に隠れた顔には涙も浮かんでいる。

 あっ……そうか。


 シャル先輩とサヨナラして、勢い良くサーガに抱きついた。柔らかな胸に……鎧痛い。サーガの顔を見上げる。

 へへへ、わたしも涙出てきちゃった。


「センパイ! わたしは嬉しいの。お母様が護った命が無駄にならなかったことが嬉しいの。それに、先輩は私の命を助けてくれたしね」


 サーガ先輩、ビックリ顔で固まっていたけど、見たことないくらいの勢いで涙が溢れてきたわよ。


「リアちゃん……ありがとう。本当にありがとう……ありがと、ウワーン、良かった〜。あなたと会うの、怖かったの。でも、もう会えないかもって思ったら、そっちの方が何倍も怖かった……生きててくれてありがとーうわーん」


 美人の面影は既に無いわね。でも嬉しい。死んでいたらこんなイベントにも出会えなかった。


「センパイ……それはこっちの台詞ですよ。キャラおかしくなってるから、そろそろ泣き止んでください」

「ウエーン、リアちゃん、あ、ありがと〜!」


 ここで、ガシャガシャと金属音が近づいてきた。


「ラルス、リア、無事か……って、大丈夫そうだな」


 シャル先輩も参加して手を握り合って泣き笑いしていたけど、なんか真っ黒でロボットみたいなの入ってきたー。

 二メートルじゃあ効かないわね。

 突然、顔の辺りがパカっと開くと、そこにはクールイケメンの顔が出てきた。


「エルヴィン! しっかし凄い鎧ね。貴族院で見た時より強そう」

「あぁ、コイツは正式装備だよ。あの時はサール公女殿下が作った次世代版だか……ら…………すまん、忘れてくれ」


 エルヴィン、今、かなりの機密漏洩したっぽいな。うぷぷ、しっかり心のメモ帳にしっかり書いておこう。


「しかし強いな、その鎧」

「だよな。強過ぎ」

「確かに。その鎧の強さだけは反則よね」

「もはや卑怯、よね」


 皆が口々に文句をエルヴィンへ言い立てている。よっぽどヤバかったのかな、この黒光り鎧。


「お前らうるさい。あっ、そうだ……」


 急にこちらを向いて姿勢を正した。


「あーっ……今回の件、クルト皇太子もお喜びだ」

「急にえっらそーにして。あははは」


 生真面目だなぁ。各国の騎士団から勇者まで揃ってるのに……あれ、シャーリー?

 ふと見てみると何故かアタフタしている。やっぱりわたしの親友は面白い。髪の毛とか手櫛でセットし始めて……そっか。紹介するよ、って言ってたの覚えてたのかな?

 そっとエルヴィンに近づいて上目遣いでボソボソ喋り始めたぞ。

 

「え、えっと、エルヴィン……さんよね? お久しぶり……」

「えっ? あぁっ⁈ し、シャーリー先輩!」

「あら、覚えててくれたの。それにパイセン呼びしないの嬉しい」


 エルヴィンに緊張しながら微笑みかけるシャーリー。すると、効果抜群でどんどん顔が真っ赤になっていく。


 はっ! ピンと来たーー!

 二人からはピンク色の雰囲気が漏れ出てるわよ。んふふ、こんな愉快なことはない。

 全力で揶揄わねば!


「あれあれーっ? エルヴィン、もしかしてシャーリーの事が気にな……ふべっ!」


 超高速で振り向くシャーリーから頭上にグーパンチが繰り出された。


「出会いは、もっと丁寧に、ロマンティックにしなさいっ!」

「いったーーい! シャーリー、やったわね! 宣戦布告、受けたっ!」


 もはや許すまじ。親友と言えど武力行使には反撃あるのみ。戦争だ!


「きーーっ! 紹介してやろうと思ったのに、この喪女め!」


 シャーリーにタックルをかますと生意気にも振り解こうとしてきた。というわけで髪の毛を掴んで黙らせることにした。


「いたたっ! 髪の毛を引っ張るな、このぺたんこ暴れん坊!」

「なぬっ? どちらかというと同志なのに、その差別発言許せん。この、ぺたんこ喪女!」

「何ですってー! 私はスレンダーなだけよ!」


 怒ったのか、向こうも同じように髪の毛を思いっきり掴んできた。


「痛たたっ! 何がスレンダーだ。この長身ぼっち一人飯大好きぺたんこ喪女め!」

「うぐぐっ、やーめーろー、この、ぺたんこ幸せ暴れ鉄槌!」


 ど、どちらもこれ以上痛くて動けないので体勢が膠着してしまう。もう口で反撃するしか……と睨み合っていたらエルヴィンがボソッと呟いた。


「フラット・ハッピー・バイオレンス・ハンマー……」


 少しの間、皆がエルヴィンの口に出した言葉を反芻している。


「ぎゃはは! ピッタリじゃねーかよ」

「イーリアス、失礼……うぷぷ、失礼過ぎますよ。人は図星を指されると腹が立ちますから」

「あはは、リアちゃん、凄いカッコいいあだ名よね、あはは」

「フラット……バイオレンス……うぷぷ」

「ねぇ、サーガも後ろ向いて身体震わせてないで……うふふ、カッコいい……ぶっ、あはは、カッコいいわよね!」

「シャーリーにも付けるべきだな。えーっと、ロンリー・フラット・ヒーローか? あははは」


 一瞬の沈黙のあと、わたし達を除いた全員が爆笑していた。


「や、やめなさいよ。この英雄譚が可笑しなことになっちゃうわ」

「そうよ、大体からしてフラットって何よ!」


 ヨーナスが笑いながら「薄い、と言うことですよ」と答えてくれた。


「ムキーっ! 成長期バカにすんなよ!」

「リアと違って私は普通よ。ロンリーとかフラットはやめてー!」

「裏切り者めっ! あと『はっぴーはんまー』呼びはやめてよね、なんか間抜けでカッコ悪いから」

「あははは、ひーっ、お腹痛い。リア、凄い似合ってるよ」

「ほんと、可愛くて似合ってるわよね」


 喧嘩してる場合じゃない。シャーリーと二人並んで反論するが皆笑っているだけだった。

 と思ったらシャーリーも既に笑っていた。


「シャーリーも笑ってんじゃない!」

「あはは、なんか、もうどうでも良いわよ。楽しくなってきた」


 シャーリーまで堕ちたか!

 ダメだ、この展開。


「せ、せめて『幸せな鉄槌』がいいのっ! ねぇ、お願い! 『はっぴー・はんまー』と呼ばないでー!」


 暫くの間、笑い声が響いていた。

 幸せな仲間の笑い声が響いていた。


End

【シャルロット・ルドゥィカ・フランム】

炎の国フランム王国の王族の血筋。炎の国で氷属性が得意。似たもの同士のサーガとは仲が良い。ラテン系の体力オバケ。

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