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第五十八話【五日目】幸せに……なりなさーい④

□□ (シャーリーside)


「いやーん」


 突然床が抜けて通路から下の階に落ちていく。

 落とし穴? いや……これは落とし穴というより、床が風化して脆くなっていただけみたい。

 十メートルほど落ちたところで魔導の爆炎を下方向に撃ち込み衝撃を和らげる。


「お、思ったより深かったわね……」


 そんなことより……さっきのリア、『共に今、見参!』なんて格好良かったじゃない。だから私も『世界の終焉なんて願い叶わせない』って熱く語ったわけよ!

 それで、気合い入れて踏み込んだら……床が抜けて落ちちゃうんだよ。

 思い返すと、あまりに恥ずかしくてしゃがみ込んで悶え苦しむ。うぅぅっ……恥ずい。


「リアに会ったら絶対にバカにされる……うぁぁぁっ」


 一頻(ひとしき)り悶えてからこの身の不幸を呪う。


「はっ、こんなことしてる場合じゃない!」


 立ち上がり辺りを見回す。


「落ちたところを登るのはちょっと無理そうよね……」


 上に明かりは見えるが様子は分からない。すると突然壁が崩れるような音と共に小さな悲鳴が聞こえた気がした。


「リア!」


 返事はない。

 悩んでる場合じゃない。上の階に急がないと!


「下り階段は無かった。なら前に進むしかない」


 複雑な造りの地下迷宮。聞いたことはある。

 多分ここ『シュルナイテの地下ホテル』よね。二百室を超える大きなホテルだったとサード(三代目)の頃の記憶がある。

 しかし地下庭園と地下ホテルって……まぁ、なんで無駄なものを作ったんだって呆れる。


「地下庭園が一番深い所の筈……何処かの一室で儀式をされたら厳しいけど……」


 でも違う気がした。虚栄心の塊みたいなアイツなら、儀式は庭園で行う筈。でも、リアが心配。何とかして上階に上がらないと…………で良いの?


『ううん! 期待してるよー』


 リアの声が胸の内でリフレインする。


 そうよ、シャーリー。

 あなたは『英雄』でしょ!

 駆け上がるんじゃない。駆け降りるのよ!

 私が先に一つ下の階にいるなら、リアより先に、いや、アイツより先に地下庭園へ行くしかない。


「そうと決まれば逆方向に進むっ!」


 登り階段がありそうな方向と逆方向に走り出した。その時、上階から爆発音が立て続けに聞こえてきた。

 ヨシっ! 元気に暴れてる。もう足は止めない。


「リア、英雄の血筋、バカにすんじゃないわよ!」


 少しだけ笑いながら廊下を駆け抜けていった。


□□


「ビンゴ!」


 ミクトーランに先行はできなかったが追いつくことは出来たようだ。遥か前方に例の葬列が見えた。

 取り敢えず足を止める為に大声で叫び掛ける。


「ミクトーラン! お前は間違っている!」


 すると、先頭の男はご丁寧に立ち止まって後ろを振り返ってくれた。


「ほほぉ、私が間違っていると?」


 よし! 食いついてくれた。

 如何にも楽しそうな声が反響しながら聞こえてくる。


「そうだ。お前のやっている事は間違っている。あ、悪行を尽くしている事だ!」

「悪行……幼稚な理論だ。恥ずかしい……」


 議論は苦手……とか言ってられない!


「ひ、人の世は善行を重ねる事でしか良くはならない」

「ほざくな、カーディン家の小娘め! そんなモノ待てるわけが無い」

「待つしか無い! 人が人を思い、少しづつ、ほんの少しづつ世の中を良くするしか道は無い」

「ふむっ……」


 おっ、ちょっと困ってる。うししっ。今のうちよ、リア、早く来て〜!


「では、悪とは何だ? 言ってみろ」

「人を……」


 殺すこと。人生を終わらせること。

 しかし、私の一族は悪人達の人生を如何に早く終わらせるかだけを考えている。

 それは正義……で良いよね?


「言えんだろう。悪行と言うが何が悪行なのかは場所や道徳、宗教の違いで変わるのだ。そんな曖昧なもので何を語る」


 始めといてアレだけど、こういう議論大キライ!

 悪い事は悪いで良いじゃない!


「違う! 絶対悪はある」

「ならば必要悪もあるなぁ」

「言葉遊びをするなーっ! 悪とは人の尊厳を犯す事だ。善行は他の人を尊ぶ事だ。それを傷つける事は悪行だぁ!」


 思わず叫んだ言葉にミクトーランがニヤリとした。少しギョッとする。


「そうか。例えば人を殺すことか? パーティス家の小娘の様に、まだ生きようとする何万もの人々を焼くことか?」

「あれっ……わ……」


 あれは死体だ!

 大声で言いそうになる。

 でも、その台詞はリアに対する冒涜になってしまう。

 だから言葉に詰まる……。


「……ど、どんな理由があろうとも、人が……人を殺すことは悪だと思う。だからこそ、それを……認めて……悩むのが人だ」

「ははは、思い切りが良いな。処刑人も殺人鬼も、何なら兵士も騎士も、敵も味方も悪なのか!」

「違うっ! 違うに決まってる。だから議論好きは嫌いなんだ。無駄に話をこねくり回す!」


 頭の中を言葉がグルグルと回っている。不器用な自分が悔しい!


「ひ、人の尊厳を奪うことがダメだと言ってるだろ!」

「そうか。私は病で痛みも無く殺している。お前らは自分達で決めた悪に対しては拷問も問わないだろ?」

「ぐっ……あっ……放っておけば、更なる悲劇が――」

「――私は正義の使者だ。教会の規範から逸脱する悪の存在を、ただ使命感のみで粛清しているのだ」


 何を言っている?

 お前らが正義で私達が悪だと?


「み、み民衆の考え……意思を無視して殺すなど――」

「――自分から殺してくれと依頼されれば殺して良いわけだな。ではこれからそうしよう」

「そんなことを言ってるんじゃ――」

「――お前ら騎士は盗賊から『殺さないでくれ』と懇願されたら逃してやるのか。優しいなぁ」

「そんなこと言ってないだろーーっ!」


 違う、違う、違う!

 全然違う!

 悔しい。でも、上手く言い負かせない!


「……あ……あぅ……」

「何も言えんだろ。お前ら小娘が何を言うか!」

「うるさいっ!」


 フンだ。屁理屈を捏ねてるだけじゃない。こちらの正当性を語るのみっ!


「私は自らの厳しい規範に則って覚悟を持って世界に粛清しているのだ。私に賛同する者も増えているぞ。勝手に私を崇め奉って活動している。だから私こそが真の正義の使者なのだ。それを認識しているからこそ、あたかも邪悪な役回りを演じているのだよ。分かるか? 似非(エセ)正義の使者よ、貴様に分かるかーっ? あははは」

「えぁっ……あぅっ……」


 うぅ、相手の言葉を聞いてる内にどんどん畳み掛けられる。

 でも……何よ負けそうなの?

 泣けてくる……でも負けるな。言葉を紡ぎ出せ!


「……だ、だから……だからこそ人を殺す事、人の尊厳を奪う事が正しいなんて……それが正義なんて……人の世のルール自体を変えてしまう事こそが悪なんだ。それこそが最も邪悪なことだ」

「ならば正義を騙るお前らは、騎士は悪そのものと言う事になるのだな?」


 ミクトーランの表情が楽しそうなものに変わる。

 負けない。

 でも、お前みたいなのには絶対に負けない!


「違う! いや……そうだ……そうだとも。人を殺す事は大きな悪だ。だが私達の存在はお前らのような存在にとっては最も強大な悪となるだろう」


 振り絞る様に言葉を紡ぐ。


「リアは……リアは『私達が悪を叩く鉄槌になろう』と言ってくれた」

「全ての悪を二人で無くすことができるというのか? ははは、傲慢(ごうまん)が過ぎるぞカーディン家の小娘!」


 あの時の言葉、思い返すだけで涙が出てくる。

 嬉しかった。

 だからこそっ!


「分かっているっ! 私達が全ての悪行を無くせるとは言わない。だけど人の進むべき道を、希望を示すことが出来る筈だ」

「それこそが傲慢だ」


 お前が何を言うか!

 もうやめた! もう我慢できない。

 キッとミクトーランを睨み付け地団駄を踏む。


「うーるーさーいーっ‼︎ 優しい人々をバカにするな! これ以上未来の事は、お前を倒してから考えるっ!」


 魔剣を全力で振る。まとめて三、四体のゾンビが真っ二つになった。ミクトーランはそれを見ると自分の前に更にゾンビを召喚する。


「私は、いや、私達は、カーディン家は! 今までも、これからも、悪を倒す道標(みちしるべ)になる。そこにはいつの時代も仲間が一緒にいた。分かるかーっ! いつも横には仲間がいたんだ! 私達が負ける事は……未来永劫あり得ない‼︎」

「理論が破綻している……小娘は議論も出来ないのか」


 睨み付けて叫んでやる。


「お前と議論する気など毛頭無い!」


 面倒になってきた。もうここで倒す!

 突進するが目の前に鎧を着たゾンビが召喚される。このゾンビの持つ剣も何らかの力を持っているのか魔剣の斬撃を受けられた。

 ゾンビと鍔迫り合いになる。


「小娘、私を滅ぼしたらお前らも責任を取って自害するのか?」

「ふんぬっ! んな事する訳ないっ!」


 強引に押し返しゾンビを斬り払う。まだ先には数十体が立ちはだかっている。


「自己犠牲の精神を語りながら自らは責任を取らず見て見ぬふりかっ! ははは結構な胆力だな。脱帽だよ」


 そう。

『私達は贖罪する必要はあるか』

 歴代のシャーリー達も悩んでいた。そして明確な答えは出ていない。


「う、うるさいっ……」

「お前らは悪なのだろう? 自己犠牲の精神があるからこそ自分達が悪に堕ちて戦うのだろう。では闘争が終わったら責任を取るべきではないのか? 違うか?」


 なんで……なんで頑張る私達が、何の責任を負わされるのよ。なんで苦しい思いや悲しい思いを背負い込んで、その上で責任なんて取らなきゃいけないのよ!


「うぅーっ……」

「何も言えまい。その程度なのだよ、お前らは!」

「……わ、わ、私達は……」


 頭の中がグルグルして何も言葉が出てこない。悔しくて、怒って、悲しくなって、大粒の涙がポロポロ出てくる。

 その時何処かから声が聞こえてきた。


「責任や自己犠牲を声高に叫ぶヤツほど、自分が同じ立場になると逃げる事しか考えない」


 突如、目の前に赤い線が上から不規則に降り注ぐ。線が通ったゾンビは燃えながら崩れ落ちて、その上には天井が崩れ落ちてきた。


「えっ? もしかして――」


 すると、リアがまるで天使の様に両手差し出しながら落ちてきた。


「――リアっ!」

「シャーリー。わたしは『一緒に悪を討つ鉄槌になって』とお願いして、あなたはそれを受けてくれた。嬉しかった。心強かった。あなたはわたしの親友よ」


 リアが両手を握り締めてくれた。真正面からじっと見つめ合う。


「これが終わったら、また二人で紅茶を飲みながらくだらない話をしよう。二人が幸せになるにはどうしたら良いかを語り合おう」


 安心?

 信頼?

 なんでも良い!

 ただ嬉しい。だからぽろぽろ涙が止まらない。そんな私に微笑みかけてくれる。


「ねぇシャーリー。わたし達はハッピーエンドにならなきゃいけないんだよ。だってわたし達は道標になるんでしょ?」

「リア〜……」


 目の前の親友は手をそっと離すと身体をミクトーランに向けてから指差した。


「わたし達の将来は、わたし達で決めるっ!」


 私も急いで剣を鞘に収めて袖で涙を拭く。そして並んでミクトーランを睨みつける。


「そうだそうだ! だから――」


 そのまま両掌をミクトーランに向けた。

 もう怒ったぞ!


「――お前はもう黙っていろ! 爆炎魔導フルパワー!」


 同時にリアも親指、人差し指、中指の三本の指を向けた。指の間で瞬時に発生した赤い光が強くなる。


「――マキシマム・バージョン……以下略! MAVERIC(マーベリック)! ぶった斬れろーっ!」


 巨大な爆炎の塊と赤い熱線がゾンビ共を薙ぎ払う。

 しかし、ミクトーランは間一髪で逃げて扉に潜り込んでいくのが見えた。


「ははは、儀式を実行する体が無くなっては面倒だ。退かせてもらおう」


 扉の奥からムカつく声が聞こえてくる。しかし追いかけるにも私の放った爆炎が収まるまで待つしかない。リアは足踏みしながら私の顔と扉を交互に見ている。


 うぅ……リアの視線が痛いわ。


 あらかた消えたところで扉に向かうと既に誰も居なかった。奥の扉が閉まっている。駆け出そうとした時、リアは床をじっと見ていた。急にしゃがみ込んで床を触ったと思うと耳をつけた。


「鉄製の扉……音がする」


 床を見ると鉄製の扉が閉まっているようにも見えた。溜まった埃には、よく見るとたった今付けられたような線がついている。


「誤魔化されるもんですか……」


 突然にリアは床に向けて三本指を構える。


「マーベリック!」


 赤い熱線を円を描くように放つと床にはまった鋼鉄製の扉がチョコの様に溶けて丸く切れ落ちた。その下には真っ暗な穴が口を開いている。


「えっ? ミクトーランはそこから行ったの?」


 リアはしゃがみ込んで穴の中を見つめていた。微かに風が上がってくる。こちらも意を決して中を覗くと、真ん中に小さな光が見えた。

 暗闇を見つめるリア。


「逃さん……」

「えっ?」


 リアの顔を見ると、こちらに向いてニコッと微笑んでくれた。


 それはそれは可愛らしい、いつもの笑顔。

 何故かその笑顔を見られるのは、これが最後だという予感が走った。


「リ――」

「先に行くね」


 リアは一言だけ残すと、躊躇なく丸く斬られた穴に飛び込んだ。慌てて穴を覗くが既に暗闇はリアの姿を完全に消してしまっていた。


「うそーん……」

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