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第五十七話【五日目】幸せに……なりなさーい③

◇◇(リアside)


「よく見つけたな。七日遅れとカーディン家の小娘」


 例の声だ。間違いない。


「何故こんな事をする。人が人を滅ぼすなどと……何故こんな事を!」


 思わず叫ぶがミクトーランは邪悪な微笑みを返しながら世間話を始める様に話し始めた。


「私は世界の秩序を守ってきたのだよ。教会の力を世界に輝かせる為に、教会の権威を守る為に、反抗する存在にこの病を与えてきた。私の可愛い赤熱死病を」

「何が可愛いだ! この悪魔めっ!」


 この男が本当に全ての元凶なのか?

 今までの感染……一人で出来る事なのか?

 流石に信じられない。


「ははっ、それなりに矜持を持ってお前達の相手をしてやっていたが、こんな事の繰り返しに飽きたのだよ。パーティス家の小娘! 八年前だ! お前の様な小娘一人を殺せない自分に嫌気が差したのだ。だから、人という種を抹殺して私が作り直すことに決めたのだよ」


 言葉が出てこない。この男が話す言葉は理解できるが何を言っているか分からない。いや、理解する事を脳が拒絶している。


「そこからは研究に励んだよ。感染力を強めれば致死率が悪くなる。シュルナイテの様にゾンビ化させたら感染力が弱くなる。アレは失敗作だよ。ははは、まるで唯の毒ガスだ」


 正しく研究結果を報告する学者の立ち振る舞いだった。学校の講堂で偉い人の難しい話を聞いている時の様だ。耳から聞こえた内容が頭に入ってこない。


「ここ最近の街々に対してが最新の研究成果だ。何とかサベイル程度なら全員に感染させることができた。街の住民がパニックになる様に他の街とタイミングを合わせ、伝令を殺して情報を封鎖する。色々と工夫したよ。これで感染者がパスカーレを始め、他の町や他の国に雪崩れ込むはずだった」


 ミクトーランは急に激昂し始めた。隣に居るゾンビの顔に指を立てて目を潰し始める。


「それを……あの騎士団崩れと修道女の阿婆擦れ共めっ! 後一歩のところだったのに、私の計画を無茶苦茶にしてくれた。特別救護隊と教会騎士は私が立案した組織だ。ははは、魔力も無い者達が右往左往するのは観ていて楽しかったが、最後に飼い犬に手を噛まれた気分だ。全く腹立たしい」


 飽きたのか、懐から出した小瓶をゾンビの顔に突き刺してから横に数メートル歩かせた。ゾンビは歩きながら崩壊して、数歩進んだところでバラバラに崩れてしまった。それを無視して話を続けている。


「それにしても、街一つごときに私の魂の分身を百も二百も使っていては面倒すぎる。このやり方の限界を知ったのだ。また失敗作だ。そうそう、纏めて火葬ご苦労だったな」

「貴様……」


 マリー隊の皆さんの絶望、街の住民の悲しみ、思い出すと瞬時に体温が数度上がるかのような怒りが湧く。


「研究は評価と改善が重要だ。マリタ・ホープを使って研究を重ねたが私のやり方、赤熱死病に限界を感じたのだよ」


 徐に新たなゾンビを一体地面から召喚した。辺り一面に死臭が漂っているだろう。風の護りがあっても不快感が凄い。


「だから、マリタ・ホープに人の終焉を願うことにしたのだ。この終焉の儀式は準備に時間が掛かる。雷帝やマグダリナなどを呼び付け世界の破滅の儀式を盛大に執り行うつもりだったが、結局は観客が騒がしい女二人になってしまった。これならいない方がマシだ」


 ミクトーランが忌々しそうにこちらを睨み付ける。


「だから、安心してお前らは死ぬが良い!」


 石畳を割りながら異形の怪物達、死霊、ゾンビ、スケルトンが数十体と現れた。手には剣や棍棒などを持っており、こちらにゆっくり近づいてくる。


 底無しの悪意と湧き上がる怒りに茫然としていたが、攻撃の意志を向けられ我に返る。


「リア! ミクトーランを止めるよ! 世界の終焉なんて願い叶わせない!」


 親友の心強い声に強く頷く。


「もちろん! わたし達をそんなもので止められるか!」


 氷の弾丸を一瞬で生成すると右手を指鉄砲の形にしてミクトーランに狙いをつける。

 魔力増幅の装備は伊達じゃないぞ!


「弾けろ空気、飛んでいけ弾丸! A・(エー)P・(ピー)F・(エフ)S・(エス)D・(ディー)S・(エース)! 撃てーっ!」


 氷の砲弾はミクトーランを守るように移動した数十体の怪物達の真ん中に飛んでいくと数体を凍らせながら吹き飛ばした。


ちゃくだん(着弾)いまーーーっ()!」


 氷の破片が散らばるが唯の氷では無い。リアのイメージする絶対零度を再現する為、精霊が力を発揮する。それは氷の破片が当たっただけの対象も凍らせる。

 数秒で着弾点を中心に全てが凍りついた。

 しかし、ゾンビを盾に氷を避けたミクトーランは近くの扉に入っていった。


「逃げるなーっ!」


 こちらも扉に入り追いかける。

 廊下を走り抜けると大きな銅像や柱で飾り付けられた豪華な広間に出た。そこには数百体の怪物どもが蠢いていた。


「私が魔剣で斬り込むから魔導で援護して!」

「分かった!」


 こうなりゃ氷の弾丸を乱れ打ちよ。

 右手を前に構えてフンっと鼻息荒く気合いを入れる。


「リア、あまり期待しないでよ!」

「ううん! 期待してるよー」


 そう。わたしの親友の強さ、見縊(みくび)んじゃないわよ!


「シャーリー、叩き斬れーっ!」


 勇ましく一歩踏み出すシャーリー。

 すると、床が崩れてあっさり床下に落ちていった。


「いやーん」

「シャーリー!」


 悲鳴を残して姿を消すシャーリー。慌てて床の穴の中を覗き込むが中は暗くて姿は見えなかった。


「もーっ、バカっ! どうする? 正解はどちらだ?」


 床の穴に入るか、広場を突き進むかで一瞬悩む。

 その瞬間、今まで銅像と思っていた大型ゾンビが突如動き出た。


「えっ、銅像じゃないの? きゃっ!」


 横からもの凄いスピードで棍棒が振られると躱し切れず後方に吹き飛ばされた。


◆◆


 大型ゾンビに不意をつかれて丸太のような棍棒が直撃すると後ろに数十メートル弾き飛ばされ壁にめり込んでしまう。魔導防御が働かなければ間違いなく即死だ。

 流石に衝撃を全て逃せなかったのか一瞬意識が飛んでしまう。


 その刹那にリアは、また夢を見ていた。



【妹が叫ぶ】


 お姉様! 起きて、起きて下さい!

 あの男を倒して。

 私を病気にしたあの男を倒して!

 お願い、私の仇を討って!



 妹の声で目を覚ました。そして封印していた悲しみの記憶を全て思い出していた。



◆◆◆ 帝国歴 二百八十七年 二月(七歳の記憶)


 州都グロワール 王宮のリアの自室


『この小瓶の中身をお前の母親の食事に混ぜろ。そうすればお前は生かしてやる』


 ベッドで寝ていた七歳のリアの前に突然現れるミクトーラン。悪意に満ちた選択を迫る。瞬時に敵と認識して魔導の水でナイフを作りミクトーランに斬りつけた。

 年端も行かぬ女の子に手を出されるとは思わず、思わず後ろにヨロヨロと下がっていく。


「無礼者! パーティス家に臆病な公女など居ない。立ち去りなさい!」


 手の甲にざっくりと傷がついていた。それを見て怒りを激らせるミクトーラン。


『生意気な小娘には利用価値も無い。死ね!』


 そのまま小瓶の中身をリアに振り撒く。まだ『風の護り』を習う前の七歳児に避ける術などなく、魔素を含んだ液体が掛かってしまう。その瞬間、急速に病原体が身体中に巡り始めるのを感じた。リアは瞬時に病魔の進行を阻止する為、自らの身体を仮死状態にしてしまう。

 ベッドの上で薄目を開けたまま倒れ込むリア。


『もう死んだか。薬が強過ぎたのか、身体が脆弱過ぎたのか……これでは感染も拡がらん失敗作だな……』


 死んだと判断したミクトーランは、そのまま部屋から消えてしまった。


◆◆


 早く……早く来て。


 このままでは邪悪な何かがわたしの身体の中で増えてばら撒いてしまう。お父様やナターシャ、城の皆を殺してしまう。

 リアは仮死状態の中、必死に祈っていた。


 早く来て、お母様。早く皆を助けて。


 ただそれだけを必死に願っていた。

 それだけを願い病魔と一人戦っていた。

 闘病は一日、二日と過ぎ、三ヶ月を超えようとしていた。身体は限界に近づき諦めかけていた、正にその時、最悪の結末を感じ取ってしまう。


『お母様が死んだ!』


 自らの死も近づく中、悲しみ、寂しさ、怒り、無念さ、そして新たな使命。


 お母様の敵を自らの手で討つ


 時折感じていた異世界の『わたし』。いえ、違うわ。あなたはわたしの『お姉様』よね。時空を超えて病魔だけが繋がってしまったのか同じように苦しんでいる。


 ならば、あなたの病魔もわたしが持っていきましょう。だから、ゴメンね。わたしの……妹の最初で最後の我儘を聞いて。


 お願いします。

 わたしの身体を使ってお母様の仇を討って下さい。

 お願いします。

 あなたなら、きっと大丈夫。

 わたしだから、きっと大丈夫。

 だから、最後のお願い。

 わたし達の仇を討って。


「あなたには辛い運命を任せてしまうけど、わたしじゃないあなたなら、大丈夫……きっと大丈夫」


『待って。ねぇ、待って、貴女は…………貴女はリア!』


「わたしのお姉様……さようなら」



◇◇◇ 行方不明の五日目


 死の街シュルナイテの地下庭園に続く道


 二人が遠ざかっていく。色とりどりの花々が咲き乱れる草原を二人手を繋いで去っていく。薔薇(いばら)に巻き付かれた裸のわたしは、ただ二人を見送る。


「二人とも……本当に不器用なんだから……」


 悲しくはない。ただ寂しかった。

 だから涙は流さない。

 瓦礫をかき分け穴から飛び出た。

 眼前には広大な広間を埋め尽くす異形の怪物達。死霊、ゾンビ、強烈な腐臭と共に地面から無数に現れこちらに向かってくる。その手前には大型のゾンビが数十体、大声を出して威嚇している。


「妹の願い……ねぇ、ミクトーラン。お前を倒す理由が……」


 髪が穏やかに(なび)く。


「お前を倒す理由がまた増えたぞ!」


 最奥の祭壇めいた場所を見据えると、豪奢な僧服に身を包んだミクトーランが、芝居じみた動きで両手を上げている。


「さっきも言ったろ。わたし達をそんなもので、そんなものが何体いたって、止められると思うなーっ!」


 右手の籠手を体の前に構える。小指と薬指だけ畳んで三本の指を敵に向ける。


「炎よ、集まれ」


 籠手の先の宝石が赤く光ると三本の指の付け根には小さな赤い光の塊が生まれる。それを合図にゾンビ達が一斉にリアに向かって走り出した。


「炎よ、集まれ、炎よ、炎の鉄槌よ」


 指の間からは巨大な火炎が噴き出て数十体のゾンビが纏めて焼かれるが、炎を無視して無数の影が近づいて来る。


「炎よ、集まれ、融合しろ、炎よ、炎よ、プラズマの炎よ!」


 突然に細く赤い線を残し炎は消えた。

 地平の先まで続く赤い線を横に振りながら叫ぶ。


「全てを切り裂け! ひーっさつ(必殺)‼︎ マキシマム(MAximum) バージョン(VERsion)  インビジブル(Invisivle) クリムゾン(Crimson) ナイフ(Knife)……」


 太さ数ミリの赤い線、射程距離無限の熱線が無数の敵を薙ぎ払う。


「略してーっ、マーベリーック(MAVERICK)!」


 赤い線が通った無数の異形がバラバラになりながら爆発して燃えていく。僧服の男の身体にも線は届き上半身と下半身がバラバラになるのが遠目にも確認できた。


 赤い線を数往復させると、広間で立っている存在は自分だけとなった。鼻息荒く気合いを入れ直してから風の魔導を使って自分を持ち上げ一気に僧服の男まで飛ぶ。


「やはり偽物のゾンビ……」


 背格好は似ていたが先ほど見たミクトーランとは顔が全く違っていた。

 奥の扉に走り出そうとした瞬間――


「うーるーさーいーっ!」


 ――シャーリーの声が地下から聞こえてきた。

【マグダリナ】

 現ユーリア共和国の象徴としての皇帝だが、陰の支配者として君臨している。実は転生者で八十年代のニューヨークで若き雷帝と会っている。その際に炭素繊維で出来たナイフを渡した張本人。当時は若干二十九歳で兵器開発企業の女社長。雷帝に恋して気合いで異世界まで追いかけて来た上にユーリア共和国を乗っ取り軍事国家に作り変えた。

 つまり雷帝と同世代の美魔女。

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