第五十六話【五日目】幸せに……なりなさーい②
◇◇
街の城壁を登って降りられるポイントを探していると、シャーリーは長いロープを柱に結んでいた。
「ここを降りましょう。調査隊が降りる足場はゾンビに囲まれているみたいだから」
指差す方を見ると、数十体のゾンビが群れて団子状になっているのが見えた。
うひーっ……ゾワっとした!
建物の影に隠れるようにロープを伝ってそっと降りると近くの建物に身を隠した。窓から覗くと点々とゾンビがいる。じっとしてたり、歩き回ったり……。
「凄いわねー。ホントにゾンビだらけよ……ん? ゾンビ……って言葉は通じるのよね?」
シャーリーも別の窓から街の様子を偵察中。
「そうね……動く死体の事をゾンビと言う人達は多いわね」
こちらを見もせずに答えてる。
「確か『異世界渡り』をした学者が伝えた知識の筈。死霊とか悪霊に操られた死体……そんな風に呼んでいたから短い名前が受けたみたいよ」
「へー。コイツら、その辺に居るの?」
そういえば、お城の外れの小屋にも居たわね……ゴーストのアナスタシアさんとゾンビのグーフィーさん。
「街の近くにいつも居ることは多く無いけど……森の奥に放置された死体が死霊に操られる事は少なく無いわ。結構研究もされていて、元の魂は天に召されてることも確認されてるわ」
ふーん、やっぱり研究しちゃうんだ……異世界って感じだなぁ。そうなるとグーフィーさんは貴重なのか。
暫しアナスタシアさんとグーフィーさんの想い出に浸っていると、開きっぱなしの裏口から一体のゾンビが入ってきた。わたしを無視してシャーリーの方に近づいていく。
まだ気付かずに独り言呟いてるわ。
「……ゾンビってどうやって敵を見つけるんだろう?」
「匂いとかじゃないの。ほら、シャーリーの後ろに一匹来てる」
「うそ、何で!」
素早く剣を抜き、魔剣で斬り払う。
斬られたゾンビが崩れ落ちる。普通の攻撃だと無力化させるにはバラバラにするしかないので労力が思ったより掛かるが白の魔剣なら擦れば唯の腐った死体に戻る。
「やっぱり匂いで敵を探るとかじゃない? シャーリー少し臭いとか? うぷぷっ……」
剣を鞘に収めてから急いで自分の腕の匂いを嗅ぐシャーリー。顔真っ赤よ。
「えっ……臭いの? 臭く無いわよね……」
小声で焦ってるわ。ダメだ、面白すぎる。
お腹痛い!
「あはははは!」
ひーっ! 脇腹痛い、ウケるー!
「ちょっ!」
英雄も臭い時は臭いのね……なんて!
「あはは……うげっ!」
前屈みで大ウケしてたらシャーリーに頭をどつかれた。
「うるさいっ! 臭くない!」
「いたーい! もーっ、これでも凹んでるんだからね。そんなか弱いレディーにこの仕打ち! 怒ったぞ!」
お返しにシャーリーの頭を叩いてやる!
「あっ、抵抗するな! このこのーっ!」
「リア、暴れないで……イタッ!」
腕を振り回したら髪の毛を少し掴めた。ならば髪の毛引っ張り作戦!
「痛いって! こらっ、髪の毛引っ張らないでー!」
シャーリーもこちらの髪の毛を掴んできた。
「あっ、このっ、いてて、シャーリーも髪を掴むな!」
右手で髪の毛を引っ張り、左手で相手の腕を抑え込む。互いに同じ体勢で完全な膠着状態。
「むーっ!」
「このーっ!」
睨み合いよ……ってやってたらゾンビに囲まれてる。
「もー、邪魔するなぁー」
シャーリーが魔剣で一閃。全て斬り払う。
「あなたも戦いなさいよ!」
ふぅ。しかしウチの親友はカッコいいわね……今は言わないけど。
喧嘩したばかりで普通にお礼を言うのも悔しいので髪を整えながら余裕を見せてみる。
「ふふ、わたし、こういう斬り合いは苦手なの。任せるわ」
ポカンとしてるわ。この勝負、引き分けね。
「昔はすぐに剣を振り回してたじゃない。リアも閃光騎士団にしっかり染まったのね」
シャーリー、『あのお転婆が、お淑やかになっちゃって』みたいな顔してるわよ。
少しムカつくわ。
でも……確かにそうなのよね。ホントは自慢の剣技だけど、最近ちょっと自信無いのよね。色んな騎士団の剣技訓練を見せて貰ったけど、竹刀のような両手剣の使い方は、この世界では殆ど見なかった。マンガみたいな大きな剣を振り回す人はいたけど……アレは違うわよね。
素振りは今も欠かしてないけど……どうなのかな。
わたし……戦えるのかな。
不安が募り、じっと腰の剣を見つめる。
「はいはい、ゾンビは私が斬り払うわよ! じゃあ、どうする? リア。二万人のゾンビが彷徨う街なんて、どこから探したら良いやら……やっぱり教会かな?」
少し押し黙っていると、シャーリーは剣を鞘に収めながら少しだけ焦るように早口で話題を変えてくれた。重苦しい雰囲気が苦手なのは貴族院時代から変わっていないらしい。
では、ご厚意に甘えて斬り合いは任せよう。
「リア、どう思う? 街の――」
「――高いところに登りたいわ。全体が見渡せるような場所が良いな」
偵察の基本なんて知らないけど、見渡せば何か分かるかも。
するとシャーリーも頷いてくれた。
「じゃあ大聖堂の尖塔に行きましょう」
◇◇◇ 十五分後
シュルナイテ 大教会中央鐘楼の最上階
そーっと二人でゾンビに見つからない様に移動して、この街で一番高いところに登ることにした。既に壁や天井も落ちている箇所が多くて、なかなかスリル満点。鐘楼を登り切ると柱で四方を囲まれただけの場所に出た。
達成感あるわ!
床の上には天井に掛かっていたであろう大きな鐘が落ちている。早速に身体を半分出して街を覗き込んでみると風が爽やかで気持ち良い。
シャーリーをふと眺めてみると、部屋の真ん中で落ちた鐘に掴まって震えていた。高所恐怖症なのかな。
では、偵察はリアちゃんに任せなさい!
□□ (シャーリーside)
リアが風に流される髪を抑えながら街の様子を伺っている。しかし……見ているだけで怖いわよ! 身体を半分以上外に出してキョロキョロしてんのよ。
正直、高過ぎてゾンビどもの様子が分からない。というより怖くて見下ろせない。
「やっぱり! 偶に規則的に動くゾンビがいるわ」
うわっ、めっちゃ身体乗り出してる。見てる方が怖いわよ……って。
「えっ? どういう事?」
リアの言葉が何を意味しているのか理解出来ない。
そのリアはじっと私の方を見ている。
「よっと」
やっと身体を塔の中に戻してくれた。まだ、こちらをじっと見て少し考え込んでる。
「リア?」
「あのね、えーっと……昔、えーっと……」
「ん? 何?」
言葉に詰まってる……良くない結果なのかな?
何かの決心がついたのか、パッとこちらを見て両手を握ってくれた。
「ごめん。通じないと思うけど、何となく聞いて!」
どう言う意味?
とはいえ話が進まない。
「い、良いよ?」
取り敢えず同意することにした。
返事を聞くとニコッと笑うリア。座ることを促してきたので、胡座をかいて床に座る。リアは相変わらず膝を畳んで座っている。『セイザ』というらしいが、私には拷問にしか見えない。
まぁ良いか。床に二人座って向かい合う。
すると、リアは一気に喋り出した。
「その日は台風で学校が半日で終わりになって、やったーって少し遊んでから駅に向かったの。そしたら計画運休とかで電車が止まってたの」
「ふーん」
なにも分からない……わね。
「でね、父ちゃんに連絡したら、迎えに行くけど少し時間が掛かるよ、って言われたから、しょうがないなぁって駅ビルの見晴らしの良いところで『スタパ』の『ゆずシトラスティー』を飲みながら人の流れを見ていたの」
「……」
「そうしたら、普通は休止の案内を見たら駅ビルから出て次の手段を探すんだけど、一部の人達だけは、それを見たら小さな階段に一目散で向かうのよ。」
「……」
「ん? と思って、わたしも向かったわ。そうしたら……」
「そうしたら?」
少しドキドキしながら聞き返す。
「デパ地下だったのよ!」
「……?」
多分この話の核心よね……やっぱり分からないわ。
「そう。計画運休の時は百貨店も運休に合わせて時短営業になるのよ。わたしは、そこで、いつもは絶対に割り引かれない『バーフス』の『ミルクレープ』を半額ゲットした、って話よ。どう? 分かる?」
期待に満ちた目で見つめてくるリア。
「……少し待って」
わ、私は暗号解読も得意よ!
リアを待たせてじっと考える。徐々に不安そうになってるリア。
「……よし。つまり、大多数の人の流れと違う行動には、必ず確固とした目的があるはず、という事ね?」
パッとリアの顔が明るくなった。
「すごーい! シャーリー素敵! さっすがー! カッコいい〜!」
「えーっ……うふふっ、照れるじゃない……ありがと」
一通りお褒めの言葉を受けてから動きに着目して見てみる。
「なるほどね。確かに規則的なゾンビが偶に居るわね」
「不規則に動いてる大多数のゾンビを除くと……パトロールしてるゾンビと扉から動かないゾンビ」
「しかも、そいつら、あからさまに強そうよ。でも過去の調査ではそんな報告も無かったわ。つまり……」
「最近配置された、という事よね。ふふふ、ねぇ、シャーリー、どう? ここで当たりかな?」
「どうもかつての観光地だった『地下庭園』辺りが怪しいわね。地下のダンジョンと、その先の地下にある庭園に入る扉を集中して守ってる感じ……」
リアは身体を殆ど外に出して辺りを眺めている。
やっぱり見てるだけで怖いわよ。うぅ……ホント高い、怖い、慣れないわー。
とはいえ頑張って横で観察を続けることにした。すると、隣で何かを見つけたらしく小声で大騒ぎし始めた。
「あっ、あれ、あそこ、あそこ! あの集団! 怪しくない? ねー、シャーリー、わたしミクトーランの顔知らないよ! ねーねー、早く早く!」
横からリアに足で突かれる。
「こらっ、落ちるって」
怒ると今度はつま先をこちらの太腿辺りに引っ掛けて器用に引っ張ってきた。
「あぁ、だからって足で引っ掛けて引っ張らないで! もーっ!」
引っ張られるままにリアの横に立って指差す方に視線を向ける。すぐに何を見つけたか分かった。石畳の通路に場違いな集団が見える。十人ほどが葬列の様に並んで厳かに行進していた。
「顔を確認するには近づかなきゃ――」
「――はい! これで見て」
子供がメガネの真似をして遊んでいるように親指と人差し指で出来た輪っかを作って顔の前に差し出してきた。
「な……なに?」
「ちゃらららーん、空気メガネー!」
「えっ……うわっ!」
何を言ってるか分からなかったが、指の輪越しに見るとミクトーランらしき男の顔が間近に見えた。
「そ……そ、そうね。先頭の男……あの顔は……うんっ。記憶のミクトーランと一致するわ」
「よしっ! ビンゴだ、覚悟しろっ!」
□□
ミクトーランを追いかける為にリアと一緒に鐘楼の階段を駆け降りる。しかしリアは滑るように降りていくので全く追いつけない。踊り場でもどかしそうに足踏みしている。
「遅いよシャーリー! まどろっこしいから一気に行くよっ!」
並んで階段を降り始めたが、いきなりこちらの腰に手を回してきた。
「えっ何? 急に積極的……って!」
リアは階段を駆け降りる速度を上げる。転ばない様にするにはこちらも速度を上げざる得ない。
「ちょっとちょっと、飛び出ちゃうって!」
腰の手に力が込められ逃げられない。更に速度を上げるリア。目の前には壁に空いた大穴から見える死の街。
「飛んでっ!」
「へっ? わーっ!」
二人で塔の中ほどの踊り場から空中に飛び出た。すると、落下が始まる前にリアが魔導で空中に浮かべてくれた。
「うそーん? 空中散歩なの……わーお」
リアと二人で空中を数歩進む。思わず笑顔を向けるとニコッと微笑み返してくれた。
「凄い! 空中を歩いたのは初めて――」
喋ってる途中で頭がミクトーラン達のいる地面に向いていく。潜水でもしているような体勢になる二人。
「――なんだけど……私達、どうなっちゃうの?」
「一気に行くって言ったでしょ!」
そのまま矢のような速度でミクトーランに向けて落下して行く。
「きゃー! 速過ぎ速過ぎ速過ぎーいやーー!」
みるみるミクトーランと葬列に近づいていく。地面に激突して二人がバラバラの肉片になるのを想像したけど、ギリギリで足が地面に向いて急ブレーキが掛かった。
轟音と土煙の中、まず無事着地できたことに感謝した。その後で腰を抜かしていないことに自分で自分を褒めてあげた。
そして、隣の親友はただ視線を前に向けていた。
「ミクトーラン、もう逃がさん」
土煙が晴れると、そこには『この世界の敵たる存在』が居た。
「ナイアルス公国閃光騎士団が筆頭騎士リア・クリスティーナ・パーティス。シャーリー・フィフス・カーディンと共に今、見参!」
私の親友で一個下の可憐な女の子。
でも、この世界の二つ名は『魔導の天才』。自然現象の理解がこの世界の常識から外れている。こんな無茶を精霊にお願いできるのはリアだけ。
この悪魔も天才かも知れないけど、こっちの天才も凄いわよ!




