第五十五話【五日目】幸せに……なりなさーい①
◇◇◇ ザズーイ王国 死の街シュルナイテ
シュルナイテはサベイル近郊でも、ちょっとした高台なら肉眼で見える程の距離だった。しかし、街道が荒廃していたので半日ほどかかってしまい、街外れの高台に着いた頃には既に街は暗闇に包まれていた。
微かな月明かりでは街並みは何も見えない。勿論死の街だけあって灯一つ見えることはなかった。
「ここに居なかったら手詰まりよ……わたしの勘ではここしか考えられないけどね」
「リア、この暗さでは危険だわ。明日の朝に探索しましょう」
「そうね……明日夜明けと共に探索しましょうか」
焦る心をシャーリーはニコッと微笑んで解そうとしてくれる。それが嬉しくて、不安が少し薄くなる。
「じゃあ、身体を休めましょう。休める時は休まないと保たないわ」
少し離れた場所に馬を繋いでいると、旅慣れたシャーリーは早速焚き火の準備をしてくれていた。良い感じに火が燃えているのに感心していると、今度はあっという間にテントを張ってくれた。
テントの中を覗いて喜んでいたら、なんとお茶会の準備まで終わらせていた。
「さぁ、作戦会議よ」
焚き火を囲んで紅茶片手に作戦会議が始まった。
「やっと記憶の整理ができてきたわ。ミクトーランが世界の破滅を望んでいるのなら、幾つか不思議なことがあるの……」
紅茶の香りがささくれだった気持ちを少しだけ落ち着けてくれる。シャーリーが下を向いて呟いているのを黙って聞くことにした。
「サベイルみたいに大きな街に感染を広げる力があるのなら、他の街も同様に感染させれば良い。でも、それが出来ない……何か理由がある……はず」
顔を上げて焚き火越しに此方を見ている。
うーん、考えても分からない。
「理由かぁ……何か限界があるのかな?」
「そうね……何かは分からないけど一度に感染させる数には限界があると思うの」
「重症患者が街に突然現れたって言ってたよね。さっきの司教のように操っていたのかな?」
人をあんな風に操れたら何でもありよね。
「そうよ! それが制限よ」
「えっ? どういうこと?」
自慢げに此方を見てる。ここは茶化さず大人しく聞くとする。
「人の魂を操るのは難しいわ。まして遠くの街で百人、二百人と操るのは神業よ。多分街一つが限界なのよ!」
「なるほどね。しかし神業かぁ。そんな技を授けるなんて、とんでもなく悪い神様ね……」
シャーリーがニヤリと微笑んだ。
「うふふ、神業で足らないなら、本当の神様を使えば良いと思わない?」
神業で足らないって……神様の出番ってこと?
えっ……えっ? あっ!
思わずばっと立ち上がる。
「あーっ! それでマリタ・ホープを使うって事なの?」
自慢げにうんうん頷くシャーリー。
「私がミクトーランなら……って仮定でも嫌な話ね。ミクトーランなら人類を滅ぼす為にそれを使うと思うわ」
「そうか! よし、決まりっぽいよ。マリタ・ホープを明日探しましょう……って、既に持ってかれてたらどうしよう? 別の街にあるなら負けちゃうよ」
それを聞いても余裕綽々なシャーリー。
「多分それは無いはずよ。あの奇跡の宝石は扱いが難しいらしいの。街中に持っていったら、無差別に誰かの願いを聞いてしまうわ」
「えー、『ケーキ食べたい』とかの願いを叶えちゃうの?」
座り直してから「ミルクレープ食べたい」と一応願ってみる。しかし何も出てくることはなかった。
「何してんのよ。物質を生み出す事はできないわよ。ただ、『あの子と恋人になりたい』みたいな願いを叶えるとか……」
二人して色々考えてみる。もちろん何も起きなかった。
「……色々と願っちゃダメなのよ。心を一つの願いにしないといけないの」
「あーっ、わたしさぁ、雑念多いのよねー。お寺の修行で座禅は大の苦手だったのよ」
「ザゼン……?」
シャーリーを放置して座禅を組んで集中してみる。手はお腹の辺りで組むんだっけ?
目を瞑って精神集中……すると数秒保たずに意識を失った。
「こら、リア! まだ寝ないでよ!」
「……もうお腹いっぱいだから……はっ!」
ダメだ、眠気限界〜。シャーリーの持ってた干し肉やチーズ食べたら結構お腹いっぱいになったのよ!
「もう寝るのー! もう限界。お腹も膨れたからもうダメよー!」
シャーリーも立ち上がって背伸びすると軽くあくびを噛み殺している。
「そうね。もう寝ましょうか。日の出前には起きたいけど三時間は寝られるわ」
「うへー……」
三時間……しょうがないか。
「私のテントで二人寝れるわ。リア、寝袋あるの?」
「うん。あるよ」
焚き火を消すと、シャーリーに続いてテントへ潜り込ませて貰う。ランプがテントの中を照らしてくれていた。
「じゃあ、一緒に寝ましょ」
というわけで、鎧と小手を取って愛剣と一緒に近くに固めて置いておく。因みにブーツはテントに入った瞬間に脱いでいる。そのまま制服を脱いでキャミソール姿になってから自前の寝袋に入ろうと思ったけど、シャーリーの寝袋が目に入ったら一人で寝るのが急に寂しくなってきた。
「ランプ消しといてね。おやすみー」
既に寝袋の中でモゾモゾしているシャーリー。そーっと近づくとシャーリーの入っている寝袋に潜り込むことにした。
「リア! 何してんのよー」
「一人で寝るの寂しーのよ。一緒に……って、硬い?」
慌てるシャーリーを無視して足を突っ込むが、硬い何かに足が当たった。一旦出てから中を覗くと起きている格好のままの姿が見えた。
「鎧も着たまま……えっ、剣も中に入れてるの?」
「敵が来たらすぐに対応しないと……って、いやーん」
手袋、胸鎧、魔剣を寝袋から引っ張ってポイポイ出していく。更に頭から入ってブーツも脱がせると、後は真っ白なドレスだけ。
これも邪魔よね。脱がせちゃおっと!
「ほれほれ、ええではないか、ええではないか!」
「やめ、やめなさ、やめてー!」
部活の合宿で鍛えた脱がせ技を披露しよう。
巧みにフェイントを掛けてくすぐりながら衣服を脱がせるの。ほら、あっという間にブラとパンツだけ。
大満足よ!
「はぁはぁ……やったわよ……はぁはぁ」
「ぎゃーーー! エッチー変態ー!」
寝袋から上半身を出してブラを手で隠している。
服と一緒に取った毛布を目の前に出すと奪い取って身体を隠した。
「キャミとか肌着は着ないのね、シャーリー大人〜」
「アンタがドレスと一緒に取っちゃったのよ!」
確認してみると、確かにドレスの中にレースが見える。あら、纏めて脱がしちゃったのか。
「ごめんごめん。さぁ、寝ましょ」
「もう! 勝手すぎよ……ほらっ」
シャーリーも諦めたようで、先に寝袋に入ってから手で入り口を開けてあげる。
「どうぞ」
「わーい、お邪魔しまーす」
ランプの火を消すと寝袋に頭から勢いよく潜り込んだ。寝袋の中で反転して頭をポンっと出す。
「へへへ、あったかーい」
「もー……確かに暖かいけど」
暗闇の中、微かな月明かりにテントが照らされ薄っすらと互いの顔が間近に見える。思わずニッコリすると、シャーリーも笑顔を返してくれた。
「昔のお寺合宿を思い出すなー。煎餅布団を何枚も重ねて、皆んなでそこに入って固まって寝たわよ。ふふ、本当に寒かったなー」
「フォースは旅が好きだったわね。雪山にも良く出掛けていたわ。だから旅道具は厳選されてるのよ」
雪山かぁ……あ、ダメだ……もう徐々に目が閉じていくわよー。
「ふふふ……楽しかったなー。学生時代も……貴族院も……騎士団も楽し……かった……」
シャーリーと話すの楽しいけど……何話してるか分かんなくなってきちゃった。眠〜い。
「ほら、リアちゃんはねむねむねー。んふふ、明日は二人で世界を救うんですからゆっくりお休みなさい」
幼い子を寝かしつけられるような言葉遣い。それが何とも心地よい。
「そうね……皆んなで幸せに……ならなきゃね……」
うつらうつらと意識を失う直前、微笑んでいたシャーリーの顔が少しだけ曇ったように見えた。
「ねぇ、あなたの『皆んなで幸せになりましょう』に……リア、あなたは入っているのよね?」
親友の真剣な声。突然の真面目な質問に戸惑い目が覚める。
「えっ、そりゃ――」
「――あなたは昔から自分の身を大切にしなさ過ぎなのよ。見ていて怖いくらい。自分が死んで他の人が救われるのなら……なんか……リア、あなたは躊躇せずに死にそうなのよ……」
「えーっ?」
なんか同じようなこと誰かにも言われたなぁ。誰だっけ……ラリーだ。一人旅に出る時に『自分を蔑ろにする』って。
そんな寂しいこと考えるわけが無い。とはいえ正直自分の命だけで皆が幸せになるような状況になったら……分からない。まぁ、その時の気分次第よねー。
ぼーっと考えていたら、両手を握り締められた。
「だから、約束して。絶対に自分を大切にしてね!」
「ふふふ、シャーリーは心配性だなぁ。はい、約束しますよ!」
「お願いよ。貴女達は昔から皆んな同じ。本当に心配してるんだからね……」
両手に暖かなシャーリーの体温を感じる。
嬉しさと安心感。多分、シャーリーがいてくれれば大丈夫。きっと選択肢を見失わない。
「分かった。シャーリー。変なことしそうになったら、ぶん殴ってわたしを止めてね」
「何よ、結局私頼りなの?」
「ふふふ、冗談よ。シャーリー。誓うわ。自らの命も無駄にしない」
ニコニコ笑顔を向けるとシャーリーはため息を吐いた。諦めてくれたようだ。
「分かりました。私もできる限りぶん殴ってでもあなたを止めるわ。リア、改めてよろしく」
寝袋の中でシャーリーにヒョイっと抱きつく。
「ありがと……」
そのままクルッと反転して背中を当てて目を瞑る。すると、シャーリーも反転して背中合わせになった。
「おやすみなさい」
シャーリーの最後の『おやすみ』は既に聞こえてなかったわ。
◇◇◇ 行方不明の五日目の早朝
ザズーイ王国 死の街シュルナイテ近郊の高台
仄暗い中、テントを片付けると其々の荷物をアームガードとトランシェへ括り付ける。身支度が終わると、二頭の馬を木に結びつけていた綱を外して自由にしてやった。
「アームガード、わたし達が二日戻らなかったらトランシェと共に一昨日泊まった宿まで行きなさい。後はルーカスさんが何とかしてくれるわ」
「ぶるるる……(不吉なこと言わないでよ……)」
「ふふふ、心配してくれるの? ありがと」
撫でてやると頬に頭を優しく擦り付けてきた。心配してくれてるのが嬉しい。
「大丈夫。帰ってくるわよ」
「ぶるるるっ(死体で帰って来ないでよ!)」
「あはは、オバケになっても乗せてね」
「……(……)」
「ぎゃっ!」
頭に噛み付いてきた。
「いたたたっ! ゴメン、ゴメン、許して〜、あはは」
「ぶるる……(お願いよ、お嬢……)」
両手で撫でてあげると、もっとやれ、と頭を前に突き出してきた。
「じゃあトランシェもよろしくね」
「ぶるる(アレを?)」
アームガードと同時に横を向いて見ると、シャーリーの後をくっついてトランシェが追い掛け回していた。
「追いかけっこじゃないのよ! ここで待っててよ」
まるで遊んでいるよう。クルクルとシャーリーの後ろをついてまわっている。
「トランシェ、お願い。ついて来ないで。ここで待っていて!」
シャーリーの言うことを無視してグルグルとついてくる濃い茶色の牡馬。言葉は分からない。だけど心配そうなことだけは分かる。主人の身を案じているのだろう。
「アームガード、トランシェを引き留めて」
「ひひん(分かったわ)」
シャーリーとトランシェの間に割り込むアームガード。
「ひひーん(ねぇねぇ、落ち着いて)」
「ひひん」
「ぶるるっ、ひん(心配よね。でも邪魔なのよ)」
「ひひん! ひひん!」
あら、トランシェが興奮し始めた。あらあら、アームガードがクルクルとトランシェの前で廻り始めたわよ。
「ひひひん……(あなた、よく見るとカワイイ顔してるわね……)」
「ひん!」
アームガードは尻尾をピンっと上げたり下げたり……あら、あらあら、トランシェ……あらあらあら!
もしかして、もしかしてるの?
「ひひん(お嬢、じゃあね。ゆっくりしてて良いわよ)」
「ぶるる!」
うわっ、トランシェを落としたよ。
えーっ、なんか色っぽいアームガード。お前はアダルトな女なのね。
思わず少し頬が赤くなる。
「シャーリー……もう大丈夫そうよ。行きましょう」
「えっ、急に? あらあらあら、ほ……ホントね。私達お邪魔みたい」
二頭は仲睦まじく並んでいる。トランシェもシャーリーを心配することより、どちらかというと、早くどこかに行け、という空気を発していた。
「じゃあ任せるね。アームガード、優しくしてあげてね」
「うぷぷ、トランシェ、がんばりなさい」
装備を手に取ると、街に続く小道を二人で歩き出す。すぐに、アームガードの鳴き声が後ろから聞こえてきた。
「ひひーーん(※検閲)」
耳を塞いでも聞こえる鳴き声に顔が赤くなる。シャーリーにはただの馬の鳴き声なんでしょうけど……。
「シャーリー、責任取ってね!」
「何がよ?」
あはは、サイコーね。
さぁ、最期の戦いに行きましょう。




