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第五十三話【四日目】いついかなる時も①

◆◆


 柔らかな表情を崩さず騎士団の方を見ていたリア。その姿は正しく片手間で地上に降り立った天使の様だった。

 何も語らずにそっと歩き出す。


「リア、あなた、もしかして……泣いているの?」


 シャーリーの目には泣いているリアの姿が見えた。目も合わせずに横を通り過ぎていく。


「暫く放っておいて……」


 その言葉だけを残して街を背に森へ走り去ってしまう。シャーリーは一瞬手を伸ばし追いかける素振りを見せたが、親友の姿を見送る事しか出来なかった。


◇◇


 森の中で一言だけ呟く。


「舞踏を終える……」


 これが『天使の仮面』を解くキーワード。呟いた瞬間、急に裸で荒地にでも放り出された様な心細さを感じた。背筋が凍るような感覚に体が震える。物凄く不快な何かを一時的に忘れているような感覚が走る。

 それがあまりに、あまりに怖くて……必死で記憶を掘り起こさないようにする。


「全く、何が舞踏よ……下品な術式ね……」


 わざと軽口を口に出して別の事だけを考える。


 夏の観覧式で着た制服の柄。

 翌朝に飲んだ紅茶の味。

 二日前に飲んだお酒の味。

 昨日食べたパンの味。

 ()()()()()()()――


 ――やめろっ! まだ考えるな!


 突如、悪寒が強くなり震えが止まらなくなった。気温が急に下がった訳ではない……が、途轍も無く寒く感じる。歯の根が合わないほどに凍えている。

 だけど、わたしはまだ冷静よ。

 ほら。なんてことない。

 大丈夫、大丈夫、と両手を抱いて震えながら歩き出した。しかし足からは力が抜けていた。もつれて膝から崩れ落ち地面に手をついてしまう。地面が濡れていくのがぼんやりと見える。視界が歪んでいる。訳もなく涙が出ている。

 自分が泣いている事に気付くと、一気に感情が溢れ出した。


「ふざけるなっ! こんなこと好きでやるはずないだろ。それをあいつら私一人に……」


 考えていなかった様な不満が溢れ出し、烈火の如く怒り狂う。立ち上がり誰もいないのに顔を紅潮させ全力の身振り手振りを交えながら叫んだ。


「教会も騎士団も何のためにあるか! 街一つ守れず何が守護職か!」


 何もしなかった教会騎士達や隊長ナッシュの軽蔑する様な顔が浮かぶ。全員が汚らしいものを見る様に陰口を呟いている。


「喋るな! お前らに何を批判する資格があるというのか!」


 母国にいる閃光騎士団の皆の嘲り笑う声が聞こえる。


「何もせずに何を笑う! お前らの代わりをしたわたしを笑うだと!」


 叫び声が森にこだまする。

 一瞬の静寂の後、眼前にはマリーが居た。その表情は直ぐに血まみれのイメージに上書きされた。


(違う! マリーは焼かれた。血塗れな訳がない。これは術式の見せる幻覚だ!)


 その瞬間、マリーの顔が焼け爛れていく。


(しまった。何も想像するな!)


 焼け爛れた人々が続々と現れ地上を埋め尽くす。


(く、来るな!)


 拒否する感情が暴走し、斬り払うイメージに変わる。民衆を切り刻む閃光騎士団の隊員達。


(待って!)


 叫ぶと騎士全員が敵意の眼で此方を見る。その視線に恐怖する。


(ダメだ。それは想像するな……想像しちゃいけない!)


 躊躇なくわたしを斬り刻む騎士団の仲間達。


(何故だ? 何故わたしを斬る?)


『いつも偉そうにばかりして! この偽善者め!』


(止めて、皆はそんな事思わない! ダメだ、考えるな! やめろ! ダメよ、ダメ! シャーリーの事は考えちゃダメっ!)


 騎士の一人の顔がシャーリーに変わる。リアを斬りつけながら冷たく言い放つ。


『貴女に私の横で戦う資格があると思うの? 勘違いしないで。(けが)らわしい……近づかないでよ』


(やめてーっ! やめて……やめて……)


 皆も嘲笑する。シャーリーは力無く横たわるわたしを蹴りつける。


『ホント無様ね』


(これは幻覚……シャーリーは……そんな事を……言わない)


『お前に何が分かる』


(やめろ、想像するな、やめろ、やめろ!)


『この世界で生まれていないお前に何が分かる』



 目の前の風景が崩れ落ちる。

 わたしは……わたしは……何故……何故この世界でこんな呪われた事をしているの。

 手が震える。怒りに震える。

 哀しみ、苦しみ、苛立ち、焦り、全てが怒りに変わっていく。


「では、何故わたしが焼き払わねばいけないんだ! たった今、三万の魂を野辺送(のべおく)りしてやったぞ! 松明(たいまつ)は我が魔力、弔旗(ちょうき)は守護騎士の剣、棺は街の城壁、天蓋(てんがい)は空。あぁ、そうだとも! 街の住民の半分はまだ生きていたっ‼︎ 我らは破壊と虐殺が日常の黄泉路の案内人……我が名はナイアルス公国第十一期閃光騎士団が筆頭騎士……我は『七日遅れの姫』リア・クリスティーナ・パーティスだ!」


 空を見上げても暗闇しか見えない。


「何が悪いというのか‼︎ わたしは……わたしは……」


 突然に操り人形の()り糸が切れたように座り込んだ。怒りの感情が急速に消えていく。心が空虚で満たされていく事に恐怖を感じた。両腕で自分を抱くが、感情の全ては恐怖に支配され始めて震えが止まらない。

 慌てて音も無く剣を抜き自分の首にあてた。


「もうイヤよ……」


 リアの心の中には恐怖からただ逃げようとするもう一人の自分が刃を首に当てていた。そんな自分を見詰める裸で鎖に囚われたリア。自らの手で首を落とそうとしている光景を眺めている。


「もう終わりたい。怖い、怖い、怖い、こんな怖いこと、もう終わりにさせて。わたしはこの世界にいるべき存在では……無いのよ」


 怯えながら愛剣を首に当てて力を込める『もう一人のリア』。自分が自分を殺す様を見詰めるしかできない。それにハッと気付き、鎖を外そうともがくが外れない。


(違う……違うよ。まだ死んじゃだめだ……誰か……誰か助け――)


 グッと自らの首を落とす為に力を込めた時、背中から誰かに抱きしめられた。

 霧のように鎖が消えて、同時にもう一人のリアも消えた。



『――ありがとう、クリスティーナ』



 刹那に自分が新緑の森の中で、花畑の中にいることに気づいた。鳥が(さえず)っている。風が穏やかに吹き、木の葉と髪が揺らめく。



 そうか。

 周りに咲いている花は母が好きな花だ。

 そうか、弱さか。

 自死は愚かじゃないのか、リア。

 剣を落とし震える手で花をそっと摘む。


 母はこれに負けたのか。

 強さと優しさを兼ね備えた母でさえ、こんなモノに負けたのか。


 涙が瞳から溢れ出した。

 震える手から大粒の涙と共に花が剣の上に落ちる。

 拾うのは剣。落ちた剣を拾う手が止まる。

 何故、わたしは剣を拾うの。

 何故、花を拾ってはいけないの。


 突然のイメージ。



『懐かしい顔、愛しい顔、柔らかく微笑む皆の顔が浮かぶ。花畑で自分が帰ってくるのを皆が笑いながら手招きしている。早く来なさい、と優しく待っている』



 ()()()()()


 帰りたい。

 皆の待つ場所に帰りたい。

 皆が幸せそうに笑い合う花畑に帰りたい。

 あぁ、でも、まだ……まだ帰ることはできない。


 泣きながら剣を拾う。

 幸せの象徴の花畑から背を向けて歩き出す。

 右手で剣を引きずりながら、まるで幼児(おさなご)の様に泣きながら歩く。

 しかし、嵐のように鮮烈な悲しみはわたしの小さな心を容赦無く責め立てる。

 ぎゅっと目を瞑っても涙がこぼれてくる。

 身体がふらつき木にぶつかる。

 木にもたれかかり前を見る。


 幸せと真逆の道。

 それは薔薇(いばら)に飾られた血塗(ちまみ)れの道。


「もう……もうやだよぉ……」


 左手で胸を押さえ恐怖と悲しみに耐える。

 再度歩き始めるが耐え切れずに嗚咽が漏れる。

 遂に崩れ落ちて膝をついてしまう。

 もはや、とても歩き続けられない。そんな時――


『――リア、すまない』


 それだけが聞こえてきた。


 刹那に理解してしまった。

 ラルスはもうこの世には居ない

 薔薇(いばら)の道を歩き続けてもラルスにはもう会えない。

 どこかで生きていて欲しい。例えわたしじゃない誰かと一緒でも生きていて欲しい。

 そんな微かな願いさえも覆された。


「何よ……何でよ……何でなのよー!」


 大声で、力の限り大声で叫んだ。


「うわーーーー! この世界のバカヤローーー!」


 怒りしかない。泣いてばかりの人生。

 前世では母親は居なかった。

 今世では母親は自殺した。

 妹は病死した。

 そして、恋人のラルスもこの世には居ない。


 わたしがこの世界で生きる意味なんてまだあるの?


「何なのよー! もう、誰も居ない! 誰も――」


『――アイツがいるだろ』


 突然のラルスの声。

 その瞬間、視界に入った親友の姿。


 そう、シャーリーがそこに居た。

★一人称バージョン 2/16★

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