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第五十二話【四日目】そっと目を瞑るように⑧

◆◆◆ 別の世界の記憶


 父ちゃんが小学校卒業のお祝いとして突然犬を連れてきた。保護犬施設で引き取ってきたとの事で、残念ながら仔犬では無く雑種の成犬だった。

 その犬は『コレル』と名付けられ、庭の隅に小屋を与えられた。


 散歩や食事は父ちゃんの役目となり、わたしは遊びたい時に遊んであげるだけ。散歩に連れて行くと大層嬉しそうなので、暇な時には冷蔵庫からソーセージか何かをくすねて散歩に連れ出していた。

 何回か繰り返すと、『美味しいものをくれる存在』と理解していたようだった。


 二年ほど経つと元々腰が悪かったのか、残念ながら後ろ足が不自由になってしまっていた。その為、毛に自分の排泄物がくっついたりと不潔な事が増えていた。週一程度で父ちゃんが洗ってやっていたが、雨降りが続いたりするとどうしても月一くらいの間隔になる事があった。


 足も良くはならず、徐々に散歩すら難しくなっていたので、殆どの時間を小屋の近くで寝て過ごしていた。

 わたしはコレルに相変わらずソーセージを持って行くだけとなっていたが、嬉しそうに食べる姿を見ながら撫で回したりして過ごしていた。


 季節が変わり梅雨時になるとコレルの周りにハエが増えるようになっていた。まぁ汚いしなぁ、程度に思っていたが、その頃から夜泣きするようになっていた。


 ある雨の降る深夜、あまりにコレルが鳴くのでふと目が覚めてしまった。父ちゃんは忙しかったのか隣の部屋からイビキが聞こえてきている。しょうがない、と冷蔵庫からソーセージを取り出し眠い目を擦りながら様子を見に行った。

 傘を差しながら小屋を覗き込み


「コレル、どうしたの?」と声を掛ける。


 懐中電灯で顔を照らしたながらソーセージを上げても食いつきが悪い。あまり食欲がなさそうだった。


「もー、どうしちゃったの……」


 明日は土曜日とは言え、そろそろ眠いよ、と考えながら頭を撫でる。体調が悪そうなのはわかったが、どうしたら良いか全く分からなかった。

 いつもの通り背中やお腹も撫でていたらポトポトと音がして何かが小屋の床に落ちた感触があった。懐中電灯で小屋の床を何気なく照らすと、そこには五、六匹のウジ虫が蠢いていた。


「ひいっ……」と声にならない声が出る。


 まさかと思い震える手で強めに横っ腹を撫で回した。

 すると無数のウジ虫が毛並みから落ちてきて小屋の床を白く染める有様だった。


「コレル! お前どうしたの⁈」


 懐中電灯でコレルを照らすと、歯を食いしばり白目を剥き震えている姿が目に映った。


「ああぁ……コレル……お前……」


 震える手と散らばるウジを見る。

 急に我に帰えり一目散で家に入りバシャバシャと手を洗った。


 コレルの顔が頭に浮かびもう一度見に行こうと玄関まで行ったが、どうしたら良いか分からない。部屋に戻り自分の布団を頭から被り震えていた。するとコレルが弱々しく鳴いている事に気付いた。


「あぁ、コレル……どうしたら良いの……」


 自分ではどうしたら良いか分からなかった。

 必死に眠ろうとするが、ウトウトすると小さな鳴き声が聞こえてくるので朝方まで寝ることはできなかった。


 いつの間にか寝てしまったようで、はっと起きると、既に朝の八時だった。コレルの様子をそっと見に行くと、ちょうど父ちゃんが事態を把握したところだった。

 既にコレルの意識は無くなっていた。

 段ボール箱に布を敷きコレルを入れてから「病院に行ってくるよ」と伝えて車で行ってしまった。


 数時間後、コレルは段ボール箱に収まったまま帰ってきたが、もう息をしていなかった。


「全身の皮膚が蛆虫に食い荒らされていたみたいだ。大層苦しいらしく意識も無くなっていたよ」


 あの時の表情は痛みに耐えていたのか、と気付いた時に涙が溢れてきた。


「だからお医者さんの勧めの通り、楽にしてあげたよ」 


 安楽死させた事を教えてくれた。

 麻酔薬を打ち、その後で致死量の薬剤で心臓を停止させたとのこと。


 わたしは、それを聞いて悲しみより安堵した事に自分でショックを受けていた。



『わたしはコレルに最後の苦痛を与えてしまった。わたしはコレルの最後の呼びかけを無視してしまった』



 昨日の夜からずっと考えていたわたしの罪。


 だが、コレルは虹の橋を渡って最後の旅に出てしまった。もうあの鳴き声は永遠に聞くことはない。



 その事実に()()していた。



 そう、わたしは安堵していた。

 永遠に罪を償う事が出来なくなった事に、わたしは安堵していたのだ。


 そんな自分が許せなかった。

 自己嫌悪に押し潰されそうになりながら私は誓った。

 今度は私が責任を取るのだと誓った。

 確かに私は、あの時、精一杯の正義感と責任感で、そう誓った。

 確かに私は誓った。



 その誓いを果たす時が、ねぇ、本当に今なの?



◆◆◆


 一瞬の記憶の混乱。そんな中でも『天使の仮面』は逡巡する事すら許さない。決意も何も無い中で座礼したままの口が勝手に動く。



「爆ぜよ火花、燃えろ空気」



 街の中央で大きな火花が散った。

 刹那に酸素と混じり合った可燃性の空気は巨大な火球と化した。それは街の建物すら飲み込みながら拡がると、空気の壁に阻まれ巨大な圧力を生んだ。超高温と超高圧力の白い炎は、全ての物質を瞬時に燃やし尽くしていく。それらは巨大な火柱に形を変えて上空高くに登っていくと、やがて不気味な形の雲に姿を変えた。


 轟音と熱で狼狽する騎士団。


「ま、まさか、これほどの術式を……ひ、一人で? あのお嬢ちゃん、本物の神の御使なのか」


 ゆっくりと立ち上がったリアは微笑みながら燃え盛る街と巨大な雲を眺めている。和かな表情を崩さないリアに畏敬の念、というより恐怖しか感じなかった。

 騎士達は一斉に片膝をついてリアに祈りを捧げた。


◆◆


 パスカーレ近郊の見張り台では、突如、光を感じた見張り担当の守護騎士がサベイルの方角を見ると大きな火柱が上がっていた。


「サベイル方面で巨大な火柱を発見!」


 大声で叫び報告するが何が起きているのか分からない。


「どういう事だ!」


 聞かれても何も答えられない。戸惑っていると轟音と共に強風が吹き荒れた。もう一度サベイルの方角を見て、何も分からないが、何かとんでもないことが起きた事だけは分かった。


「な、何だ、あの不気味な雲は……」


 見張り台には数名が登ってきた、が、巨大なキノコ雲を見ると一様に声を失った。


 暫くするとパスカーレに住む人達からも見晴らしの良い場所なら不気味な雲を見ることが出来た。修道女達は皆が震えながら神に祈りを捧げていた。


「あ……あなた達、どんな巨悪と戦っているの……」


 アルマは絶望しながら呟いた。

★一人称バージョン 2/16★

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