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第五十一話【四日目】そっと目を瞑るように⑦

◆◆


 サベイル城門前の騒乱が起こっている広場



「どうだ! 私達がパスカーレを……世界を救ったんだぞ!」


 ヴィルマが泣きながら空中を歩く天使(リア)に叫んでいる。マリーは城門に槍で縫い付けられたまま、珍しく涙を落とす親友を眺めていた。ヴィルマは涙を見せたことがないので仲間内からは『鉄の女』と呼ばれていた。感情豊かなマリーと鉄面皮なヴィルマ。正反対な二人は反目し合いながら活動を続けていたが、いつの間にやら無二の相棒として同じ隊の隊長、副隊長にまでなっていた。

 だから、マリーだけがヴィルマが家族に裏切られ教会に捨てられたことを聞かされていた。


『私は世界に名を残したいの。あの子を捨てなきゃ良かった、戻ってきて、と言わせたいの。だから夢は皇帝に表彰されること。そうなれば、是が非でも戻ってくれと会いに来るでしょう』


 心底楽しそうに微笑むヴィルマ。


『そこで断るの。いいえ、と言うのが人生の目標よ』


 そんな告白をマリーだけが聞いていた。


「私を……私を捨てた事を悔いるが良い! あははははっ!」


 ヴィルマは倒れたまま涙を流しながら大声で笑っていた。数人の修道女が歩み寄り手を取ると涙でくしゃくしゃの顔に微笑みかけた。優しい笑顔を見つめるヴィルマ。諦めたのか、皆と一緒に静かに祈り始めた。


 マリーは槍で城門の扉に縫い付けられたまま、徐々に喧騒が治り静かになっていく光景を見つめていた。騒いでいるのは既にフレドリクと呼ばれた司教だけだった。


「何をしている! もはやお前らに出来ることは祈ることではない! 死をパスカーレに振り撒くことだけだ。勘違いするな、破滅を齎すのがお前らの役目だぞ!」


 また演説を始めたと思うと、空の方で何かが破裂する音がした。その瞬間、轟音と共に司教は氷漬けの肉片に変わっていた。見上げると無表情に指鉄砲を元司教に向けている天使が居た。

 煽動者も居なくなったので、街の住人の悲鳴や泣き声ばかりが聞こえていた。次第に修道女を見習ってその場で祈り始める者が殆どだった。跪く音や祈りの声が響く中、目をそっと瞑り祈るマリー。


「天使様、私はあなたに助けて頂いたその命、正しく使えたでしょうか。天使様、私は命を無駄にせず、正しく生きることができたのでしょうか」


 隊員達は元よりヴィルマにも言わなかったが、『自分だけの天使』と呼ぶ騎士、名をエリスという騎士には、永遠に逢えないことをマリーは知っていた。


「天使様……エリス様……あなたから、あなたから奪った命を無駄にしてしまった私は悪い子ですか……エリス様……そちらに行ったら私を叱って下さい……ね」


 目を瞑り祈り続けていると、気付けば街の喧騒は全て消えていた。それは、あたかも雪山に一人でいるときのようだった。

 そっと目を開けると街の人々はおろか特別救助隊の面々も全員穏やかな顔で眠っていた。不思議な光景にぼーっとしていると、何か甘い香りを感じられた。その瞬間、何故か幸せなイメージが心に溢れ出した。


「パパ、ママも! あぁ、エリス様まで……」


 (はりつけ)にされたままマリーも眠ってしまった。


◆◆


 リアはそれを上空から確認すると、空中を歩いて別のエリアへ入っていった。そこでは、全身を包帯に巻かれているが逃げ惑う人々が居た。リアを指差して何か叫んでいる者も居る。しかし、肌に巻かれた包帯からは赤黒い血が見える。

 リアは上空から魔導で赤熱死病に罹っているかを確認していた。しかし、この街に入ってから感染していない人は未だ見つからない。


(ダメだ。一人も居ない。このエリアも感染者しか居ない。この街は……やっぱり、もう死んでいるの?)


 朧げな意識の中、必死に生存者を探すが誰も居ない。確認が終わるや否や『天使の仮面』はすぐさまリアに術式を唱えさせる。


「火の使者、炎の使者、焔の使者よ、そして幸福の使者、永遠の国に浄化を、光を、希望を与えるが為、我を助けよ。風に重さを、重さには安息を、安息は皆を眠らせ来世には希望を与えよ――」


 リアが上空で術式を唱えると、眼下に見えた人々の動きがゆっくりになり、それぞれ座ったり寝転がったりしながら眠りに落ちていった。


「――風に重さを、重さには安息を、安息は皆を眠らせ来世には希望を与えよ」


 唱えながら別のエリアへ向かって青空の中を歩くリア。柔らかな笑みを絶やさず、まるで本物の天使が春の陽射しの中で森の動物を観察しながら散歩でもしているかのようだった。


「――風に重さを、重さには安息を、安息は皆を眠らせ来世には希望を与えよ」


 時折術式を唱えると、街の住民は穏やかに眠っていく。


 リアの唱える術式『殲滅の劫火』は閃光騎士団に代々伝わる術式『殲滅の浄化』の改良版だ。病原菌の宿主たる感染者の死体、()()()死体、又は既に治療見込みのない患者、それらに対して浄化をするのが彼女達の任務。そこで使う術式をリア本人が、『焼く人』と『焼かれる人』が共に極力苦しまないように心血を注いで改良した。


「――風に重さを、重さには安息を、安息は皆を眠らせ来世には希望を与えよ、風に重さを、重さは燃えよ、燃える炎は希望を――」


 上空から丹念に街の隅々まで『燃える空気』が広がるのを淡々と繰り返す。二千四百六十八枚の空気の壁に囲まれた、このサベイルという街の隅々にまで行き渡るように丹念に空の上から術式を唱えていた。


 今回のように死体だけでなく、まだ意識の残る末期患者やゾンビ化したばかりの患者がいる場合は『最も幸福な時代を思い出しながら眠る』術式も加えられていた。


「――燃える炎は希望を、希望には殲滅を加え全てを灰にせしめん。炎よ焔よ、全てを灰にせしめん」


 街の隅々まで魔導の目で見ても感染していない人は一人も居なかった。踵を返して街の正面に向かって進むリア。


「も、戻ってきたぞー!」

「隊長! 女の子が空の上から降りてきます」

「さっきの少女か? 神の御使か何かなのか?」


 正門に集まる教会騎士達がざわつく中、空中から集団の前に降り立った。次第に誰も何も口を開かず沈黙が支配する。徐に剣を抜いたリアの声だけが響く。その声はとても血の通った人には思えない冷たい声色だった。


「弔意を表せ。抜刀!」


 慌てる様に抜刀し肩刀かたへとうの姿勢を取る騎士達。

 シャーリーだけは苦しそうに顔を背けていた。


「敬礼!」


 教会騎士達は剣を垂直に上げ持ち手を顔の前で止める。リアは街の方を向き剣を鞘に納めてから膝を折って正座の姿勢になった。背筋を伸ばして凛とした姿で朗々と術式を唱えるリア。


「我の願いを叶え全てを灰にせしめん」


 腕を折り頭を地面に着ける。


(待って!)


 表情は変わらないが心の中は荒れ狂う海の様に思いが飛び交っている。


(このまま、わたしが術式を唱えればまだ生きている二万人を焼いてしまう。理解はしている。彼等はもはや死んでいるに等しい。でも、まだ生きている!)


 頭を地面につけたまま、僅かに口元が震える数秒の沈黙。この時、リアは過去の記憶を瞬時に思い出していた。

 リアではなく『亜里沙』の思い出……今も鮮明に浮かぶ棘のような記憶。

★一人称バージョン 2/16★

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