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第五十話【四日目】そっと目を瞑るように⑥

◆◆◆ 帝国歴 二百八十八年


 パスカーレ市国 教会の講堂(マリーSide)


「今日は我々が対処する病について講義を……」


 私には両親がいない。

 三歳の時に村で悪い病気が流行ったの。たくさん死んでしまった。パパとママも、その時死んでしまった。

 でも、私は()使()()に助けられた。何故私だけが、と自分を責め立てた時期もあったわ。今は、ただ感謝して日々を生きている。私も人を助けよう、と決めたのは教会で進むべき道を神父様に問われた時だった。


「……百年以上の伝統が……君達も……マリー……」


 それしか無かった。だから、全力で学んだわ。私は周りの子達より、とっても努力した――


「――マリー君、聞いてるかね?」

「は、はいっ!」


 いつの間にか講師の修道士がこちらを睨みつけている。


 うぅ、思考が飛んでたわ。でも、板書と周りの子達の開いてる教科書と、微かに記憶に残る講師の言葉を思い出して……うん。


「私達は、第百十七代教会特別救護隊の第四支部への入隊を拝命しました」

「そうだ。マリー君……聞いていたかね? ふむ……」


 危なかったー!


「ちょっと、聞いてなかったでしょ、マリー」

「へへ、バレた」


 そう、私達は特別救護隊への正式入隊が決まって講義を受けてるの。ふふん、修道女の中でもエリートよ!


『教会特別救護隊』


 歴史は古く、百七十一年にマリータ教が母体となって設立されたの。各国の首都にある大教会で学んだ若者達が世界各地で感染の対処や防護の任務に着く為に集められているのよ。

 命の危険もある厳しい責務を背負うけど、報酬も高いの。だから庶民の皆さんからは羨望の眼差しを受ける職業の一つよ。まして教会に拾われた魔力の無い孤児の私達にとっては、唯一の立身出世の道だと思うわ。

 更に自慢は続くけど、その中でも支部番号が一桁はパスカーレ市国の専門の教育施設で学んだ者しか入隊できないエリート部隊よ!


「それでは、信仰心厚く、清廉潔白で、才能溢れる皆さん。今日は我々の敵である『赤熱死病』について学びます」


 そうよ。褒められることなんて今まで無かったから、存分に褒められてあげるわ。


「はい。ヨロシクお願いします!」

「マリー君、熱意があって宜しい。後は講義に集中することだけですね」

「うげっ……」


 教室の中はクスクス笑いで包まれる。


「マリー、ボーッとしてるのバレてるわよ」

「はいー……」


 うぅ……。講義に集中するわよ!


「特別救護隊の使命は赤熱死病に立ち向かうことです。その中でも貴女達、俗に言う一桁支部員は専任救護員として部隊を指導、牽引することが役目となります。ですから病人のお世話のみでなく、感染予防、隔離、治療、緩和、そして看取り。これから貴女達は多種多様な状況に直面することになりますが、それらを的確に対処できなければいけません」


 この時迄は全く知らなかった。いえ、全く知らされてこなかった。


 この病気について。

 私達の役目について。

 そして、この世界の秘密について。


◆◆


「……個人差はありますが、殆どの事例では三日から五日を過ぎると一旦身体が楽になるそうです。食事を取らずとも体の奥から力が湧いてくる感覚となります」


 二十名ほどの修道女が私と一緒に話を聞いている。

 先ほどまでの穏やかな雰囲気は無くなり、誰も言葉を発することができない。


「何故そうなるかというと、内臓が壊れて物を食べられなくなります。その為、病自体が栄養を確保する為に壊れた内臓を栄養に換えるのでは、と言われています。とはいえ遅くとも六日から八日を過ぎれば全身からの出血が始まります。前兆は皮膚が脆くなる事です。そうなったら、体の奥の破壊が皮膚まで侵食している事が分かります」


 包み隠さず容赦のない表現で淡々と語る司教の言葉。徐々に皆顔が青くなっていく。


「その後、内臓、粘膜から出血が始まり、関節や汗腺からも出血します。そうなってしまうと、全身からの痛みと共に出血死するしかありません。これらは観察された事実で、七日以降で薬を投与されても助かったものは残念ながらおりません。既に内臓が腐っているからと結論付けられています」


 怖い……私達に何ができるの?

 信仰心だけは負けないつもりだけど、ただの女の子よ。騎士でもない、もちろん魔導も使えない。


 講義に圧倒され自分たちの末路に怯える修道女達は、それぞれの机の上で祈りを始める。すると、それを見た講師は穏やかに言葉を続けた。


「そうです。貴女達のような信仰心が高い方々は別の結末を迎えます」


 皆が顔を上げる。


「信仰心と生存期間に顕著な関係性が認められています。信仰心が高いほど、この病を患っても死にづらくなります」


 その言葉に修道女達の顔が一様に(ほころ)んだ。

 そうよね。私達が選ばれた理由に信仰心が有るのなら、何か特典(ボーナス)が無いと不公平だわ。


「教会勤めの修道士や修道女は病に対する耐性が確かに強いことが分かっています――」


 誇らしかった。信仰という曖昧なものが確固たる力に変わるのを感じ、皆の表情に英気が(みなぎ)る。


「――が、残念ながら全てが幸福に繋がるかは分かりません」


 少しだけ嫌な予感が走る。


「病を患い長く生きることは……人から変異していくことと同意なのです。貴女方が病を患ったとしましょう。先ず皮膚が脆くなり肌が青黒くなります」

「そのくらい我慢できるわ。お化粧すれば良いんですから!」


 震える声で誰かが反論すると其処彼処で笑いが起きる。司教は怒りもせず少しだけ微笑んだ。

 マリーは逆に、その笑顔に少しだけ恐怖した。

 私達のなけなしの勇気、何とか笑顔を作る使命感と矜持。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 そう言われているように思えた。


「肌が黒くなるだけではありません。ゾンビ化が進みます。人から人ではないものに変異していきます」


 ゾンビという言葉は聞き馴染みがあった。皆が絵本で読まされた怖い怖い『死の都シュルナイテ』の話。一晩で街の人々全員が徘徊する屍に変わってしまった悲劇の街。


「ゾンビ化が進むと死ぬことはありません。だけど人に戻ることも絶対にありません。感染をばら撒きながら徐々に考えることもできなくなります」

「そんな……信仰心が高い方が結果的に恐ろしいことに……」


 自分達が戦いを挑む敵の恐ろしさに、今更ながらに震える修道女達。暫く病魔の話ばかり聞かされて気分の悪くなるものも出始めたところで、今度は彼女達の頼もしい同胞であり、畏敬の念を抱かせる存在である閃光騎士団の役目に話は変わっていた。


「彼女達……閃光騎士団も貴女方と同じく、伝統的に女性ばかりなんですよ。ナイアルス公国のうら若き乙女達が代々就任しています」


 同じ若い女性達が頑張っている。それは何か勇気のようなものを感じることができた。立場は違えど目的は同じ。明確に()()()と誇れる存在だと思えた。


「貴女達も知っている()()替え歌の通り、早ければ感染五日で彼女達は派遣されます。そして感染七日後から浄化任務を開始します。但し、歌わないように気を付けてください。彼女達は替え歌を快くは思っていないですからね」

「歌いませんよ。喧嘩したくはないですからね。逆に褒めちぎってあげます!」


 誰かが軽口を叩いたので、少しだけ笑いが上がった。

 そりゃそうよね。自分たちを馬鹿にするような替え歌を歌っていたら、流血沙汰も辞さないわよ!

 その時、マリーの少し前に座っている修道女が素朴に質問した。


「もし我々が、えーっと、街の中で『七日遅れる者』に会ったら、どんな挨拶をしたら良いんですか?」

「そんなのなんでも良いわよ。『こんにちは』は世界共通よ」


 閃光騎士団を仇名で呼んだのは侮蔑ではなく親しみを込めてだと皆が理解した。司教もそれは理解できたのか微笑んでくれたが、少し沈黙してしまう。


 マリーには、その沈黙の意味が分からなかった。不吉な予感がよぎった時、司教が口を開き始めた。


「彼女たちの役目は感染者の死体、またゾンビ化した死体の処理となります」


 そこまで聞いたところでマリーは沈黙の意味を理解してしまった。


――ゾンビ化した死体……私達の成れの果て


「はい。だから感染しないこと、感染したら適切に治療すること、そして……どうしようもなくなった時は……あなた達の真の同胞と言える彼女達『閃光騎士団』に自らの身を任せるしかないのです」


 沈黙が場を支配する。『ミスしたら静かに殺されなさい』と告げられているのだ。


「その時を迎えてしまったら…………祈りなさい。あなた達には祈る事しか出来ません」


 その日の講義はそこで終了となった。

★一人称バージョン 2/16★

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