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第四十八話【四日目】そっと目を瞑るように④

◆◆


 サベイル城塞都市の公共の水場で特別救護隊の二人、マリーとヴィルマが洗濯をしていた。二人は信仰心が特別厚く、隊長と副隊長として数年来を同じ部隊で厳しい任務にあたっていた。


「今日で七日目、やはり……今回が私達の最後の任務ですね」

「……ゴメンね、ヴィルマ。せめて貴女に休暇を取らせたかったわ。ここ一年ほど休み、無かったでしょ?」

「ふふふ、良いのよ。貴女と一緒で休んでも気になって教会に来ちゃうだけだから」


 手を動かしながら、二人で微笑み合う。


「それにしても……パスカーレにこんなに近い街なのに魔導薬が支給されないなんて想像できなかったわ」

「そうね……あの日の決断、間違いだったのかな」

「違うわ! そんなこと言ってはダメよ。『天使のマリー』の名が廃るわよ」

「私は天使じゃ無いわ。天使様に命を助けられただけよ」


 マリーの横顔をそっと見つめるヴィルマ。

 疲れているからか、余計に儚く、それこそ天使の御使のように消えてしまいそうに見える。


「マリー、貴女に助けられた人達は皆が天使と呼ぶわ。今回だって、この街の人々以外は天使と呼んでくれるわ」

「感染を拡大させない事には成功したから? そうね……パスカーレの人々からは天使に思えるかもしれないわね。結果的にこの街の人達や隊員を騙す事になってしまったけど」

「騙すって……でもそうかもね。私達は覚悟していたから良いかもしれない。他の隊員を巻き込んでしまった事が本当に辛いわ……」


 少し押しだまる二人。突然マリーが少しだけ楽しそうに吹き出した。


「ふふふ、それにしても、講義で習った通りに体調がすこぶる良いのは怖いわね」

「私達二人は一桁支部上がりよ。信仰の厚さは自負できるもの。ふふ、確かに今なら寝ずに連勤出来そうね」

「あはは、アンナやミーシャに怒られるわ。『私達を殺す気?』ってね」


 楽しそうな雰囲気から二人同時に悲しみが漏れ出してきた。


「アンナもミーシャも昨日から体に痛みが出始めてる。あの子達は修道院出じゃないから信仰心が特別高いわけじゃないわ」

「あの二人は臨時の救護員だから。街に入って三日目位でやたら元気だったから心配してたんだけど……」

「七日目よ。今日あたりから信仰心の深さで生き死にが大きく変わってくるでしょうね」

「えぇ、新人のアンナや職業意識の高いミーシャがまず倒れたわ。あの子達は……多分……今日明日が山のはず」

「多分ね。全身の皮膚から出血が始まってた……」


 同じチームの子が死んでいくのは何度経験しても辛い。言わなくても二人の心は同じだった。


「……さて、私はもう一度宿舎を見てくるわ。自警団の動きも気になるから、マリー、後で見に行きましょう」

「そうね。こっちの洗濯ももう終わるわ。あの子達の最後の衣装くらいは真っ白にしてあげたいの。終わったら宿舎で。一緒に自警団の所に行きましょう」


 ヴィルマはマリーを残して小走りで宿舎に向かっていった。話し相手がいなくなり、周りの音に耳を傾ける。

 生活する音が何も聞こえてこない。微かに聞こえる喧騒は遠く、今だけは静かな穏やかな時間。まるで街から離れた森にでも居るかのようだ。


「ふふ、最後の瞬間は穏やかに迎えたいわね……」


 マリーは一人歌を唄いながら洗濯を続けている。花畑でピクニックをしているように穏やかに歌を唄いながら。


「五日遅れてやってくる……七日遅れて仕事する……」


 何気無く手の甲を軽く掻くと血が滲んできた。それをじっと見た後、表情を変えずにまた唄い始めた。


「七日遅れて仕事する……腰の鉈しか振れません……」


 歌いながら一人想いに耽る。


 砂漠のキャンプで一人深夜に見た、零れ落ちるほどに瞬く星達。


 雪山行軍で吹雪が止んだ一瞬の静寂の中のただ白い世界。


 そして、燃え盛る街と人々、焼ける私の服、遠くの悲鳴と近くで何かが崩れ落ちる轟音、それらが全て真っ白の()になった時、貴女は現れた。

 儚げな、哀しげな、美しい、私の天使が優しく微笑んでいる。


『マリー。貴女は生きて……』


 ふと、怒声と悲鳴が混じった喧騒が耳に入り我に返った。


「一体何の騒ぎなの……」


 静かな最期が良いな……賑やかなのは嫌いじゃないけど、雪山でそっと目を瞑るように死にたい。


「ふふ、それは無理かな……」


 立ち上がって声のする方に駆け出した。


◆◆


「あぁ、民よ、民達よ、パスカーレに向かうのだ!」


 自警団がパスカーレに向かうと街を行進していた。率いているのは街でも信仰心の厚さで有名な司教だ。ヴィルマが数名の修道女と共に説得している。


「栄光のパスカーレに。神の使徒となった我々が向かうのはパスカーレ以外にあらず。ただ、パスカーレに向かえ!」

「ダメです! パスカーレに病を持ち込んではいけない!」

「黙れ! これは福音なのだ。私の身体は死なず、神に近づいている! これが何よりの証拠! さぁ、パスカーレに――」

「――違います! あなたの身体は『ゾンビ』と化しているのです! さぁ、教会へ行きましょう、共に祈りましょう」


 突然にヴィルマが背後から蹴られ、地面に倒れ込む。


「あぁ、何を……」


 そこには街の若者達が居た。包帯を全身に巻き、そこからは赤黒い血が滲んでいる。


「こんな身体じゃあもうダメだ。パスカーレに行って隠された薬を奪うしかない!」

「あぁ、必ず薬を隠し持っているはずだ。どうせ死ぬなら、最後のチャンスに賭けようぜ! 行くぞー!」


 そこには赤黒い血が滲んだ包帯で顔をグルグルに巻かれ、片目だけを出しているアンナもいた。僅かに見える瞳には狂気が宿っている。


「はぁはぁ、死にたくない、死にたくないの! 薬、薬、薬ーっ! は、早く、薬をよこしなさい!」


(あぁ、アンナ……なんてこと)


 マリーがヴィルマに駆け寄り抱きかかえた。

 街の人々は皆、正気を失いかけている。


(恐慌だ……こうならないように私達が頑張ったのに)


 そこに司教が朗々と演説を始めた。


「腐敗した教会の言うことなど聞いて何になる! 民どもよ、パスカーレに向かえ! 民どもよ、薬を奪え! 民どもよ、共にパスカーレへ行こう! 教皇や枢機卿の為の特別な薬が大教会に隠されているぞ!」

「やめなさい! まずはいつもの教会に向かいましょう。そこで神に祈りましょう」

「無意味だ! 薬が無ければ確実に死ぬ。いや、既に七日経ったのだ。特別な薬を奪うしか死を免れることは出来ぬぞ! そうだ、愚民共よ、お前らでパスカーレに破滅を(もたら)せ! 死を振り撒き、世界に絶望を齎すのだ!」


 演説の途中から表情には醜い笑顔が浮かび、声色も邪悪でドス黒いものに変わっていた。


「な、何を言っているんですか! フレドリク司教、どうしたんですか? いつもの思慮深さは何処に……」

「五月蝿い小娘。この()()()()()()様に話し掛けるなど恐れ多いとは思わんのか」

「あ、あなたは……誰なのですか?」

★一人称バージョン 2/16★

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