第四十七話【四日目】そっと目を瞑るように③
◇◇
暫くすると外からナッシュの声が響いてきた。
「我々の最後の任務だ。オレ達がこの街に来たのは恐らく感染二日目以降だろう。噂しか聞いた事の無かったクソ野郎達『ミクトーラン』が暴れたからか、この街は既に死んでいた」
リアとシャーリーもテントからそっと出て男達を後ろから眺める。街の外周や城門に配置された者達を除く百名余りなのだろう。ナッシュの前で整列して声を聞いている。
「心残りは可愛いマリー隊の皆だけでも、この地獄から出してやりたかった。お前らも想像してたろ? 嬉し涙で抱きついてくる可愛い子ちゃん達をよっ!」
隊員達から笑いが起きる。
「勿体無い! こんな事なら色々楽しんでおけば良かったぜ」
「修道女様に手を出したら地獄行きだぞ!」
「おいおい、既に地獄だろ! はははっ!」
こんな時にでも冗談を言い合う様は、何とも芝居がかった様子で正直見ていて痛々しい。思わず目を背けてしまう。
「よーし、昨日話した通りだ! 一人当たり百人はノルマだぞ。ここでお前らに最新の情報だ! 武装した自警団は二千人ほどに膨れ上がったらしい。今日にも城門を突破しようと動いているらしいぞ。これを止めるのが今日のメインディッシュだ! 終わったら自殺でも何でもすれば良い。騎士ごっこを止めて田舎に帰るのも良い。全員、ノルマは果たせよっ!」
ナッシュの言葉に口笛や笑い声で返し、剣や槍を持ち始めた。隣にいる副官らしき男も叫んでいる。
「皆、すまない。ここにいる二万人をパスカーレに行かせる訳にはいかない。『恐れずただ敵を見ろ』だ。お前らーっ! 役目を果たし世界から祈りを貰うぞ!」
「おぉーうっ!」
一斉に男達が叫びながら武器を取り、三箇所の城門に向かって歩き始めた。
「ナッシュ隊長、英雄まっしぐらだな」
「はっ! 教会のスケープゴートにされて大犯罪者集団になってるかもよ」
「どっちでも良い。妻と子供はパスカーレにいるんだ。コイツらを街にやる訳にはいかない」
「まぁ……そうだな。やるしか……ないか」
男達の覚悟が聞こえてくる。
両手で顔を押さえ嘆きながら呟くことしかできない。
「二千人の自警団? 百人で立ち向かう? それでは唯の自殺よ……」
シャーリーも少なからず動揺しているが彼らをまっすぐ見つめている。こんなことを何度も経験しているのかもしない。
「……彼等の宿命よ。騎士になった時に覚悟している筈だわ」
「シャーリー、わたし、どうしたら良いの? 二択なのよ。わたしが術式を使えば百人は生き残る。わたしが術式を使わなければ百人は死ぬ」
呆然とシャーリーを見つめながら、今、口に出した自らの苛烈な選択を止めて欲しいと切に願う。
「ダメよ! その選択肢ではリアは一つしか選べない。彼等の宿命よ!」
しかし、もう決まっている。
「宿命……そうよ。わたしも同じ……血の宿命。」
力無くシャーリーを振り払い数歩前に出た。
「リア! そんな……」
じゃあ……わたしがやるしか無いの?
無理よ! 助けて! 助けて! 責任?
そんな……宿命……そんな……そんな……助けて!
何故わたしが……何故わたしが……こんな事を!
『ならば男達を殺すのか?』
違う! 何故わたしが?
『ならば男達を殺すのか?』
無理よ! まだ生きようとしている人達をわたし一人で殺すの?
『ならば男達は死ぬのだろう』
「いやーーーっ!」
「リア!」
わたしの前に走り込んで両手を握ってくれるシャーリー。でももう遅い。心配する親友を払い除け術式を唱える。
「我に天使の優しさと強さを与え給え。仮面が隠す精神に天使の力を借りて閉幕の舞踏が今始まる」
もう『天使の仮面』を使うわ。後の事は分からない。わたしは『天使の仮面』に縋る。
「我は天使の仮面を被り、天使に成り代わりて、地上に安寧の楽園を作り給う」
祈りが進むにつれて不安や悲しみが消えていく。そして強烈な使命感のみが身体を突き動かす。
「風の使者、壁に風を加えて、風に力を、力に清浄を、清浄に希望を、壁の中に永遠の国を、我の前に二千四百六十八枚の壁を、壁の外に永久の清浄を、我等に与えられよう」
術式と共に膨大な数の見えない壁が全長十二キロの城壁を囲んだ。
「リア! お願い、戻って!」
そしてわたしは閉じられた城門に向かう。その一歩一歩はあたかも中空に存在する階段を登るようにわたしを空へと運ぶ。
「あなたが全てを背負う必要は無いのよ!」
シャーリーの必死の叫びは既にこの身には届かない。『天使の仮面』の術式は術者を宙に昇らせ天からの使者を演じさせる。
そしてわたしは全てを灰にする為に街に入る。
◆◆
丁度その頃、教会騎士達が街の中に入ろうとしていたが、空気の壁に阻まれて既に入ることは出来なかった。
「何が起きた! 何故入れない?」
「分かりません。街に入れない、と言うこと以外分かりません。透明な壁みたいな『何か』に阻まれています」
慌てる騎士達だったが、一人の隊員が叫んだ。
「隊長! あれ見て下さい!」
先ほどの少女が黄金色に光る髪を緩やかに靡かせながら宙を歩いている。呆然と眺めていると城門の上を通って街に入っていった。
「……ま、まさか……あの嬢ちゃん……なのか?」
★一人称バージョン 2/16★




