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第四十三話【四日目】七日遅れの姫君⑤

「……どう言う事? 百七十八年と言えばミクトーランに傭兵が差し向けられた年よね。それに怒ったミクトーランはイェーレを殺害して逃亡……と記憶しているわ」


 シャーリーの声が動揺しているのか少し震えて聞こえる。


「ごく少数の者しか知らない事実だ。マリータ教の恥ずべき歴史だよ。枢機卿にならねばこの事実は知らされない」


 部屋の中を見渡すと、語る教皇と元教皇以外は全員俯いていた。


「カーディン家にも、その後に設立された閃光騎士団にも秘密は徹底されたのだ」

「何故……」

「イェーレが病と薬を発明した記録がある。教会術式を創り出した時に見つけた法則を使ったと言われている」


 誰も何も話さないことを確認すると、教皇が一人続けた。


「傭兵を返り討ちにしたイェーレは、そのままシュルナイテの街を滅ぼした。そこからはミクトーランを名乗ったと。そして百八十年にサード・カーディンに討たれた。そこまでは事実のはずだ」

「イェーレはミクトーラン……サードはイェーレを……アレが、あの悪魔がイェーレ卿?」


 まだ信じられないといった様子のシャーリー。


「だが、突如としてミクトーランと言う名前が暗躍し始めた。これが何なのかが分からないのだよ」

「分からないって……」

「教会も色々と調べたのだ。身内の恥だからな! 表に出せない様な手段で責問もしたと聞く。だが誰も何も語らなかった。ミクトーランを名乗った者は全て記憶を失っていた。そうこうしている内に教会のいたるところでミクトーランという名を聞くようになった。そこで、その名を語ることを禁忌としたのだ。結果的には存在を隠してしまっただけかもしれない」


 机の上で拳を震わせ項垂れる教皇。


「我々も、どうしたら良いか分からないのだ」


 教皇の懺悔が終わっても、誰も何も喋り出すことはできなかった。重たい静寂が教皇室に充満する中、突然枢機卿の一人が立ち上がり周りを蛇のような目で見回した。


「折角に聖職者気分を味わっていたのに……」


 ほんの少し前に発言した時の穏やかな聖職者という雰囲気とは真逆な態度で喋り始めた。


「ギュンター枢機卿……な、何を言って……」

「ミクトーランという名前は口に出す事さえ禁忌と決めたのはお前らだろう。秘密一つ守れないとはな。ははは。罰を与えよう」

「座りなさい! どうしたギュンター?」


 周りの声を無視して楽しそうに自らの懐を探る男。

 そこから出てきたのは、この世界の法則を無視するような高密度で固められた魔力の塊だった。


「貴様っ……な、何だそれは! な、何を……何をするつもりだ!」


 見惚れるように掌の上の光り輝く塊を眺めるギュンターと呼ばれた男。塊からは微かに甲高く不快な音が鳴っている。


「ははは、何をするか……なんて決まってるじゃないですか?」


 愉快そうに呟くと笑顔のまま塊をテーブルに投げ捨て叫んだ。

 

「全員ここで死ねっ!」


 刹那に掌ほどの塊は爆発的に膨張し天井に触れるほどの大きさに膨れ上がった。


「させるかっ!」


 皆が呆然とする中、反射的に両手を向けて魔力で塊を全力で押さえつけた。しかし、バスケットボール程度の大きさまで縮むが形が安定しない。

 凶々しく蠢いている。

 ここで『白の魔剣』なら魔力を霧散できるのに、と親友を睨みつけるが未だに呆然としていた。


「シャーーリーっ!」


 取り敢えず怒鳴りつける。

 大丈夫、必ず間に合う、間に合わせてくれるっ!


 反応が思いっきり遅れたシャーリーだが、魔剣を抜いたかと思うと居合切りのようにそのまま魔力の塊を斬りつけた。すると、裂かれた箇所からあっさり霧散していった。


「ふーっ焦った。リア、ありがと」

「シャーリー遅いっ! ぼーっとしてたでしょ。もーっ……」

「ちょっと混乱してて……」

「しっかりしなさい!」


 親友に悪態を吐きながら、跪いて床に落ちた剣を拾いそのまま抜き放った。


「カーディン家の魔剣か……抜かったわ。まあ良い、もはや最後だ、『私の力』に怯えるが良い。そこで大人しく破滅を味わえ!」


 そこまで喋るとスイッチが切れた様に枢機卿から悪意が消えた。騒ぎに気付き教会騎士達が雪崩れ込んできて豹変していた枢機卿を取り押さえる。やはり自分が何をしたか覚えていない様子だ。

 他に若い司教も慌てて入ってきた。教皇に何かを伝えると教皇の顔が青くなっていく。何か悪い知らせでもあったんだろう。


 それにしても……やはりあの感じ、トカゲ、カラス、パトリシアさん、全部同じ悪意に思える。七歳の時のトカゲからずっと同じよ。しかし、何が『私の力』よ……えっらそーに。トカゲの時は『神の力』に頼るとか言ってた癖に……って……。


「あれっ?」


 あっ。ヤバい。ピンって来ちゃった。


「どうしたの?」

「……いや、何でも……ないわ。シャーリー、行きましょう」


 そうよ。多分そうだわ。こうなりゃ急がないと……って何処に急げば良いの?

 扉に手を掛け出て行こうとする手を止めて、振り向き様に問い掛ける。


「……最後に一つ教えて。『神の力』は今、何処にあるの?」


 混乱の中、もう良い加減にしてくれ、という声色を隠そうともせず一人の若い枢機卿が答えてくれた。


「マリタ・ホープのことか? あれはシュルナイテにあるはずだ……そうだよ、今は所在知れずだ!」

「ありがとうございます」


 殊勝に頭を下げてからシャーリーを引っ張って部屋を出ると小走りで出口を目指す。


「神の力?」

「ここを出たら話すわ」

「で、どうするの?」

「まずサベイルに向かう」

「向かってどうするの?」

「いっ、行ってから考えるのっ‼︎ むーっ、あっ……ゴメン」


 シャーリーに強めにあたる、が八つ当たりだと思い直し小声で謝る。

 うーん、混乱してきた。


「あーっ、もーっ……急に色々あり過ぎて、何か分かんなくなってきた」


 パッとシャーリーの方を向く。


「ねぇ、どうしよう? どうしたら良いと思う? 」

「私も……まだ……情報が整理出来なくて……」


 右に左にとウロウロしながらボソボソ呟いている。


「私にとっても今回の事態は初めてなの。正直、世界を救う英雄に嘘を付く人なんてあまり居ないの。そりゃ、悪巧みを考える人は居たわよ。でも、そんなのは直ぐに看破できてたし……」


 辛うじて歩くシャーリーと共に出口を目指す。

 既に噂が飛び交ったのが、少なくない人達がわたし達の様子を遠巻きで伺っている。


「頭の中で既に常識になっていた事柄がたった今ひっくり返ったの! 少し……少し、時間が欲しい……」


 教会の建物から出た所でフラフラしているシャーリーを眺めていたら、いつの間にか周りを顔馴染みの女の子達に取り囲まれていた。シャーリーを見ると、同様に数名の女の子に囲まれている。

 どちらの集団も声を掛けあぐねている様子だったけど、意を決して最初に声を掛けたのはシャーリーの方を向いた女の子だった。


「シャーリー様、もう会えないのですか?」


 うわっ、何あのスゴイ美人! ミスコンに出たら絶対優勝ね。


「アストリッド……」

★一人称バージョン 2/10★

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