第四十二話【四日目】七日遅れの姫君④
やはり……。
何も言えずに俯いて黙っていると、周りの男達が騒ぎ始めた。
「な、何故そんなに少ないのです?」
「日々魔導薬の作成に精を出す修道士はパスカーレだけでも千人は居る筈だ!」
「在庫は最低でも五千は残す決まりはどうした!」
若い枢機卿が突然立ち上がった。
「どうしようもなかったんです! ここ数日だけで七カ所の大規模感染が確認されました。全て合わせれば八千人分の薬が必要だった……」
絶望的な状況の報告に皆がまた言葉を失う。
「六千しか準備出来なかった……二千人には薬を渡すこともできなかった……それが昨晩の話なんです」
隣に座る司教が緊張した面持ちで報告を始めた。
「サベイルには残りの在庫全てを渡します。全力で生成もしています。守護騎士は元より特別救護隊も街に入っているらしい。せめて彼女達だけでも助けたい……」
すると、また騒ぎ出す男達。
「薬も無いのに入れたのか!」
「誰の責任で派遣を決めたのだ!」
まるで他人事のような話振り。
「不幸中の幸いでした。救護活動の帰りに偶々通りかかって救護に入る事を決めてくれました」
一人の枢機卿が涙を流しながら必死に説明する。
「彼女達が活動を開始しなければ暴動が起きていたでしょう。それが三日前の話と聞いております。守護騎士は五日経過した者もいるはずです。既に助からない者もいると思い――」
「――誰の判断で入れた! 救護職総督、貴方の判断ですか?」
くだらないセリフで言葉を遮る周りの枢機卿。
「現場だよ。我々は指示しておらん。報告も無い。全く勝手な……」
「誰が責任を取ると言うんだ!」
「勝手に動いたのであれば我々に責任などあるはずがない」
「近くにパスカーレ直属の教会騎士二百名が演習をしていた筈。帰還が遅れていると報告を受けている。まさか関わっていないだろうな? 責任取れんぞ! 無駄に中に入れるような……」
また責任。そんなことが今、何の役に立つ!
突如湧いたのは激しい怒りだった。俯いたまま剣を激しく床に打ち付ける。
大理石の床が少し砕けたのか甲高い音がした。
「派閥争いなど後でやれっ! お前らが知っている情報を全てここに並べろ!」
一瞬の沈黙の後、一斉に非難の声が上がった。
「失礼な! 何が派閥争いか! 責任を明確にしているだけだ」
「お前はさっきから偉そうな! 誰だ! ナイアルス公国には正式に抗議してやる。名前を名乗れ!」
一人は立ち上がってから指を刺して怒鳴っている。
ふん……部外者に攻撃するのはやり易そうだな。
顔をゆっくり上げるとその男を見ながら叫んだ。
「名前が知りたいか。わたしの名はナイアルス公国第十一期閃光騎士団筆頭騎士リア・パーティスだ! 文句が有れば本国に手紙でも書いていろ!」
すると、ざわっと色めき立つ男達。
「閃光の筆頭だと……七日遅れの姫君……なのか」
「で、では閃光騎士団の本隊が動いているのか!」
筆頭騎士が居るならば部隊も持って来ていると想像したらしい。
「わたし一人で単独任務中だ。残念ながら本隊とは連動していない」
答えてやると、また沈黙が支配した。
立ち上がったままの枢機卿は溜飲下がらずシャーリーへ矛先を向けた。
「だ、大体からして、横のお前は誰なんだ! 何をして……ま、まさか……その紋章は、もしや……」
「私はシャーリー・フィフス・カーディンです」
やる気無さそうに答えてる。
シャーリー言い争い嫌いだもんね。でも、壁にもたれたままだから、良い感じに態度悪くてステキよ。
「ま、まさか……カーディン家の者まで気づいているのか……」
立ち上がった枢機卿が力無く椅子に座り込んだ。それを見て再度尋ねる。
「もう一度尋ねさせて貰う。ミクトーランとは誰だ」
「知らん」
「語れぬ」
まだ、何かを隠し立てするのか?
まだ、事態を解決するつもりは無いというのか?
まだ、人が死に続けるのを見て見ぬフリをするのか!
締め切られた部屋の中、自分の髪の毛が風に揺れるのを感じた。
右手を部屋の奥の扉に向ける。
「誰も喋らないなら……先ずはこの部屋の風通しを良くしてやろう!」
重厚なドアを魔導で吹き飛ばした。枢機卿達は驚きで言葉も出ない。
「勝手に確認する!」
ドアに向かって歩き始める。
すると、一人の司教が立ち上がりながら教皇の方を向いて訴えかけ始めた。
「シド……どうやら真実を語る時が来たようだな」
「だ、黙れ! し、司教如きが偉そうに意見をするなっ!」
如何にも壮年といった感じの枢機卿が震える声で叫んでいる。自らの組織の上下だけでも守らないと大事な何かが壊れてしまうと怯えている感じだ。
そこに柔らかな声が教皇から掛かった。
「この方はもと教皇だよ。秘密主義に反対して三日で退任したお方だ」
「な……そんな、元教皇ともあろうお方が……」
シャーリーも少し驚いている。知ってる人なのかな?
「早く彼女達に説明しなさい。出来ぬのなら私が――」
「――いや、私から話そう」
教皇シドの言葉に諦めのような空気が漂い始める。腰を浮かしていた者も椅子に座り直し教皇の話を待つようだ。場の雰囲気が緊張したものに変わった。
やっとか……早くしてよね。
ため息を吐いてから教皇が話し始めるのを待った。
「赤熱死病の特効薬を生み出したイェーレは百七十八年に殺された。その犯人がミクトーランだったと言われている。その男が病気を広める方法を考案してシュルナイテを実験場にして街の住民を全て殺害した。結果的に貴女の組織とサードに狩られた、と聞く」
ふと違和感だけ感じた。
部屋の中の空気が諦め、と言うよりは落ち着きを取り戻したものに変わっている?
「だが、その行為に共感したものが病気を広めていると思われる。人と言う種を抹殺したいのだよ、彼等は……それがミクトーランという組織だ。全貌は全く掴めていない」
組織?
直感は『違う』だった。わたしは一人の意思しか感じなかった。
少しの沈黙の後、シャーリーが問いかけた。
「やはりそうだったのね。他にミクトーランに繋がる情報は無いの?」
「殆ど分かっていないが、分かる情報を――」
「――待って……」
問い掛けを遮って教皇の方を見つめる。
「それは……それは本当なの?」
ただシドと呼ばれる男の顔を見る。すると、目を背けてしまった。
「わたしはミクトーランは一人……そう、一人だと思う。複数で同時に現れた……わたしの前にも三回現れた。でも……人の心を失くした様な存在が、そんなに居る訳が無いと思う……いや、思いたい」
心の中の言葉をただ紡ぎ出す。
「自分の幸せを守る為、小狡いことをする人は確かにいる。でも、自らの平穏すら代償に多くの人に死を運ぶ者など大勢居てたまるものですか!」
そっと涙が溢れて来くる。
「ねぇ、わたしには信じられない。人が人そのものを憎む。そんな人が過去から今に至るまで大勢いるなんて。そんなの……あまりにも悲しいわ」
部屋の中を沈黙が支配する。暫くして最初に声を出したのは、またもや教皇シドだった。
「嘘を重ねても……ということなのか」
一言だけ呟くと俯いてしまった。暫くすると元教皇が歩み寄り教皇の肩に手を置いた。
「そうだ。閃光騎士団とカーディン家まで欺いて何を守るというのか。人の命より大事なものなど我々の教義にもあるまい……」
教皇は静かに頷いてから元教皇に視線を合わす。
「私は貴方の行いを尊敬していました。思わず当時の敬愛が蘇りましたよ。それと共に……私達が今、何をすべきか、顕になりました」
部屋の中を見回す教皇。
「枢機卿を経験していない司教はこの部屋から出なさい。この部屋に決して人を近づかせない様にして下さい。君達の信仰に疑念を植えてはいけないのでね」
優しい声で部屋の司教達に伝える。しかし反論は一切認めないという空気を感じ取り、司教達は退出していった。全員出たことを確認すると、わたし達に向き直し語り始めた。
「ヤツを抹殺するため、傭兵を差し向けたが返り討ちにあった」
言葉に詰まり逡巡する教皇だが観念した様に続けた。
「百七十八年の事だ。殺害対象はイェーレと記録が残っている」
★一人称バージョン 2/10★




