第四十一話【四日目】七日遅れの姫君③
◇◇
二人とも教会内に入る前に腰の剣を手に持ち直した。攻撃の意思は無い、という意思表示だ。混乱する教会内は廊下も人混みで溢れかえっていた。床が石造りなので靴底のスパイクがカツカツと小気味良く音を立てる。鎧の接合部、手に持つ剣の金具、これらがカシャカシャと音を立てる。
この音が聞こえると、皆が此方を見る。
明らかに嫌悪する者。
憧れの眼差しを向ける者。
興味本位でジロジロと遠慮無い視線を向ける者。
しかし、皆が道を空けてくれる。
だから前しか見ない。シャーリーと会話する時も視線は前に向けている。周りの人達の瞳の中は決して覗かない。もし、畏敬の念や恐怖の顔色、威張り散らすわたしが見えてしまったら、どんな顔をしたら良いか分からない。
「ナイアルスです! 通ります!」
だから精一杯声を張り上げる。
わたしの軍装で怯えさせて道を開けるのではなく、わたしの声でお願いして道を避けてもらう。
「……通して下さいね……」
横からは小さな声が聞こえてくる。世界一目立つ服装を着といて……。
少しだけイラッとするけど、なんか安心するわ。
◇◇
教皇室の前には数名の教会騎士が警備しているのが見える。わたし達の噂を聞きつけてか、一人がこちらに駆け寄って来た。
「御苦労様です。謁見室にてお待ち下さい」
無視して歩みを止めずにいると、後ろ歩きになってどうにか止めようとしている。そのまま教皇室に入ろうとドアノブに手を掛けようとすると、慌てて他の騎士がドアの前に立ちはだかった。
「謁見室にてお待ち下さい。重要な会議の最中で誰も入れぬように強く言付されております」
「教会騎士ならナイアルスとの盟約、分かるな?」
無言で睨みつけると諦めたように扉の前から退いてくれた。
「お、お待ち下さい!」
横の騎士からは声が掛かるが構わず扉を開けて中に入る。
「ナイアルスです。サベイルの情報を教えて下さい!」
一斉に視線が集まる。手前に座る枢機卿の一人は声を荒げた。
「失敬だぞ。教皇会議に立ち入るとは誰だ!」
すかさず更に大きな声で最も上座に座っている男に返す。
「ナイアルスと言っている。盟約を忘れたとは言わせんぞ!」
閃光騎士団には赤熱死病についての全ての情報を出来る限り迅速に共有しなければならない。これは鉄の掟だ。互いの信頼に基づき其々の命を懸けて協力し合う事で感染の拡大を抑えている事は、この部屋にいる者達には周知の事実だ。
「サベイルの情報など、まだ何も無い。外で待っておれ」
枢機卿の一人が如何にも適当な感じで呟いた。リアは暫し不機嫌そうに沈黙した後、剣の柄の先を両手で持ち剣先を床に打ち付けた。甲高い音が部屋に響き注目が集まる。
「では、感染状況は現地で勝手に確認させて貰う。次の質問だ。『ミクトーラン』について知っている事を全て教えて貰いたい」
名前を出した瞬間に数名が立ち上がる。
「その名前……一体どこで聞いた! 何故お前にそんな事を!」
「この場でわざわざそんな名前を出すなど非常識甚だしい! ナイアルスの小娘、無礼過ぎるぞ!」
ざわざわと騒ぐ室内。大声を出す者、項垂れる者、混乱が部屋を支配する。もう一度剣を強く床に打ち付け怒鳴り散らす枢機卿達を黙らせた。
「そんなやりとりをしている暇が何処にある! 教えてください。ミクトーランとは何なんですか!」
混乱から耳が痛いほどの静寂。
ふと思い出すのは教室で先生が怒り出した時ね。
怒り心頭の教師を思い浮かべながら静寂に耐えていると、奥に座っている如何にも偉そうな人が立ち上がった。
「まず、サベイルについて我々が知っている情報を共有しよう。盟約に基づいて、この教皇である私、シドから説明させて貰おう」
「シド……まだ、その風習やってたの?」
呆れた声を出すシャーリー。注目を浴びていることに気づくと小さくなった。何やってんだか……。
「百五十年という長い歴史ですから。歴代の教皇は名誉あるシドの名を受け継ぎます」
「……」
へー……この人も名前を受け継ぐのね、
隣の親友みたいなのも多いのかしら。とりあえず、仁王立ちは崩さないわよ。
「サベイルの街で突如、多発的に感染の報告がありました。感染が発見された時点で封じ込めの為、城郭の門は全て封じられています。だから、他には感染者が拡がっていない事は確認出来ています……」
ここで教皇の顔を見る若い枢機卿。教皇が頷くのを確認すると少し声を震わせながら続けた。
「か、感染の報告があってから、今日で恐らく五日は経過しています。感染の疑いのある住民は……に、二万人を超えると報告を受けております。流石に大袈裟に言っているとは思いますが……」
二万……聞いたことが無い!
最初期の大規模感染と言われるシュルナイテと同等の規模?
唇の端を噛んで叫ぶのを堪える。
しかし、わたしを見ている場合じゃないらしい。この情報はこの場でも伏せられていた様で其々一斉に騒ぎ始めた。
「二万人だと! 住人の半分以上が感染だと?」
「何故五日も経っているのだ! 守護騎士も配置されていただろっ!」
「歩いて半日……もうパスカーレで感染が始まっているんじゃないのか? おいっ、隠しているだろ!」
皆の剣幕に若い枢機卿の声が上擦る。
「わ、我々にも分かりません、何故こんな――」
「――この感染拡大は人為的である事が確認された」
教皇が遮るように続けた。全員が一斉に教皇へ視線を向けるが誰からも言葉は出てこない。
声が震えないように自分で問い掛けた。
「証拠はあるのですか。何故そう断定できたんですか」
「同時多発で末期患者が人混みに現れたと報告を受けた。その殆どが何故自分がそこに居るか分からない、と答えている」
「何人位の感染者が現れたんですか」
「百五十人からは数えていない。二百人は居ないと聞いている」
「それがミクトーランの仕業なんですか?」
「分からない。だが我々はミクトーラン達の仕業だと考えている」
気付けば周りの男達はわたしとシドのやり取りを聞くことしかできない。
ふと最悪の想像が頭を過ぎった。あまりに酷い想像で言葉に詰まる。目を瞑り一度だけ深呼吸する。
そして疑問を言葉に出した。
「特効魔導薬は……何人分準備できているのですか」
部屋の中から音が消えた様な静寂。吐き気のする沈黙。皆が教皇が声を出すのをじっと待つ。
「……在庫は五十から百と聞いている」
「か、神よ……」
枢機卿の一人が思わず天に祈った。
★一人称バージョン 2/10★




