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第三十九話【四日目】七日遅れの姫君①

◆◆◆ 一週間前


 城塞都市サベイルの正門前



「じゃあ、私たちに優先して薬を使ってくださいよ」


 マリーはわざと皆に聞こえる様に明るく大きな声で叫ぶとヴィルマがそれに続く。


「お給金もたんまり弾んでもらいますからね!」

「あ、あぁ。約束する。遅くとも二日あれば魔導薬は到着するはずだ」


 守護騎士は後退りながら焦るように答えると、城門の奥に集まっている街の住民の元に走っていった。他の隊員達は、今、休みが無くなったことを知り小声で文句を言う。それ以上誰も何も言わないところを見ると、こんなやり取りはいつもの事なのだろう。


「さぁ、もう一仕事よ。ボーナスだと思って頑張りましょう」

「二ヶ月ぶりの休みだぜ……全く、流石は『天使のマリー』様よね」

「マリーとヴィルマは仕事バカだから良いけど、私達には休みは必要よ!」

「『天使のマリー』の二つ名は伊達じゃないって? やってられないわ……」


 口々に聞こえる様に文句を言う。すると一人の若い隊員が皆に問いかけた。


「マリー隊長、『天使のマリー』って呼ばれてるじゃないですか。何故なんですか?」


 少し皆が黙ると、空気を察した若い隊員は「あっ、良いです……」と小声で呟いたが、マリーと呼ばれた修道女が話し始めた。


「アンナ。私ね、この病気に罹ったことがあるの。十八年前、三歳の時よ。もうダメ、と息も絶え絶えの時、天使様が現れたのよ」


 周りは『あーっ、始まった』と言う感じだ。深刻な空気ではなく、ただ単にマリーの話が面倒なだけだったようだ。目をキラキラさせたマリーは話を続ける。


「天使様は私を救ってくれた、と街の人は皆教えてくれたわ。家族はそこで死んでしまったけど、三歳ほどだった自分が死にかけているのを助けてくれたのよ」


 へー……と頷くことしか出来ない。


「私は天使様にお礼がしたいのよ。天使様、まぁ閃光騎士団の騎士様だったんだけどね……天使様に会えるとしたら特別救護隊に入るしか無いと言われたの。だから、もう一度会えることを励みに勉学に勤しんできたのよ。この教会直属の看護部隊である特別救護隊に勤められる事を心底誇りに思うわ」


 マリーの語りはまだ止まりそうにない。


「騎士団の皆様とは何度も一緒にお仕事できたわ。まぁ、私の天使様には……まだ会えてないけどね」


 寂しい顔で沈黙が数秒続いたが、暫くすると続きが始まった。


「報酬は高いわよね、危険だし。でも、私はね、天使様に会いたいから、まだまだ天使様に恩返しをしたいからこの仕事をしているのよ」

「俺はお給金が高いからやってるだけだぜ」


 背の高いキツめの顔をしたミーシャがマリーの話を止める為に自論で割って入る。


「私は反骨心だけ。沢山の人々を救って名を上げるの。信仰心は勿論あるけど、この危険な仕事を選んだのは私を捨てた家への復讐よ」


 ヴィルマが怖いことを言う。アンナは怯えているが、他の隊員はマリーの時と同じ様に呆れている。こちらも何時も聞かされているのだろう。


「信仰心は大事だけど生きるために必要なものは他に多いわ」

「マリーは特別よ」


 と口々に意見してから皆で笑い合う。ここまでがいつものルーチンらしい。


「さぁ、我がマリー隊は先月も褒賞を勝ち取った隊よ。私達の仕事をしましょう」


 マリーが立ち上がりながら叫ぶと、皆も荷物を手に持ち街に向かって歩き始めた。



◇◇◇ 行方不明の四日目の早朝


 パスカーレ 教会大聖堂


 大聖堂に集まってきた修道士達の会話に耳を傾けると、朝から大きな祈祷が執り行われるので準備に駆り出されたという事が分かってきた。


「サベイルは馬なら半刻ほどの距離だ。そんな所で赤熱死病が大量発生とは……」

「既に状況は悪いと聞く。俺の両親も住んでいるのに……」

「マリータ教の御膝元なら病気も退散する筈ではなかったのか」

「既に街の出入り口は封鎖されているらしいぞ」

「祈祷している場合なのか! 逃げた方が良いのでは……」


 ふーむ……状況が少しだけ見えてきたわね。皆さん突然の話に不安そうで、口々に知っている情報を並べ立ててくれるわ。腰を据えて準備に精を出すなんて……ムリよねー。

 顔を見合わせると近くからコソコソこちらを見ていた純朴そうな修道士を捕まえて話を聞く。


「分からないんです……悪病がサベイルで沢山出た事しか聞かされていません……」


 照れてしまって二人を見る事もできない。それだけ喋ると逃げる様に何処かに行ってしまった。今以上に詳しい話は分かりそうもない。


「緊急事態ね。どうする?」

「……取り敢えず情報が欲しい。シャーリー、もう正面から乗り込むしか無いと思うけど……」


 わたしでも知ってる。『サベイル城塞都市』はこの辺りでも比較的に大きな街で人口は三万程度の筈だ。都市部での感染も勿論今までもあったが感染者が出れば地区ごと隔離されるし、そこから大きな感染に広がることはなかった。深刻な感染状況に陥るのは、どちらかと言うと辺境の村で知識のある者がおらず、気付いた時には手遅れになっている、という場合が多かった。


「サベイルみたいな大きな街で大規模な感染なんて……百年も前の話しか聞いた事無いわ」


 怖い……ただこの状況が怖い。

 現実に思えない。しかし他人事では居られない。

 わたしが怯えるのを見てシャーリーは力強く頷いてくれた。


「分かったわ。教皇室に行きましょう。混乱してるだろうから何とか乗り込んで情報を集めましょう!」

「うん。まず着替えましょうか。着替えたらここに集合ね」


 徐々に明るくなってきた。

 まず自分の部屋に向かって走り出す。


「誰も居ませんように! はい、オッケー」


 個室の前には誰も居なかった。

 すぐに着替えることにする。お風呂が入れないのが残念。気合いが出ないわね。

 ここでピンチ。ローブの着方がいまいち分からない。適当にボタンを止めると、また走って戻ることにした。

 同じ場所まで行くと、既にシャーリーが立っていた。着替えは完璧だ。


「助けてー。ボタンが何か変なのよー」

「よく止められずにここまで来れたわね……」


 よく見るとボタンが互い違いに止まっていたり色々と変な感じ。呆れるシャーリーにボタンのかけ違いを直して貰った。

 しかし、皆さん大慌て。視線すら特に感じなかった。


「着替えなんて誰も気にしてないわ。閃光騎士団も招集されている頃だと思うけど……」

「では行きましょうか」

「よしっ、行こう!」


 思わずシャーリーを置いて駆け出す。


「逆逆! 落ち着いて!」


 しかも逆方向だった。


「シャーリー、道案内お願いよ!」


 今度は順調に教皇室の方に進むことに成功。

 しかし教皇室には近づくことすらできなかった。御付きの修道士が部屋の前にいるだけでは無く、要所要所に教会騎士が配置されていた。一般の修道女など近づくことすら出来なかった。


「参ったわね……どうする? もう強行突破する?」


 珍しくシャーリーが先に過激な事を言い始めた。逆にわたしが諌める側なの?


「騎士と戦う事になると面倒よ。正装に身を包んでいれば教会内は素通りなのに……宿に戻るしか無いかな?」

「そうね。馬が無いから、少し時間が勿体無いけど仕方ないか……」


 宿迄は徒歩だと片道一時間は掛かるわよね。馬や馬車を教会で奪うにしても、騎士と争うしかなくなる。


「途中で調達出来れば二十分ほどで辿り着けるかも知れない」

「分かったわ。最悪もう宿迄の一時間は諦めましょう」


 二人が覚悟したところで馴染みのある馬の鳴き声が聞こえて来た。


「ひひーーーん(お嬢〜! 聞こえる〜〜?)」

「馬の鳴き声……あれ? わたしのアームガード?」


 シャーリーが窓に駆け寄ると正門の方を指を指した。わたしも駆け寄って指が刺された方向を見ると、正門には高価そうな馬車と馬が二頭見えた。

 芦毛(あしげ)はわたしの『アームガード』、鹿毛(かげ)はシャーリーの『トランシェ』だ!


「ルーカス! 流石よ」


 シャーリーが嬉しそうに叫んだ。

★一人称バージョン 2/10★

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