第三十八話【三日目】実は天使の御使なの②
◇◇◇ 皆が寝静まった深夜一の刻
大聖堂の礼拝の間(リアSide)
この大聖堂は観光客向けと皆が話していた。大きな祭事の準備でもない限り一般の修道士や修道女は基本的には立ち入り禁止だ。夕方には一般向けの公開は終わるので、深夜一の刻の大聖堂はこの教会の中で最も人気のない場所となる。
「んふふ、私も聞いたわ。男の子とこっそり逢引きするのに使うんですって!」
「……」
深夜に二人とも自室を抜け出すことに成功して、無事に合流できた。無駄にテンションが高くなっているシャーリーをじっと眺めてみる。
「どうしたの?」
一番大事な人は……ラルス?
アルマの問い掛けが頭の中でリフレインしていた。
「いや……やっぱり、今はシャーリーかなぁ」
「えっ? 何が私なの?」
「えっ……あっ、な、何でもないよ! あー! シャーリーの部屋着だけツヤツヤしてる。何か高級っぽい」
本人を前にして『貴女が一番大事だよ』なんて言えるわけがない。あー、恥ずかしーっ。
とりあえず部屋着を褒めて誤魔化す……っていうかホント、綺麗な生地ね。煽てに乗ってくれたのか胸を反って偉そうな態度を始めた。
「んふふ、リアのも庶民っぽくて可愛いわよ」
「ふんっ! 綿百パーセントは快適よ。そんなことよりそっちはどうなの? 美人に囲まれて楽しそうだったけどー? こっちは、それはもう大変だったんだから!」
あれ?
シャーリーの顔が曇ってきた。うつむきボソボソ何かを言い始めたわよ。
「……六戦五勝一敗よ」
「えっ? なに?」
シャーリー少しキレ気味。
「こっちも大変だったわよ! もうヤダ、女の子から告白されても嬉しくない!」
「あらあら、モテモテエピソードでも聞かせてくれるの? 余裕ねー」
「うるさい。そうでしょ、そうでしょ。婚約者持ちは良いわよね。余裕よねーっ!」
あら? シャーリーの目から涙が溢れてきたわよ。こっちも大変だったけど、シャーリーも色々あったのかしら。既にメソメソ泣いてるし。
「あぁーもーぅ……わかったわよ。同級生だったら紹介できるわよ?」
「えっ?」
「誰がいいかな……そっか。ユーリア共和国のエルヴィンってのが結構美形でお勧めよ」
「……あっ、エルヴィン君? 体育祭の時に一緒に頑張ってくれた子よね?」
「あっ、そうだよ。印象どう?」
「えっ? 真面目で良い子だったけど……恋人目線なんて考えてなかったから……ほら、もう少し詳しく!」
泣いてた割に食い付きが良いな。
「えーっと、今も細マッチョでさわやかイケメンだったわ。エリート街道まっしぐらで皇太子のお付きに抜擢。シャーリーの一歳上かな」
「イケメン……恋人はいなさそうなの?」
モジモジしながら興味津々だな。
しかし、エルヴィンの恋人? んーっと……どうだっけ?
「貴族院の最上級生の時は結構周りの女の子から告白されてたけど、何か全てバッサリ断ってたよ」
「うっ、自信無い……玉砕覚悟はちょっと怖い……」
「まぁ当たって砕けろだって!」
「故郷にかわいい恋人がいるって話だとイヤよ」
「そういうのも込みで告白ってロマンチックで良いのに……しょうがない。それとなく良い人いるかは聞いてみるよ」
飛び切りの笑顔で両手を握ってきた。これを男の子にやれば一撃なのに。
「ありがとう! リア大好きっ!!」
「うん。確かに女の子に告白されても嬉しくは無いな……」
「……うぷぷっ」
「あははっ」
顔を見合わせて二人笑い合う。
「やっぱり親友は良いわね。いつまでも一緒にた……」
ここで言葉を濁すシャーリー。
「……びを、旅をしていたいものだわ」
「そうね……色々片付いたら、また旅にでも出ましょう。平和な旅に」
「んふふ、じゃぁさっきの件は連絡待ってる。また教えて」
「これが落ち着いたらね。あっちはあっちでラルスを追ってるみたいだから」
少し考え込むシャーリー。
「……三角関係?」
ぼそっと呟かれた言葉を考えてみる。
リア×ラルス×エルヴィン?
「えっ? ええぇっ⁈ そういう事なのエルヴィンとラルス?」
「いや、知らないわよ!」
「……」
「……」
「まぁ良いか……ふぁ〜。今日はもう寝ましょうよ。疲れたわ。色々あって少ししか寝れてないの」
「私は全く寝てないわよ。でも、少し休んだ方が効率良いわね……まぁ、リアはお子ちゃまだからね。もうねむねむかしらねー」
小さい子を寝かしつける様な小声で揶揄ってきた。
「お子ちゃまじゃないっ! 疲れただけ!」
「はいはい。じゃあ明日はまず各自の報告から始めましょう。日の出の頃にここでもう一度ね」
よし!
お子ちゃまと呼ばれようが、実際はもう眠くて眠くてダメだ。『寝ましょう』と言ってくれたので微笑みが溢れるわ!
いそいそと立ち上がる。
「うん。眠いからそうするっ! おやすみなさいシャーリー」
「はい、おやすみ」
ここで一旦解散となった。
◇◇
「ふぁ〜……三時間しか寝れないのはキツイわね……明日はお休みにした方が良かったかしら?」
独り言を呟きながら静かにベッドに入ると、疲れていたので一瞬で眠りに落ちた。
そして、またあの夢の声を聞くことになった。
【わたしは夢を見る】
悪魔が増えていく。
もはや手遅れだ。それだけは理解できる。
しかも、このままにしておくと、わたしの大事な人達まで死んでしまう。
『あぁ、もう仕方がないの。遅かったのよ。こうするしかないの』
またっ! やっぱりダメよ、待って!
『わたしの身体を託します。あなたに託します。だから、わたしは母の元に参ります』
そんな!
『あなたには辛い運命を任せてしまうけど、わたしじゃないあなたなら、大丈夫……きっと大丈夫』
待って。ねぇ、待って、貴女は…………貴女はリア!
『わたしのお姉様……さようなら』
「リア! 待ちなさい!」
叫びながら跳ねるように飛び起きる。まだ心臓は早鐘を打つように激しく鼓動を刻んでいる。涙が溢れ哀しみに押し潰される。
止められなかった。助けられなかった。
他に選択肢は無かったとしても……自らの身体を自らの意思でわたしに渡してくれた?
あなたは『わたしのお姉様』と……わたしを『姉』と呼んでくれた。
ならば、あなたは大事な『妹』よ。
「あぁっ、リア……リア……わたしのかけがえのない妹……」
妹の命を引き換えに、わたしは前世の病魔に侵された身体を捨てて、この世界に呼ばれたの?
「会いたかった……ひと目で良いから……」
腕を抱き、押し寄せる哀しみに耐え、声を押し殺し慟哭する。涙がとめどなく溢れる。そのまま泣き疲れて寝てしまった。
◇◇
夜明け前の大聖堂で静かに祈りを捧げていると、足音も無くシャーリーが近づいてきた。
「信心深いのね、珍しい……」
こちらの雰囲気の違いに気付いてくれたのか、軽口を叩いて明るくしようとしてくれている。
笑顔だけでも、とシャーリーの方を向くが、逆に涙が溢れそうになるので、また視線を前に向けた。
泣き腫らした目元が見えていないと良いけど……。
「……何かあったの?」
あっさりとバレてしまった。さりげなく聞いてくれる我が親友の優しさを感じで、それだけで涙が出そうになる。
「少し良い?」
「はい、どうぞ」
優しい声色に、ただ胸が暖かくなる。
立ち上がりシャーリーの顔を見るだけで涙が溢れそうになるので、頭をシャーリーの胸につけた。静寂の中、わたしは懺悔を始める。
「わたしをこの世界に呼んだのはリア本人だったわ。自分の身体にわたしの魂を呼んでくれたの……」
「……何故? 何故リアはあなたを呼んだの?」
静かな声。わたしが心の中を整理する時間をくれる。
「自分の命が尽きそうだから。だから自分で……」
「そう」
少しの沈黙。
それだけ? 『そう』って……それだけなのっ?
何も語り出さないシャーリーを見つめる。
「リアはあなたに託せたのね」
そうか。
わたしはただ命を貰ったわけじゃない。
リアの願いを、使命を、『妹』の運命を託されたんだ。
瞳から涙が落ちていく。
「そうよ。託されたの。妹から託されたのよ……」
この閃光騎士団の筆頭騎士という苛烈な運命を歩んで欲しいと、自分が諦めざるえなかったことをわたしに託してくれた。
悔しさ、悲しさ、諦め、そんな感情を押さえつけていた最後の希望が砕かれた時、全てを諦めて……そして最後には全てを託してくれた。
わたしが妹の分まで生きるから。
その決意だけが残り、余分なものが涙として落ちる。
「わたし……いつも泣いてばかりだ」
急に泣き顔を見られるのが恥ずかしくなり、もう一度俯いてシャーリーの胸に顔を埋めた。するとわたしの頭に手をやり、そっと自分の胸に押し付けた。
「はい。これで誰にも見えないわ」
強張った身体から力が抜けていく。シャーリーにそっと抱きついた。
「もう少しだけこのままに……」
一緒にピクニックする二人。
同じ制服に身を包み、隊員の前で整列する二人。
妹の前で庇うように剣を構えるわたし。
優しそうな微笑みを向けてくれる妹。
涙が溢れて来る。でも、それは無力さから来る悲しい涙ではない。温かな優しい涙。
もう暫くだけ、このままにさせて。
しばらくそのままに抱きついていたが、急にシャーリーに弱いところを見せているのが恥ずかしくなってきた。
「もう少し柔らかかったらなぁ」
軽口を叩きながらそっと離れて袖で涙を拭いた。
「んふふっ、あなたに言われたくないわ。控えめボディーさん」
「ありがとう。もう大丈夫よ」
優しい瞳のシャーリー。
うぅ……弱みを握られたようでかなり恥ずかしい。
こうなれば、もう、元気に張り切るしかない!
「さぁ、今日はどうする?」
すると、何故か「ふふん」と鼻息荒いシャーリー。
「じゃあ私から。ミクトーランについての秘密文書が教皇室の奥の書庫に隠されているらしいわ」
「えっ? 凄い。そこまで分かってるんだ……わたし、は相変わらずマフィアを叩き潰してただけよ」
少し落ち込むわよ。
両手の人差し指の先をツンツン合わせていじけちゃう……ってシャーリーも黙っちゃってどうしたの?
顔を上げてみると、あら、なんか面白い顔してるわね。
「この人助け好きめ……」
「えっ?」
急に顔を横に振り始めた。
「あっ、いや……ほ、ほら、落ち込まない。まずは教皇室の奥の書庫にターゲットを絞り……ましょう」
いつもの挙動不審ね。
よーし、いじけるの終了!
唐突にビシッとモデル立ちを決めた。
「さぁ、どうする? シャーリーのお陰で教皇室の奥に秘密の文書を納めた部屋があるという事は分かったけど……」
「そこに入る方法は……まだ思い付いてないわ」
二人とも無言になる。
「こうなったら、大騒ぎでも起こして無人にするしか無いかな?」
「火事とか?」
シャーリーが物騒なことを言い始めるが、少し考えてみる。
スパイ映画でも火事騒ぎは鉄板よね。
「そうね。それしか無いかなぁ。深夜に火事ってことで全員避難させる感じね」
「やりましょう。スマートに事を運びたかったけど、どうも無理そうね」
「じゃあ、何処燃やす?」
具体的な方法を検討しようとした矢先、大聖堂の扉が急に開いて司祭や修道士が沢山入ってきた。
二人ともヤバい! と『気をつけ』の姿勢で固まる。が、慌てて何か準備をし始めたのでネグリジェ姿の二人を気にする人もいない。どうやら大規模な祈祷の準備らしい。
少し様子を眺めていると、背後から中年の司祭が二人に声をかけてきた。
「着替えもせず集まるのは殊勝だが若い修道士の目には毒だ。着替えてから戻ってきなさい」
いつの間にか二人を囲む様に男の子達が集まっていた。準備するフリをしながら必死にチラチラとこちらを見ている。流石に視線が気になる。顔を見合わせ頷き合い、ひとまずそれぞれの寄宿舎に戻ろうと動き出した時、ボソリと呟いた言葉が聞こえてきた。
「まさかサベイルで悪病が大量発生とはな……」
「「何ですって!」」
二人同時に叫んだ。
★一人称バージョン 2/7★




