表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/66

第三十七話【三日目】実は天使の御使なの①

□□□ 再度少し時間を戻して夕食後


 上級貴族向け寄宿舎(シャーリーSide)


 こちらは就寝時に二人部屋が基本。暮らすのは八人だったので四部屋を二人ずつで使っていた。そんなわけで新参者の私だけが今晩は一人部屋と決まっていた。


「良かった。皆に嫌われなくて」


 騎士達からはニセ修道士をボコボコにする様を見られていたので、別の意味で怪しまれて事情聴取を受けていた。事の顛末を話していると、司教様が現れて助け舟を出してくれた。そのお陰で直ぐに解放の運びとなった。


 今は部屋で一人リアから受け取った手紙をじっと見る。そこには『一の刻に大聖堂で会いましょう』とだけ書いてあった。

 なるほど。大聖堂は深夜は誰も入れない。観光客を追い出しさえすれば、悪戯するような不埒な者はいない。精々深い悩みを持った修道士、修道女がこっそり祈りに来るくらいだろう。


 あの子にしては良い作戦ね……。


 少し顔が緩む。

 さて疲れたから少し眠ろうかな……と備え付けのネグリジェに着替えてベッドに潜り込む。三時間ほどは寝れるかな……と、うとうとしてきたところでドアを叩く音に気づいた。目を擦りながらベッドから出てドアを開ける。

 するとエレナとクロエがセットでモジモジしていた。


「あのー……」

「どうしたんですか? エレナ様、クロエ様?」


 エレナより先にクロエが意を決して声を上げる。


「シャーリー様! お、お、お慕いしておりますっ! ど、どどうか、わ、私を……」


 横でエレナはそっと泣いている。嫌な予感しかしない。


「ま、待ってっ! 落ち着い……」

「私を花嫁に貰って下さいっ!」

「て……下さい……」


 私もプロポーズされたーっ! じゃ、なーいっ!


「クロエ、幸せにね。シャーリー様、よろしくお願いします」

「いやいやいやいや、ちょっとお待ち下さい!」

「あぁ、お断りされるのですね。こうなれば私は生きる希望がありません」

「クロエ、一緒にお母様のいる天の国に参りましょう」


 完全に悲劇のヒロインになっている二人。


「やめてー。クロエ、あなたの事は可愛くて大好きよ。でも……えーっと……そう! 若いわ。幼いわ。そうなのっ! もう少し年齢を重ねてからじゃないとダメよ」


 ここから二人に夜の情事の話をしてあげる。わざと少し過激な描写を交えつつ丁寧にヒソヒソ教えてあげた。

 三人でしゃがみ込み密談が数分続くとクロエが両手で顔を隠したまま後ろにひっくり返った。エレナはギリギリ意識を保っているが限界に近い。


「また出直してきますわ……」とエレナがクロエを肩に抱えて去っていった。


 エレナ格好良い……まるで負傷兵を救う救護兵のようね。


 扉の前で二人を見送っていると

「シャーリー様……」

 とハンナが後ろに立っていた。目がハートだ。


 ここからハンナ、ヨハナ、サラと続いた。


『私、実は天使の御使なの。秘密の任務で地上に降り立ったのよ。この事は二人の秘密よ』


 嘘の告白をして一人ずつ追い返していた。


「はぁはぁ、何なの。お嬢様の行動力を甘く見ていたわ……」

「シャーリー様、ソフィアです」


 また背後からお嬢様が現れた!

 焦って変な感じでソフィアを見つめていたが、告白とかではなさそう。

 あら、昼間の刺繍を持ってきてくれたのね。


「貴女は、ここに長くは居ないと思って、渡せる時に渡しておきますね」

「あ、ありがとうございます!」


 刺繍を受け取り抱き抱える。幸せな時間の大事な思い出。


「ふふふ、じゃあ最後の一組よ。がんばってね」


 ソフィアが立ち去るとそこにはローズとアストリッドが居た。

 うつむくアストリッド。ローズが少しだけ優しい声で話し始めた。


「今日は本当にありがとう。お礼にアストリッドの秘密を教えてあげるわ」


 ピクっと震えるアストリッドと怯えるシャーリー。


「何歳だと思う?」


 ん? 秘密?

 という事は凄い年齢なのかな?

 もしかして四十歳越えの美魔女とか? うぷぷ。


「十二歳よ」

「……! と、年下! こんなに大人っぽくて綺麗なのに?」


 本気で驚く。どう見ても、どう控えめに見ても年上だ。しかも四歳も下……信じられない。


「ふふふ、驚くわよね。それでね、シャーリー、あなたと寝たいんだって」


 やっぱり! 成年前なのにそんな過激な……! ん? アストリッドは枕を持っている。


「シャーリー様……今日は怖い事が多くて……今晩だけ、私が眠るまででも良いの。一緒にベッドに入って下さい」


 美人の、いや正真正銘の美少女の潤んだ瞳。こんなのに勝てるわけがない……。


「はい……」


 六戦五勝一敗が今日の戦績となった。嬉しそうなローズとはにかむアストリッド。よろしくね、とローズは自分の部屋に戻っていった。そうか。ローズも偶には一人で寝たいのか……。

 仕方ない。急いで寝かしつければ問題無いかな。


「では、アストリッド様。今日は一緒のベッドで寝ましょうか」


 そっと手を出して優しく誘うと今更ながらに照れている。いやーん、妹みたい。リアとは違いすぎよ。


「シャーリー様、今日だけはアストリッドと呼びつけて下さい」

「……アストリッド、こちらへどうぞ」


 うひゃー、アストリッド可愛い! おおぉ、これは何か違う扉が開きそうだ。


 そっと手を握り返し頬を赤らめるアストリッド。二人でベッドに入り向かい合う。


「シャーリー様……シャーリー様はあの『シャーリー』様なのですか?」

「アストリッド……何を言って……」


 焦るより、大事な告白でもするような真剣な口調に少し驚く。アストリッドは視線をずらして小声で呟き始めた。


「私、実は他の方の記憶があるんです。五歳の時に魔力が無くなってしまったんですが、その時に先祖の女性の記憶が私に入って来たんです」

「えっ! そうなの?」

「はい。母は魔力が無くなったことを隠そうとしてくれましたが……んふふ、五歳でマナーが急に完璧になるのよ。逆に周りも怪しみますよね。二重の記憶と魔力喪失を三年隠してくれたんですが、遂に教会のお世話になることが決まってしまいました」


 思い出したのか寂しそう。そりゃそうか。八歳で親元から離れて一人教会に行きなさい、と宣告されるのよ。

 想像するだけで胸が苦しくなる。


「ここの皆様は優しかったので立ち直ることも出来ました。何故か五歳の時から急に成長が早くなり、十歳の時には成人しているように見えたそうです。魔力が無くなったこと、大人の記憶が入ってきたことが成長を促進させた、と聞きました」

「アストリッド……大変だったのね」


 目を合わせてくれたが、微笑む瞳は潤んでいる。


「はい。友達と話も合わなくなりました。十歳の時には三人から求婚されました。それ以降も毎年数名からお声をかけて頂いております。全員丁寧にお断りしましたけどね」

「それは……凄いわね」

「だから、あの『シャーリー』様は憧れ……というより生きる希望でした。私より多くの記憶を持ち、私とは比べるまでもない苛烈な使命を与えられた『シャーリー』様。あなたは……」


 憧れ? 私が?

 丁寧に石が敷かれた道をただ歩くだけの私。


「あなたの方が辛く悲しいわ。私……家や友達には恵まれているし、ね」


 アストリッドはじっと私を見つめていたが、意を決したのか口を開いた。


「……その御友人とは『リア公女殿下』のことですか?」

「んふふ、公女って柄では全く無いけどね」


 にっこり微笑んであげた。


「まぁ! 憧れですわ。学生二人で帝国首都を走り悪漢を倒す様は痛快でした!」


 興奮冷めやらぬようで横になりながらでも両拳を胸の前で握っている。


「……私はそんなに活躍していないわ。さぁ、あなたも今日は疲れたでしょ? ゆっくりお眠りなさい。明日も一緒に刺繍をしましょう」


 髪を櫛で透くように指で優しく撫でる。アストリッドは猫のように目を細めるとそのまま寝てしまった。


 穏やかな日々。歴代のご先祖様達(シャーリー達)は自らの使命を果たし安寧を手に入れた。私がそれを掴むことができるかは分からない。まだ旅の途中……いや、始まったばかり。


 だから、この穏やかな生活に私が浸る事は許されない。友や家が許してはくれない。私も決して許す事はない。


 起こさない様に、そっとベッドから抜け出した。


 この穏やかな今日の記憶は、私の中で眩しい位に素敵な幸せの象徴になると思うわ。

 あの作りかけの刺繍の様にね……。


 掛け布団を直してあげると、音も無く部屋から出ることに成功した。

★一人称バージョン 2/7★

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ