表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/66

第三十六話【三日目】人はそれを天使と呼ぶ⑥

◇◇


 セルマは指を折られる前からずっと気絶しているらしくアルマが介抱している。リルも今は気絶していてローヴェが心配そうに傍で座っていた。夫婦二組は互いに抱き合い安堵の涙を流していた。

 ふとシスターからの視線を感じた。目が合うと呟き始めた。


「ナイアール……もしや貴女様が……ナイアルスの『七日遅れの姫君』……」


 そのままわたしに祈り始めた。皆がシスターとわたしを交互に見ると、慌ててシスターを習って祈り始めた。


「やめて下さい。わたしは祈りを受けるような者ではありませんから……」

「でも、皆を救ったのはリアだよ」


 アルマは騎士に指を直して貰いながら言い切った。

 真剣な顔でじっと見つめたままだ。


「わ、わたしは……」

「今日は帰ろう。みんなが待っている場所に帰ろうよ。セルマもリアも一緒に帰ろう」

「一緒に帰って……いいのかな……」

「良いに決まってる。不安に思うならセルマに決めて貰おうか?」


 じっと二人でセルマを見る。

 騎士が指の関節を逆に戻す痛みで気絶から復活したばかりで、まだシクシク泣いているセルマ。

 二人から真剣に見られている事に気付き焦り始める。


「な、何よ。全員無事なんだから一緒に帰るに決まってるでしょ!」


 アルマは優しく微笑みながらわたしの答えを待ってくれた。セルマは何か深刻な雰囲気を感じたんだろう。神妙な顔をして交互に二人の様子を伺っていた。


「……分かったわ。シスターを教会に送り届けたら、わたし達も帰りましょう」


◇◇


 というわけで、三人並んでシスターを教会に送り届けることになった。道中、両腕はアルマとセルマにギュッと組まれていたのは、やっぱり嬉しかった。

 シスターに別れの挨拶をすると、わたしの手を取り微笑みかけてくれた。


「逃げたくなったらいつでもいらっしゃい。貴女なら何処でもお嫁に行けますからね」


 ニコリと微笑むことしかできなかったが、すぐに両側から腕を組まれて宿舎まで連行されてしまった。


◇◇


 帰る頃にはすっかり陽が落ちて教会の周りも夜の賑やかさを取り戻していた。


 三人で司祭に呼ばれ報告を求められたが、すかさずアルマは私が説明します、とわたしとセルマを追い出してくれた。


「頑張った人と気絶していた人は先に休んで」


 それだけ言い残すと、そっと部屋の扉を閉めてしまった。


◇◇


 セルマと別れて一人ベッドで膝を立てて座っていた。まだ、とても眠れる気がしない。部屋の明かりも付けずに暗闇を見つめていると、扉の外から声が聞こえてきた。


「セルマはもう寝ちゃった。説明したら私達、明日は昼の礼拝迄に顔を見せれば良いって事になったわ。それを伝えに来たの」


 アルマの声が扉の外から響いてきた。心配してくれていることは分かるが、とても返事をする気にはなれなかった。


「聞いてる? いいわ、今日はゆっくり休みなさい。そうそう……伝えなければいけない事があったわ」


 少し勿体ぶった声色が聞こえてきたので、思わずじっとアルマの声を待ってしまう。


「私達を助けてくれてありがとう。噛みついてでもセルマだけは助けるつもりだった。でも無理だったのよ。乱暴されて薬漬けで売られるか、殺されるか……そんな運命なんだ……って諦めてた」


 声は少し震えていた。


「それを貴女は救ってくれた。窓から飛び込んできた貴女を見た時……『あぁ、天使様が来てくれた』って本当に思ったわ。願いが通じた、とね」

「天の御使なら……あんな惨虐な真似はしない……」


 答えるつもりは無かったが、思わず言葉にしてしまった。そうだ。あの女の瞳の中のわたしの顔は、確かに笑っていた。


「わたしは……目の中に浮かぶ絶望を見ると……ダメなのよ。何も分からなくなってしまう。どうしたら良いか分からない……」

「貴女は……アイツらを殺そうと思ば簡単にできたのよね。我を失っても殺さなかった。それは貴女の中の誇りや優しさがそうさせたんじゃない?」


 アルマが慰めてくれる。でも、今はその優しさがわたしを苦しめる。


「だけど……最後には躊躇無く殺そうと……」

「守るためよ!私を、セルマを、リルやシスターを守るため」


 守る為なら何をしても良いの?

 わたしには……もう……分からない。


「……わたしは絶望を与える側だったのよ。どうしたら良いか……わからない」

「甘ったれるなリア!」


 アルマの口調が苛立ちの混じった部活の顧問のような声色に変わった。


「悪を倒す力を持っていながら甘い事を言うな! 力を持つ者にはそれなりの役目がある。人々の絶望に抗うと決めたなら、悪人一人の首をもいだとしても後悔などするな!」

「……アルマ?」


 思わずベッドを降りてドアノブを握り締めた。


「善良な人々の絶望と悪人への憐憫、リア! どちらを取る? お前はそんな事で悩んでいるんだ。悩む事自体が善行への冒涜だぞ!」


 そうだ……あの女は確かに一人の人間だ。しかし、紛れも無い悪人だ。善良な優しい人々を苦しめる悪人だ。パトリシアさんを焼いた時の決意……忘れた訳では無い……。悪を討つ鉄槌に、なるという誓い、決して忘れることはない。


 ところで……アルマ……貴女は一体何者なの?

 この喋り方、わたしはとても似た人を知っているわ。


「あ、アルマ……貴女は……」

「ごめん。本性が出ちゃった。代々、司法に携わる貴族の家系だったのよ。人の汚い所ばかりを見せられて、元々魔力も少なかったから無い振りして教会に入ったのよ」


 そう。ノーラには姉が居ると聞いたことがあった。道を違えた姉。優し過ぎた姉、と。


「アルマ……」

「今日、自分に力が無い事が本当に悔しかった。力があったら私は振るう事に躊躇しないわ。不良シスターになるか、適当な商人とでも結婚してゆるゆる生きるつもりだったけど……決めたわ。司法の道に戻って私も戦う。貴女みたいな強いけど優しい人に寄り添うためにも、ね」


 扉越しに聞こえるアルマの決意。ささくれ立った今の自分には少し眩しい。


「アルマは強いね。わたしは……」

「もう。一大決心してまで励ましているのに」

「ごめん……」

「そうね……じゃあ一番大事な人のことを考えて、貴女の一番大事な人が見ていても同じ事が出来るか、貴女を信じている人が見ていても堂々誇る事が出来るか、そう考えたら? 私はセルマがいつも見ていてくれるから。どう? 羨ましいでしょ?」

「大事な人……大事な人か。ふふ、そうね。羨ましいわ。わたしもそう思うようにするわ」


 わたしには大事な人……沢山いるなぁ。皆に見てもらえたら……わたしは間違えずに済むのかな。皆と一緒に幸せな未来を掴む事ができるのかな。




『大事な人々の骸の前で折れた剣を構える血に塗れたわたし』




 唐突に悪夢が浮かぶ。


 そんなことは分かっている。

 選択を間違えばわたしが黄泉路への案内役になるということぐらい!


「アルマ、ありがとう……あなたの決意、決して無駄にしない」


 リアの声色に何か別の、途轍も無く暗い色を感じたアルマは胸騒ぎを覚えたが掛けるべき言葉は見つからない。

 部屋の外からそっと祈りを捧げることしか出来なかった。

★一人称バージョン 2/5★

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ