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第三十五話【三日目】人はそれを天使と呼ぶ⑤

 視界が赤く揺らぐほどの激しい怒り。

 息も荒く歩いて二人に近づく。数歩手前で立ち止まり女に右手を伸ばす。何も無い空間で手を握ると女が自分の首を苦しそうに抑えた。

 無言で少し手を上にあげると、連動して女の体を空中に浮かび上がる。


「はんっ、て、手品かい! お、おいっ、ぼさっと見てないで止めさせろよジャコモ!」


 ジャコモと呼ばれた男は床に落ちていた棒を拾って振りかぶった。


「お、おうよっ! てめえーっ……て……あれ?」


 表情を変えず首だけを男に向ける。

 それだけだ。お前ら魔力を持たないモノには決して見えない暴風の塊が身体を押し固めている。


「な、何してんだい! 早くっ!」

「あ……か、身体が動かねー……」


 止まったままの姿勢で手から棒が落ちる。


「何しやがっ――」


 面倒になり叫ぶ男を後ろに吹き飛ばす。壁に激突すると意識を失い静かになった。ゆっくりと女の方を向き直し、腕を前に出させる。女の意思とは関係無く魔導で腕を伸ばす。


「な、なんだい? 仲直りか……」


 握手でもするような形になったので、ほんの少しだけ安堵の表情が浮かぶ。

 こちらもニヤリと微笑んでしまう。


 バカが!

 目には目を、歯には歯を、指には指に決まっている!


「ぎゃっ! や、やめろ! 痛いっ! や、やめて……」


 女の指を一本ずつ逆の方に曲げていく。

 自らの行いを悔いながら、報いを受けるが良い!



◆◆◆ リアが泥棒を追いかけ走り去った時


 コルナーギ商店


「ローヴェ、もう痛くは無いの?」


 心配そうなセルマ。背は同じくらいでもお姉さんらしくローヴェを心配している。


「うん。大丈夫だよ……」

「そう。良かった。ちょっと待ちなさい」


 商店の中の水場で自分のハンカチを濡らして戻ってきた。


「痛かったら言いなさいね」


 そっと血塗れの顔を拭いてあげていた。セルマは血が苦手。顔は真っ青だ。


「セルマ、倒れないでね」

「あなたも手伝いなさい……って、まだ無理ね」


 アルマはセルマよりも暴力沙汰や血が苦手でまだ貧血から復活していなかった。


「んふふ、このお姉ちゃんは背も高くていつも偉そうなのに、血が大の苦手なのよ」


 少しだけ楽しそうにローヴェへ伝えるセルマ。ローヴェにも少しだけ笑みが戻ってきた。アルマもやっと身体を起こし始めたが、突然に怒声が聞こえてきた。


「おい、やっと見つけた! ガキ、こっちに来い!」

「ネーチャン達は死にたく無かったら逆らうんじゃねーぞ」


 突然、男達が五、六人現れた。ニヤニヤしながらこちらに向かって歩いてきた。アルマはまた気が遠くなり、もう一度身体を地面に横たえた。

 しかし、同じように怖がりのセルマはローヴェを隠すように抱き締めて、男達を睨みつけている。


「威勢のいいネーチャン。死にたくはねーだろ。ガキを渡しな」


 男達は懐から刃物を出して近づいて来る。その時、セルマは震える声でローヴェに「逃げなさい」と耳打ちした。ローヴェを押し出すと、両手を広げ男達の前に立ちはだかる。


「ローヴェ、あなたは逃げなさい。誰か助けを連れてきて!」

「お姉ちゃん……」

「行きなさい!」

「チッ! 逃すかよ!」


 走り出すローヴェを捕まえようとする男達に抱きついて邪魔するセルマ。倒れているアルマも足を少し上げて男を転ばせた。

 二人の邪魔が功を奏してローヴェを逃すことに成功したが、男達の怒りはアルマとセルマに向かってしまった。


「お前ら、タダで済むと思うなよ! おいっ、アジトに連れていけ」


 というわけで、アルマとセルマはマフィアのアジトに監禁されることになった。


◆◆


(貞操を守るのは無理だろうな。シスターになる道は閉ざされたとなれば……しょうがない。商人のドラ息子とでも結婚するか)


 アルマは同じようにマフィアに捕まっているシスターを眺めながらロクでもないことを考えていると、偉そうな女と教会騎士崩れが、リルと縛られた夫婦二組と一緒に奥の扉から出て来た。


「何してんだ! 厄介ごとを増やしやがって」

「へい……」


 荒ぶっていた男達も女には頭が上がらないらしい。

 状況は最悪。とはいえコチラは曲がりなりにも聖職者だ。脅されるくらいだと高を括って静かにしていることにした。


「ふん、早く殺して埋めちまえ」


 こちらを見るなり、同性の癖して一番物騒なことを言い始める首領と思わしき女。流石に驚いて顔を見上げるとニヤニヤし始めた。


「小娘とババアなんざ掃いて捨てるほど居るんだ。薬の卸しにゃ関係ない。早く始末してきな」

「へ、へい……」


 流石に腰が引ける男達だが、逆らって自分が始末されるよりは良いと判断したらしい。


「諦めな。楽しんだら苦しませずに殺してやるよ」


 セルマは怯え切って顔を青くして震えるだけ。シスターももはや祈るしか出来ない。アルマも辞世の句でも詠もうかとも思ったが、セルマの泣く姿を見て考えを変えた。


(まぁ、()()死んだことが分かれば、絶対にコイツら全員死刑より酷い目に遭うとは思う、が、死んでしまっては元も子もない)


 どうにか時間稼ぎとでも思い、出来る限りで噛みついたり暴れたりと邪魔することにした。


「おい、急に暴れるんじゃねー!」

「痛いことはしない。薬漬けにしてから殺してやるから静かにしてろ、あ痛っ!」


 暴れても、所詮女一人、すぐに押さえつけられた。すると、教会騎士の格好をした男がこちらの手を摩りながら気味の悪い声で呟いた。


「女の躾のやり方を教えてやるよ」


 男は躊躇せずにアルマの小指を逆に曲げた。小さな甲高いパキッという音と共に激痛が走り汗が噴き出る。


「どうだ? 大人しくしてるか?」


 いやらしい声を出して来たので、唾を顔に吐いてやった。その瞬間、薬指も折り曲げられてまた激痛が襲う。しかし、アルマは教会騎士から目を離さず睨みつけたままだった。

 少しイラついた表情になる男。


「じゃあ、お前のせいで全員に躾だな」


 ニヤニヤしながらセルマの方に歩き、腕を引っ張り上げた。


「そ、それはやめて!」


 容赦せずにセルマの指を逆に曲げた。悲鳴ひとつ上がらなかったのは、あまりの恐怖にセルマは腕を持ち上げられたところで既に気絶していたからだ。しっかり指はおかしな方向に曲がっていた。

 教会騎士崩れは一人ずつ夫婦はおろか、リルの小さな小さな指さえも折る始末にはアルマも静かにしているしか無かった。


「でけえ女、お前が暴れたからだからな」


 流石に腹が立ち睨みつけようと思ったが、また他の誰かの指を折られたら堪らない。俯いて静かにしているしかない。


(セルマが苦痛に顔を歪めるのを見なかったのだけは良かったけど……)


 アルマは自らの生涯をこんな形で閉じることになるとは、と悔いていると、突然に変な格好の女の子が窓を蹴り破って飛び込んできた。ローブを膝丈に破って、顔を隠して、変な汚いマントを着けている。


(あら……どう見てもリアよ)


 修道女ということを隠しているのか、そう思ったが……違った。悪党どもを魔力で弾き飛ばしといる。


(そうか、リアは騎士だったのか)


 アルマは何となくパズルのピースがカチッとはまったような気がした。


(私は戦うことを諦めて教会に入った。リアは戦うことを受け入れて騎士になった)


 元々恐ろしく微力な魔力しか無かったアルマは魔力が無いフリをすると、あっさりと教会に出家させられた。反対してくれたのは妹だけだった。


(妹も魔力は少なかった。それでも、あの子は輝きを失わなかった。そうよ。私はあの子からも逃げたかった!)


 騎士として戦うことはできなくても、魔力を持つ者として役目を背負うことはできた。だが、それは、より厳しい戦いの日々が続くことを意味する。


(私には無理だ……)


 だから、騎士として戦う存在は憧れだった。

 そう、リアは悪党どもを完膚無きまでに叩き潰していく。今は首領の女を魔力で拘束し、私達の報復を行う正義の使者。


(なのに……何故?)


 アルマにはリアが泣いているようにしか見えなかった。


◆◆


 女は悲鳴を上げながらリアの表情を読み取ろうとした。今は怒りも悲しみも伺えない。無表情に淡々と指を折るリアに恐怖して「ひぃっ」と小さく声が漏れる。

 五本の指が全て反対側に曲がったところで、今度は腕が背中側に曲がっていく。


「や、やめて、た、助けて下さい……お願いします。お願いします……」


 慌てて泣きながら懇願する、が一切の躊躇も感じられず肩の関節が音を立てて外れた。


「た……助けて……くだ……さい」


 もはや気絶寸前で朦朧としている。壁に叩きつけられた男が女の惨状に気付き堪らず叫んだ。


「やめてくれっ! や、やるなら……お、俺を痛めつけろ!」


 リアは少し呆れるように男を見る。


「なぁ、頼む、コイツらには金輪際手を出さない、約束する!」

「お前は『やめてくれ』という願い、一度でも聞き入れた事があるのか」


 表情を変えず冷徹に言い放つ。

 男は思わず過去のやり取りを思い出していた。やめてくれ、と言われてやめるバカはいない。


「あ、いや……オレは……」

「待っていろ。この女の両手を折ったら次は望み通りお前の両手を折ってやろう」


 リアが女に顔を向ける。女は恐怖で震えて泣いているだけで声も出ない。もう片方の手が自分の意思とは異なり前に出る。


「あぁ、や、やめて下さい……お願いします。お願いします」

「さっきも言った。お前はその願いを一度でも叶えたことがあるのか?」


 その言葉を聞くと女は気を失った。

 リアの顔に苛立ちが浮かぶ。突如もう片方の腕が背中側に捻られる。痛みで覚醒してしまう女。まだ地獄が続いている事に絶望する。

 捻った腕には徐々に力が込められる。


「やめて……痛い痛い痛い……た、たすけて……」

「お前らは笑っていたな。弱いのが悪いと笑っていたな! ならば弱いお前らはバラバラになって朽ち果てても文句などあるまい!」


 痛みと恐怖で正気を失った女はだらしなく笑みを浮かべている。それを見たジャコモが意を決してリアに突進する、が一瞬で弾き飛ばされる。


 吹き飛ばされる瞬間、顔を隠していた布を掴んでいたのかリアの顔が露わになった。


 膝丈の白いローブに身を包み、修験者のような汚れた布を羽織っている華奢で可憐な少女。露わになった華やかな長い黄金色(こがねいろ)の髪の毛全体が緩やかになびいている。

 そのさまは清らかな乙女そのもの。


 しかし、その顔に浮かぶのは憤怒の形相。片手を伸ばすその姿は『女の首を締め上げる処刑人』にしか見えない。




 二律背反するその姿はもはや人あらざるもの、純信で純白な死の使い、人はそれを()使()と呼ぶ




「弱い癖に、こんなに弱い癖に、何故、更に弱い者の尊厳を犯すのか。泣き叫ぶしか出来ない弱い存在のくせに!」


 怒りに打ち震えながら睨みつけると女は「たすけて」とだけ小さく呻いた。それを聞いたリアは苛立ちを隠しもしない。


「今更……今更に弱者のフリか! はははっ、もういい! 自らの業を悔いて……あの世に行くがいい!」


 突然に捻られた腕が解放され力無く垂れ下がる。女の顔に安堵の色が浮かぶ。しかし、今度は女の首が曲がり始める。

 自らの首が曲がり始めていることに気付くと、一瞬驚き、そして絶望した。鳥が囀るように小さく小さく「やめて」とだけ聞こえたが、もはや止まることはなかった。

 その時、ローヴェの父親が堪らず叫んだ。


「修道女様! 貴女はそんなことをしてはいけない! 私達のために……そんなことをしてはいけない!」


◇◇


 目の前の女の瞳に映る『恐怖と絶望』の色。その中には薄ら笑いを浮かべた自らの姿があった。



 わたしが絶望を与える側……だと?



 吊られた糸が切れるように女が床に落ちる。男が這いずって近寄る。


「ジョゼフィーヌ、あぁ……ここまで痛めつける必要があったのか!」


 涙ながらに叫ぶジャコモと呼ばれる男。

 その時、ローヴェが教会騎士を連れてやってきた。教会騎士達は事情をあらかた把握している様で倒れた男達も合わせて連行していく。

 ジャコモは暴れて飛びかかってきたが、わたしが手を出すまでもなく、騎士が押さえつけてくれた。


「あ、悪魔め! こんなに惨虐な目に合わせやがって! ゆ、許さんぞー!」

「お前らは牢獄だ。魔導麻薬に関わっているならば一生出られると思うなよ」


 教会騎士が男に言い放つと、暴れるのをやめて連れられていった。

★一人称バージョン 2/5★

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