第三十四話【三日目】人はそれを天使と呼ぶ④
考えろリア。何が起きてる?
ローヴェは『悪いヤツら』と言っていた。街で名の知れた悪漢という事か……。
「ならばっ!」
速度を落とさず方向を変えて裏通りに入る、けど立ち止まる。
「うーん、やっぱり修道女っぽいのは良く無いわよね……」
うーんと……何かいいのないかな?
辺りを見回す。いや、まず服装かな。ローブを手で割いて膝丈にする。
それからボンネットとヘアバンドを外し頭を振って長い金髪を露わにする。ハンカチで髪の毛をポニーテールに纏めてからヘアバンドで前髪を隠してみた。
「まだ身元バレバレね……よしっ」
裂いた布をスカーフのように顔に巻く。いい感じに顔が隠れてギャングっぽくなった。
「あと一押しインパクトが欲しいわねー……」
キョロキョロ裏通りを見ると粗大ゴミの上に大きなボロ布が落ちていた。それをマント代わりに首に掛ける。これで誰も修道女とは思わないでしょ!
窓ガラスに映る自分の姿に満足すると、また走り始めて適当な酒場に駆け込んだ。
「コルナーギとトラブルになってるヤツらを知っている人はいる?」
返事が無いので次の店に移動。
「コルナーギやギルド長を恨んでるヤツらの情報持っている人いる?」
次々と酒場や食堂で大声で問い掛ける。すると後ろから声を掛けてきた二人組が居た。
「おい、変な格好のねーちゃん、話を聞かせてやるよ」
おっ、釣れたか?
言われるがままに暗い小道に入ると案の定、威圧してきた。
「お前誰だ? 何の目的で聞いて回ってる? フェリーネを舐めてんのか!」
よしっ、多分ビンゴ!
小声で呟き小さなガッツポーズ。
不意に魔導で吹き飛ばし一人気絶させる。
「な、何者だ!」
というわけで焦る男に丁寧に責問してアジトを教えて貰うことにした。
◇◇
「二十分は無駄にしたっ! 善は急げ、よ!」
マフィア『フェリーネ』のアジトの前に着くや否や窓に飛び蹴りで侵入した。そこには何とアルマもセルマもシスターも捕まっていた。ローヴェは居ない。代わりにリルと夫婦二組がいる。ローヴェとリルの両親なんだろう。
あそこで待っていた方が早かったのか。
がっくしだよ……。
「あなたはリ……」
「わたしの名は『ナイアール仮面』よ!」
慌てて遮る様に叫ぶ。
うーん……仮面はピンと来ないのかな? やっぱり『セーラー・ナイアリス』か『プリティー・閃光』の方が分かりやすかったかな?
あっ、決めポーズ!
少し遅れて控えめにポーズを決める。
やっぱり恥ずかしい。うぅ……顔が火照るのが分かるわ。
「そこの変なヤツ……何者だ!」
名乗ったじゃない! やっぱりお約束は通じないか。
無茶なことを考えながら様子を伺う。
三人が居るんじゃ魔導はバレない様に控えめね。
さて、教会騎士にどうにか合図をしないと……火事でも起こすか?
辺りを見回すと、誘拐犯らしい集団の中に教会騎士が一人混じっていた。
「あれ?」
「教会騎士は品切れだよ」
目が合うと悪びれずに言う。
「強盗に殺された三人のシスターが見つかるのさ。まぁ諦めな。おかしな格好の姉ちゃんよ」
パッと振り向きもう一度三人を確認。よしっ、全員生きてる! 悪者どもの奥の夫婦二組とリルも再確認。全員無事だね……と思ったが皆の指がおかしな方向に曲がっている。
「じゃあ、お前も黙らせるとしよう。俺は悲鳴を聞くのが好きなんだ。特に女の、な」
ジリジリと近づく教会騎士。他の男が窓から逃げられない様に囲み始める。
「全く、商品の卸しをお願いしただけなのに。強情な……」
「だ、誰が魔導麻薬の売り買いなんかに手を貸すか!」
一番偉そうにしている女の言う言葉を遮る様にローヴェの父が震える声で叫ぶ。男達はニヤニヤしているが、女は苛立ちを隠しもしない。
「まーだ痛めつけられるのが足らないんだね……アンタ、ほら」
横の男に顎で指図するとリルの手を強引に持ち上げた。声にならない悲鳴が上がる。
「お前らが弱いのが悪いんだよ。こちらの言う事に黙って従えば怪我もせずに済んだのに……娘もなっ!」
「やめてくれ! 娘は何も関係ない!」
リルの父親だろう、立ち上がり止めようとするが別の男が殴り飛ばした。
「ははははっ、愉快だねぇ! 指と言わず腕でも折ってやりな。そうすれば少しは素直になるんじゃないかね」
女が心底楽しそうに笑う。もう一度言い放った。
「ははっ、弱いのが悪いのさ!」
わたしは何を見せられているんだ?
弱い者が強い者に虐げられている様……なのか
わたしの前で……
わたしの前でだと?
ふざけるな!
「なぁ、お前も楽しいだろ? うははっ!」
教会騎士がニヤニヤしながら近づいてきた。目の前に立つとわたしの肩を馴れ馴れしく叩く。
いや、叩こうとした。男の手はわたしの肩に当たる瞬間に弾け飛び、身体ごと吹き飛ばされていった。床で蠢いている騎士の右腕は肩から外れ背中側へ異常に曲がっていた。
風も無いのに束ねられた髪の毛が微かに靡く。
「お前らみたいな奴らは、何故……弱いものを……」
こんなことが『よくある悲劇』とでもいうのか。
悲しみが溢れ、無力さに押し潰される。
騎士として、この世界を少しでも幸せにする為、わたしは……それが……こんなにも何もできない……何もできていないだと!
胸が張り裂けそうになる。
そして、この我が身を焦がさんばかりの怒り。
「何故だ。力がある者は何故に力無きものを蹂躙するんだ。何故に力で支配しようとするんだ!」
周りの男達には教会騎士が何をされたかは分からないようだ。それでも反撃されたことだけは認識できたらしい。
「うるせー! テメエ、何しやがった!」
「ぶっ殺してやる!」
リルや床で呻く騎士を無視して一斉に飛びかかってくる。屈強な男達の拳や足、はたまた斧やナイフが襲ってきた。
そんなモノが何かの役に立つと思っているのか!
神罰だとでも思って怯えていれば良いものを。
わたしに触れる前に魔導防御は男達を弾き飛ばした。吹き飛ばされた男達で机が砕けて壁にヒビが入る。
ははっ、呻き声も一つ上げられないとは情け無い!
これでは壊れる家財や家の方が勿体無いぞ。
「ならば、わたしがお前らを同じ目に合わせても文句はあるまい!」
あっという間に偉そうな女とリルを掴んで笑っていた男だけが残った。
困惑して後退っていく二人。
もう許せる訳もあるまい。
★一人称バージョン 2/5★




