第三十三話【三日目】人はそれを天使と呼ぶ③
◇◇
「何で私も……」ともっともな事を言うセルマ。
アルマは背伸びをしている。
「堅苦しい礼拝堂勤めより気楽よ」
「指導員の二人が外回りに出されるなんて……絶対あの子達に揶揄われるわ」
想像する三人。イメージが明確に目に浮かぶ。
気不味いわ。
話題を変えてやれ!
「ゴメンってー。そうそう、マリアやメリッサ、セレーナも聖歌隊なんだ。可愛いね」
「そうなの! ほんと三人とも頑張り屋さんで、他の子達も凄く頑張ってるのよ! あの子達ったら元気に……」
一瞬で釣られるニコニコのセルマ。世話をしてる年少組の話に弱いらしい。そこから聖歌隊についての自慢が続いた。
十五分ほど歩くと街に幾つかある教会の一つに着いた。ここで雑用をするのが今日の仕事となる。掃除に洗濯から始まり、お祈りのお手伝いに食事の準備。何でもやらされるので下級貴族の少女達からは不人気の職場だ。
今日は庶民出の修道女の割り当てが出来ず困っていたらしい。
「――で、都合よく回されたわけね」
アルマは相変わらず突っ立ったまま。
わたし?
既に箒を持って掃き掃除中よ。
はい、掃き掃除が片付いたら拭き掃除ね。木の椅子に机に汚れの目立つ床。
アルマもセルマも呆然としてる。
「こういうのは手を動かさなきゃ終わらないわ」
はい、次よ。
タオルなんかの洗濯よ。洗濯機なんて無いので洗濯板的なもので洗う。貴族院でも騎士団でも魔導を使った洗濯機的なものを使っていたけど、風紀委員で街の生活体験をした時に使い方は習ったわ。
というわけで、じゃぶじゃぶ洗ってビシビシ干す。
「今日の修道女様は仕事が早いわね。うちにお嫁に来て欲しいくらいよ」
思わず『もう嫁ぎ先は決まってますよ』と言いそうになる。ふふふ、嫁ぎ先は雷帝さん家ですよってね。
「へへ、他に仕事はありますか?」
「休むのも仕事。休憩の時間は大切な祈りの時間よ」
この教会を取り仕切る年配のシスターはお茶の準備をしていた。
簡素な祈りの言葉を教えて貰い一緒にお茶を飲む。ここで色んなお喋りをするのもお仕事の一つよ、とのこと。
するとさっきのローヴェという男の子が教会に現れた。こちらに気付くと「げっ!」と呻いて逃げようとしたが、思い直しておずおずとこちらにやってきた。
「相談……があります」
お尻を押さえながら、おっかなびっくりで要件を言い始めた。
「お母さんの様子が変なんだ。後、リルのおばさんも。二人ともすごく怯えていて……お父さんやおじさんが帰ってこないって!」
冗談とかの声色では無さそう。四人で顔を見合わせる。
「分かりました。後で寄らせて貰います。お母様達にフランチェスカが来るとお伝え下さい」
シスターの言葉を聞いて、少し落ち着いたようだ。
「お菓子食べる?」
アルマが聞くがローヴェはよっぽど心配なのか、そそくさと帰って行った。
「わたし達もついて行っていいですか?」
シスターに聞いてみると「良いわよ。これも大事な奉仕活動の一つよ」と返してくれた。セルマとアルマはガクッと首を落とした。
「洗濯まで終わったら寄宿舎に戻って良いのに……」
「アルマ、セルマ、あなた達がいた方が心強いわ」
真剣な眼差しで二人に訴える。すると二人で顔を一瞬見合わせ、頷いてくれた。
「ありがとう!」
◇◇
炊事の準備をあらかた終わらせたところでシスターが支度を始めた。
「あまり遅くなってもいけないわね。そろそろコルナーギさんの所に顔を出しましょう」
コルナーギ商店という小さな日常雑貨の店を営んでいるらしい。リルの父親は商会ギルドの会長との事で、互いに家同士の仲も良いらしい。
シスターの後を三人並んで歩いて行く。五分ほどの近いところにあるとのこと。
幼馴染か……と想像を巡らす。ローヴェが寝ている所にエプロンを着たリルが押しかけたりするのかな?
いや、まだ可愛いケンカをしてるだけかな。うふふ、いいなぁ。
「リア、顔が面白くなってるわよ」
いかん、妄想が捗り過ぎた。頭の中のリルとローヴェには子供が二人ほど出来てたわ。
「えっ? あら、光陰矢の如し……じゃなくて、ここなの?」
「らしいわよ」
小さいけど小綺麗な雑貨屋という感じ。看板には『コルナーギ商店』と書いてある。誰もいない感じね。
その時、ガシャっと裏から音がした。若い三人組で見にいくと男が走って逃げていく所だった。裏口は開いている。中を見ると荒らされていた。
シスターが追いつき中を見る。
「あら大変。泥棒ね……私は騎士様を呼んでくるわ」
小走りに駆けていった。
残された三人。アルマは「では待ちましょう」と動く気無し。
セルマは怯えていて「どうしよう、どうしよう」と繰り返している。
「ここで待ってて! わたし、あの男を追いかけてみる」と男の逃げた方に走り出した。
二人に止められる前にダッシュするが、最初の曲がり角で男の子とぶつかった。
あれ? ローヴェだ。
「ローヴェ、ごめんごめん……ってどうしたの! 痛い?」
鼻から大量に血が流れ出ていた。今ぶつかって鼻血が出た訳では無さそう。
この止まらない感じ、鼻の骨を折ってるわね。部活の時に横のコートでバスケットボールを思いっきり顔で受けた男子がこんな感じだった。後で聞くと鼻骨骨折と言っていた。
怯えているように見えたので、取り敢えず二人の近くまで連れて行く。
アルマは横を見て血を見ないようにしている。セルマは指で隠しながらそっとローヴェを見ていた。
「リルを……リルを見捨てて……あぁ母さん……父さん助けて」
まだ錯乱している。遊んでいて怪我したとかじゃ無いわね。
「落ち着いてローヴェ。まだ話さなくていいわ」
しゃがんでからそっとローヴェを抱き締めて心臓の音を聴かせてやる。少しすると落ち着いたのか話し始めてくれた。
「悪いヤツが家にいっぱい入ってきて母さんとおばさんを無理やり連れて行ったんだ。そいつら、俺とリルの事も探していて……だからリルを逃がそうと思って、あいついつもこの時間は近くの子達と広場で遊んでるから……」
じっと聞く。
「そこにもヤツらが来て俺たちを捕まえようとしてきたんだ。だから二人で隠れてたんだけど……見つかって、二人で逃げようとしたけど……顔を蹴られて……逃げ出して……アイツら『逃げるのか』って言ってきたけど……ダメだった。俺だけ逃げたんだ……」
泣きながら訴えている。
後悔しているんだ。何か自分がすれば、自分が賢ければ、自分が強ければ、もっと違う良い結果になった筈だと。
「リルを見捨てて……俺だけ逃げたんだよ!」
後悔を吐き出すと泣きながらわたしの体を叩いている。話を聞いて青くなるセルマ、そっと気が遠くなってるアルマ。
強めにローヴェの両肩を掴んでから大きな声でハッキリ伝える。
「ローヴェ・コルナーギ、よくやった、よくやったぞ! よく伝えてくれた。最善の対応が出来たぞ。自分を誇れ! 後はお姉ちゃん達に任せろ!」
ぽかんとしてリアをしばらく見つめていたが、涙がポロポロ出てきたと思うと泣きながら抱きついてくれた。
後ろを振り返ると、顔がほぼ青色になっているセルマに、そっと倒れるアルマ。
「お、お姉ちゃん達ってどうするのよ……」
「シスターを待つのが一番私達には得策と思うわ。それ以外無理……」
「あなた達はここでシスターを待ちなさい。ローヴェをよろしく。教会騎士が来たら今の情報を伝えて!」
真っ青のアルマと倒れているセルマに指示するとローヴェに向き直し「あなたも待っていなさい」と微笑む。
ほんの少しだけ笑ってくれた。
立ち上がると、三人を振り返らず走ることにした。
★一人称バージョン 2/5★




