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第三十話【三日目】私が最も好きな祈り③

□□


 教皇室から上級貴族の寄宿舎に続く廊下を歩くが、これからのことを考えるとフラフラしてしまう。人通りがほとんど無い通路を数分も歩くと到着してしまった。


「やーりーすーぎーたー。やばいー。はぁ、どんな顔して部屋に入ればいいの……」


 部屋の前で頭を抱えて小声で悶絶。皆様、怒ってない様に……と祈りながら扉をそっと開ける。すると複数の男達の怒声が聞こえてきた。

 そっと入るが誰からも声がかからない。状況を観察すると例の性悪修道士と性悪司祭のセット、あと数名の修道士が中にいた。クロエとエレナに昼の祈りの不出来さを叱責している。


「何でお前達は新人より祈りが下手くそなんだ! 来いっ! 特訓してやる」


 クロエの細い手を強引に引っ張り連れて行こうとする男達。慌ててエレナが止めに入るが簡単に突き飛ばされてしまう。駆け寄るアストリッドやローズ。


「何をするの! おやめなさい!」

「あの女が悪いのだ。お前だけで良い! 来なさい」


 無理矢理引きずられていくクロエは恐怖で声も出ない。男達のサディスティックな声色が癇に障る。絶対に反撃を受けないと分かっての暴力。周りの雰囲気から察するに『いつものイジメ』というだけではなく、もう少し深刻そうだ。


 あら、二人とも聖職者の証であるバッジが胸に無い。


 そこで先ほどの部屋の手紙を思い出す。

 あぁ……流石は司教様と言う事かな。感謝の祈りを捧げる。

 司祭が扉から出る為こちらに向かってきたので、祈っている私に皆が気付いた。何となく皆から『クロエを助けて欲しい』という気持ちと、『シャーリーを巻き添えにしてはいけない』という二つの感情が天秤のように揺れ動いているのを感じた。


「シャーリー様、逃げてっ!」


 引き摺られながらクロエが叫ぶ。クロエの天秤は少しも揺れていない。その小さくとも勇敢な叫びに触れて少しだけ涙が出そうになる。

 性悪司祭は大股で近づくと偉そうにふんぞり返って毒づいた。


「司教様のお気に入りか! 股を開いて祈りでも捧げて来たのか。はははっ。全く、こんな時でも祈りとは殊勝な事だな……うはははっ!」


 下品に笑う司祭は祈る私を無視して部屋から出ようとした。逃すわけあるまい。祈りの姿勢のまま足を思いっきり蹴り飛ばし転ばせる。倒れた司祭を無視してクロエを抑えている修道士の前までつかつか歩き、そっと修道士の手を握った。


 警戒して強張った表情をしていたが、何も言わずにそっと手を握ると何か勘違いしたようだ。ニヤリと笑っていやらしそうな声を出した。


「新人、お前が身代わりにでもなるのか?」


 取り敢えず表情も変えずに男の爪を捻り上げると、「ぎゃっ!」と短く悲鳴を上げてクロエを離してくれた。そのまま鳩尾辺りに前蹴りすると呻きながら膝から崩れ落ちていった。


 解放されたクロエを優しく抱きとめる。

 周りを見ながら小声で「クロエは強い子ね」と伝えてあげる。小さな瞳からは安堵の涙が溢れてきた。


 もう安心して。今、貴女を抱いているのは、この世界で最も有名な勇者の末裔なのよ。


 男達に囲まれているが別に恐怖は感じない。小馬鹿にした声色で周りの男達に問いかけてみた。


「教会の賃金体系は教会法に記載されているわ。あなた達の職位は下級司祭と下級修道士に見習い修道士よね。何故、装飾品を買う小銭が稼げるのかしらね?」


 修道士達が少し焦っている。

 司祭は起き上がりながら「うるさいっ!」と声を荒げた。


「お気に入りだからと生意気なお前にはキツイ躾が必要なようだな。所詮女が足掻いたところで!」


 司祭の声に元気付けられたのか、周りの男達はニヤニヤしながら四人で取り囲んできた。私達を本気で確保しようとしている。

 ここで腕に微かな震えを感じた。

 あら、クロエは悪意に当てられたのか怯えて大変よ。涙でくしゃくしゃになって可哀想。


「クロエ様、少し怖かったらごめんなさい」


 そっと声を掛けながら小さい子に『高い高い』とあやす様に両手を両脇に入れて抱き抱える。

 軽いわね。簡単に持ち上がっちゃった。


「えっ、シャーリー様?」


 ニコッと微笑むと、クロエも「えへへ」と微笑み返してくれた。


「それっ」


 そのままローズとアストリッドに向けて放り投げた。


「ひゃっ」と小さく叫ぶだけのクロエ。


 祈る様に両手を握り膝が曲がったままで固まったびっくり顔のクロエが空中を飛ぶ。


 地上の二人は慌てながら何とか抱き止めた。

 ナイスキャッチ!

 うんうんと頷くしかない大満足の結果よ。


「そこで少し待っていて下さい」

「自分の心配をしろよ、このクソアマが!」


 男達の乱暴な言葉に周りの少女達が息を呑む。

 その声を合図に、私の背後に居た男が腕を後ろ手に極めようとしてきた。武術の心得があるわけでは無さそうだが、か弱い女性を取り押さえる事には慣れている感じがした。

 どうせそんなことを何度もしていたのだろう。


 左斜め後方から私の左手を掴み背中側に締め上げようとする。刹那にくるっと前方に宙返りをしてから振向き男の正面に立った。

 何が起きたか分からず唖然としている男にニッコリ微笑んだ後で鳩尾に拳を叩き込んだ。堪らずうずくまる男の顔に膝蹴りを叩き込む。


「な、何をしている! 小娘一人くらい早く取り押さえろっ!」


 司祭の声を皮切りに一斉に飛び掛かってきた。腕を振り回したり捕まえようとしてバタバタと動き回っている。

 全員……いや、殆どは素人ね。では、各個撃破といきましょう。

 鳩尾や顎、金的といった急所を攻撃して一人ずつ確実に倒していく。


 蹴り上げる時にローブを翻らないように。

 んふふ、殿方と触れ合うのは()()()()()振舞いよ。組みついたり抱き合ったりしないように。はい、残るは司祭と怪しい二人。


「やはりね……」


 二人組は懐からナイフを取り出した。


「き、教会内で流血はいかん! そんな物は、す……捨てるんだ」

「うるせー、お前はもう司祭じゃ無いんだ。荒事にいい加減慣れろよ!」


 慌てふためく司祭は放っておいて、まず私から片付ける事に決めたらしい。ナイフを右手から左手、左手から右手に飛ばし威圧する。


「さぁ、傷だらけにしてやるよ」


 ナイフをじっと見る。あらあら、無駄な動きばかりじゃない。折角ナイフを隠し持ってたのに……勿体無い。


「お前達は『元修道士』では無いな? 客……いや、今日は仕入担当か?」

「勘が鋭いなぁ。お前も商品にしてやるよ!」


 一人目がナイフを構え「ひゅーっ、それっ、しゃーっ」と一振り毎に叫びながら斬りつける。


 ナイフを見詰めながら男の脛を足先で蹴りつけた。男が少し呻いた所でナイフを持った方の手首を左手で握る。


「は、離せっ」と男が言うか言わないかのうちに、右肘を顎に叩きつける。糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちて私が片手で支える形になった。


「く、クソっ!」とニセ修道士の一人はナイフを捨てて扉の隙間に飛び込む、が後退りしてきた。現れたのは教会騎士達だ。隙を見てハンナが呼びに行っていた。


「あぁ……もう終わりだ……人身売買は縛首だ……」


 元司祭が茫然自失となり自らの運命を呟いた所で、この騒動は終焉を迎えた。


「セイトウボウエイよね」


 リアから教わったばかりの言葉を使ってみる。誰も意味が分からず皆がじっと見詰めてきた。沈黙に耐えられない。


「……あっ、いえ、何でもありません……」


 リアめ、要らん言葉を教えおって。許すまじ!

★一人称バージョン 2/2★

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