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第二十九話【三日目】私が最も好きな祈り②

◆◆


 痛いほどの静寂の中、開始の鈴の音と共にシャーリーが最初に動き出した。少し遅れたアストリッドやローズがハッとする。自分達の知っている動きとは少し異なるが、そんな事は気にならないほどの華麗な動き。

 目が離せない。

 徐々に皆の動きが止まり、静寂の中、ただ一人シャーリーが祈りの舞を捧げる。


□□


『戦禍の後の福音』私が最も好きな祈り。



――セカンド(二代目)が魔剣戦争の終結と共に戦乱の復興を願い、自らが考案した祈り。所帯を持っていたので教会に入ることはなかったが、信仰の大切さを広める為に尽力していた。

 戦禍は激しく見知った者も大勢が命を失った。戦った者、巻き込まれた者、愛する人を失った者、皆が傷付き途方に暮れていた。現世に留まり悪霊と化す魂も無数にあり、人々を惑わし平穏とはかけ離れた日常が続いていた。

 魂の平穏をただ祈る。各地を周り祈りを伝え、いつしか経典に載り、人々が伝えゆく祈りとなっていた。



 舞を捧げる時は、ただ静かに丁寧にセカンドの想いを辿る。

 いつもそうだ。

 自らに課せられた余りに過大な役目。その重さに押し潰されそうになると、いつもこの祈りを森の木々や動物達に捧げていた。



「全能の天主、近しい天使、あなたのあとを、ただ信じてついて行けば、あなたの愛で我々は救われると信じています。私に告げてください。この戦乱にはどんな報いがあったのか」



 礼拝堂には祈りの声だけが響き渡る。何処からか吹く風に乗り礼拝堂の隅々まで声が届く。



「報いが無かったのなら何故、暴虐の嵐は私達の大事なものを踏みつけていったのか。何故、私達の大事な想い人の髪や爪が野辺(のべ)の土に還ろうとしているのか。何故、私達の大事な想い人は灰となり徒野(あだしの)で眠るのか」



 祈りを捧げる時はいつもセカンドに深く想いを寄せる。私の悩みとは比べられないほどに深く悲痛な叫びにも似た祈り。不謹慎だけど心が軽くなる気がした。



「恐れずただ敵を見ろ。おびただしい数の混沌の軍勢は神の御使であるお前達が撃ち破ると。あなたの予言は遂に達成され混沌はこの地より消え、また光が満ち溢れた」



 セカンドの絶望はあまりに暗く深い。

 そっと記憶に触れるだけで暗闇に押し潰されそうになる。

 彼女の悲痛な声が頭の中でリフレインされる。

 ただ、祈りなさい。

 その言葉だけに希望を残して。



「だが私達の大事な想い人はあなたの尖兵として働き永遠に私達の元には帰らない。ああ、何故なのか。周りを見れば想い人が戻ってきた者、愛する家族と平穏を祈る者、咎人さえも涙を流し、ただこの平穏に祈りを捧げている」



 私の長い髪が穏やかな風に(なび)く。陽の光が凝縮された様な光の粒子が私の周りの風に乗り集まってくる。

 皆の祈りが光に宿り、希望を届ける。



「ああ、私達の想い人は託された役目を遂に果たしたのですね。では私はあなたに祈ります。あなたの為に祈りを捧げます。私の望みは叶わずとも私達の想い人の行いの結実が今ここにあるのだから。ああ、私は祈ります。ああ、私は私の想い人の為だけに、あなたに祈ります」



 纏っていた光は祈りの終わりと共に礼拝堂に広がっていった。光は平等に皆に降り注いだ。


 大丈夫。怖くは無いわ。

 さぁ、触れてみて。あなたの大事な人を思い出して。

 あなたの大事な人を抱きしめて。

 それが希望。その人達の為にも、あなた達は生きなければいけない。



 静寂の中、「お母様……」と涙を流しながら跪き祈りを始める少女がいた。すると誰かが号令したわけではないが、皆が祈りを捧げる。そこかしこで誰かを懐かしむ声が聞こえる。静かな暖かい時間。


「感激しました!」


 いつの間にか走って来たリアが両手を握りバチコーンと潤んだ目でウインクする。離れ際に『やりすぎよ』と口だけ動かす。手には小さな紙が残っていた。


 それを皮切りに一斉に少女達が集まり始める。呆然としていた司祭達を押し退け握手したり抱きつこうとしたりする。アストリッド達は皆で勢いを抑えようとするが多勢に無勢。揉みくちゃにされた。


「静かな祈りへの感謝は慎みを持って行いなさい」


 司教の一言で徐々に落ち着きを取り戻していったが騒ぎは治らない。


「祈りを捧げた少女よ。私の部屋まで一緒に来て下さい」


 修道女達が聞いたことのないような強めの口調で言い放たれると、仲間達は私が叱責されるかと思い反論しようとする。

 皆の気持ちは嬉しいけど、敵意は感じない。


「はい」


 一言だけ置いて礼拝堂を出て行くことにした。

 背後からは心配する仲間の声と、ザワザワとし始めた場を司祭が強引にいつもの礼拝に戻そうとする声だけが響いていた。


□□


 振り返ってアストリッド達にニコニコ手でも振れば良かったかな……。

 あの場を早く離れたかったのもあるが、冷たい感じになってしまったかもしれない。後でなんて釈明しようかな、そんな事で頭の中はいっぱいだった。

 黙って司教様の後をついていくと控えの若い修道士が立った豪華な扉の前で立ち止まった。修道士が静かに扉を開けると司教は先に入って行った。

 修道士と目が合う。少し気不味い。


「入りなさい」


 部屋から声が掛かったので、そそくさと部屋に入る。入ると外から扉を静かに閉めてくれた。

 キョロキョロせずにそっと観察する。落ち着いた調度品。イメージ通りの大教会の司教クラスのお部屋。


「そこに座りなさい」


 優しく言われたので遠慮せずに座ることにしよう。

 じっとしていると紅茶が出て来た。喉は渇いていたので、これも遠慮せずに飲み始める。

 そろそろ質問タイムかな? と思っていると軽めの口調で質問が始まった。


「あの祈りは何処で覚えたのかな」


 想定通りの質問ね……。


「母が信心深かったので」とだけ答える。


 すると何故かニコニコしている。


「あれはセカンド様の祈り。フォース(四代目)様が祈るのを子供の頃に見た事があるのですよ。あなたはフィフス(五代目)様、という事で良いですかな?」


 やられた。想定通りの回答と言うことだろう。


「……様は止めて下さい。まだ若輩です。シャーリーと呼びつけて下さい」


 バレてた……か。さて、どうするかなと思案していると、何か手紙を書き始めた。サラサラと三十秒ほどで書き終り、ベルを鳴らして先ほどの若い修道士を呼んだ。


「これを騎士事務所までお願いします」

「はいっ!」


 若い子にも丁寧。イメージ通りの聖職者ね。憧れなんだろうなぁ、若い修道士達からは……。


「目的はわかりませんが、滞在したいだけして下さい。私も立場というものがあるので、何でも手伝うという訳にはいきませんが、ある程度は協力できますよ」


 和かだが真剣な眼差しでこちらを見ている。

 んー? 展開が早くて少しついていけない。


「はぁ、ありがとうございます」


 気の抜けた返事しかできない。少し面倒になり核心に迫る。


「ミクトーランについて教えて下さい」

「……やはり……それは教会を守る為と言われていますが、その名前を語ることすら禁忌とされています」


 少しの沈黙の後、事務的に答える司教。言い方が回りくどいのは納得していない事の現れかな……顔が次第に暗いものに変わる。


「教会では誰も語るものは居ないでしょう。枢機卿の住まう部屋の奥に書庫があります。そこには全てが記された書物があると聞いた事があります」


 この男も矜持にかけて自らの口を割ることはないだろう。だがヒント、というより答えの在処を教えてくれた。あまり教会とヤツらミクトーランは良い関係が築けてはいないらしい。少し安心する。


 その後は母の思い出や貴族院時代の話に花が咲く。一つの話ごとに司教からは説教臭いが楽しい説話を聞かせて貰った。


「老人の話に長々と付き合わせてしまったね。さぁ、皆が心配するだろう。戻りなさい」

「はい。紅茶美味しかったです。ありがとうございます」


 お礼を言って席を立つ。


「シャーリー。ミクトーランの名はこの部屋以外では出さないように。気を付けなさい」


 真剣な顔になり少し小声で忠告してくれた。今更ながら話してしまった事に戸惑っている様子も伺える。部屋に一人になったら懺悔でもするのだろう。


「分かりました……また楽しい話を聞かせて下さい」


 微笑んでから部屋を出る。扉を閉める瞬間、部屋の中から床に膝をつく音がした気がした。

★一人称バージョン 2/2★

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