第二十八話【三日目】私が最も好きな祈り①
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「さぁ準備しないと本当に遅刻してしまいますわよ」
ローズが軽く手を叩く。アストリッドはいつの間にか礼拝用の服を持って来てくれていた。
「シャーリー様、これに着替えて下さい。お揃いのローブで礼拝するのよ」
「素敵な黒色ね。光沢が本当に綺麗……」
シルクの一枚布にベルベット生地を織り込んで装飾してある……かな? 先代の知識でも分からない仕立て方だわ。
「私もこのローブが一番好きなの。縫目が見えないのが素敵よ」
アストリッドの手の中にあるローブをじっと眺めて感心していると、ローブを横の机に置いた。悪戯っぽく微笑むと、アストリッドはシャーリーのローブを脱がせる為、両肩に手を掛けてローブを引き抜こうと試みる。
「着方にコツがあるから手伝うわ」
「あっ、いえっ、こ、このタイプのローブの着付けも頭の中にあるのでぇ〜……失礼しまーす」
後退り素早くプライベートな祈りの為の礼拝室に逃げ込む。
「あら、悪戯したりしないわよ」とアストリッド。
「き、距離感分かんない……ドキドキした……」
美人に服を脱がされるのは心臓が耐えられそうにない。心配させない様に記憶をフル回転させて凄い速度で着替える。
「ほら着れた! ご心配をお掛けしました」
まだ息が荒い。アストリッドは少し残念そう。隣のローズは呆れ顔でやり取りを見ていた。
◇◇
着替えが全員終わると整列して礼拝堂まで進む。他の修道女は既に整列していた。男女別々の礼拝堂に集まり日々、祈りを捧げる。一日二回、庶民、下級貴族、上級貴族が一堂に揃う。
「あれ? 上級に新顔だわ」
少しざわつく。
お揃いの地味な礼服(生地は良い)に身を包んでウキウキの気分で隣の子達とお喋りしていたけど、直ぐにシャーリーを見つける事ができた。
わーお、何あの綺麗な生地。庶民の皆様の地味目な服装と比べるとわたし達の礼服も生地から装飾まで断然可愛いけど……レベルが違う。
ハンカチをキーっと噛み悔しがる。
いや、こんなことしてる場合じゃ無いわ。どうにか接触しないと。礼拝後がチャンスかな……。取り敢えず終わるまでは大人しくしてよっと。
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「では、シャーリー様は後ろで私達の真似をして下さい」
ローズが前を向いたまま小声で教えてくれる。前にローズやアストリッドが居るのでまぁどうにかなるかな、と安心した。
少しの緊張と和やかな雰囲気。
だが、それは突然司祭の声で打ち破られた。
「今日からの新人は前に出なさい。顔見せです」
皆驚いているので慣例ではなさそう。
アストリッドやローズが「待って下さい」と反論するが無視して「早くしなさい」と急かせる。
「恥をかかせたいのよ、私達に……」
ソフィアが呟く。エレナやクロエは小さくとも悪意をぶつけられて怯えている。今にも泣き出しそう。
指導に当たる修道士達がニヤニヤしている。組織が大きくなるとこんな輩は必ず出て来る。ん? 装飾品も付けてる。役割としては一番下級の筈。そうか。上役の司祭とグルか……と状況を整理する。
あっ、リア発見。既に臨戦体制になっていて周りの子達に止められてる。
「あの子……」
これじゃあ大乱闘の後で追い出されるだけね。ふぅ、とため息をつき前に出る。
「シャーリー様!」と誰かの悲痛な叫びが漏れる。
別に死刑台に登るわけでも無いし……と相手の出方を思案しながら前に出る。
「……よく出て来れたな……」
司祭が小声で威圧してきたが、無視して前を見ていることにした。
私は大事にしたい人達から嫌われるのが凄く怖い。何を話せば良いか考えると頭が真っ白になる。あの子はいつも『大事に想う人なら素直に気持ちをぶつければ良いんだよ』と教えてくれる。でも臆病者の私にはそんなに簡単なことでは無い。
逆に言うと、嫌われても良い人達に対しては何も怖く無い。剥き出しの殺意を向けられても然程変わらない気がする。この小悪党より、この状況を後でアストリッドやクロエに説明する事を想像する方が怖い。
ふふ、少し手が震える。
◆◆
皆はシャーリーの手が震えている事に気付いていた。ならば、無様な真似は絶対にさせない、と皆が決意していた。
(私達は私達にできる戦いをする!)
「今日の祈りは『戦禍の後の福音』とします」
ハッとするアストリッド達。告げた修道士を睨む。この祈りは知名度は高く良く知られた祈りではある。しかし開始の鐘の音と共に暫く無音の祈祷が続くなど正しく祈るのは大変難しく、この修道士も捧げられるかは怪しい。見た事すら無いであろうシャーリーが先頭で何ができると言うのか。
「今日は司教様が拝礼をご覧になりたいとのことでご足労頂いている。拝謁を光栄に思うように」と朗々と司祭が叫ぶ。
アストリッドやローズの悔しがる呟きが聞こえる。ローズが小声で「前に出るわよ」と呟きアストリッドが頷いた。最初の動作で一歩だけ前に出ようとタイミングを図る。
「ほれほれ、古参が目立とうとするではない。周りはもう一歩下がりなさい」
ニヤニヤしながら司祭が告げる。
反論しようとした時
「さぁ、待たせてはいけない。祈りを捧げなさい」と司祭が合図した。
いつもとタイミングも違う。容赦無く始まりの鈴が鳴った。
クロエは皆の焦りと怒りを感じていた。心配そうにシャーリーを見ると手の震えが止まっていた。斜め後ろから顔を見る。
(何故だろう……私達を守ろうとする意志を感じる)
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私の優しい仲間達。
出逢ってから気味悪がられてもおかしく無いことばかり。でも皆様は私を受け入れてくれた。
私の大切な仲間達。
それなのに……彼女達をこんなに苛立たせて、怯えさせて、それでも皆様は私の為に悔しがり、嘆き、戦おうとしている。
私は仲間を侮辱されて黙っているほど、殊勝な女では無いわよ。
★一人称バージョン 2/2★




