第二十七話【三日目】色とりどりの縫目に彩られた④
□□□ 行方不明の三日目の昼前
上級貴族向け寄宿舎(シャーリーSide)
あの子、早速失敗したみたいね。まぁローブや身なりがしっかりしてるから庶民向けの寄宿舎には連れてかれてないとは思うけど……。
「シャーリー様、どうされましたか?」
こちらの案内係は年恰好の似た大人しそうな、いかにも貴族の娘というアストリッドという子が担当している。控えめな言い方をして『美人』。『街一番の美人』と自慢したくなる感じ。
「ありがとうございます、アストリッド様。不慣れなものですから……」
おっとりしてそうだから活動はしやすそうね。
「あらあら……心配なさらないで。大丈夫ですよ。こちらが共同生活の場になります」
案内されたドアを抜けると豪華な部屋に五、六……七人。少女達が座ってこちらの様子を伺っている。このアストリッドという子が一番年上っぽく、まぁ二十歳にはなっていないと思う。逆に姉妹だろう二人はまだ成人前に見える。妹は十歳前……かな。
「皆様、シャーリーと申します。今後ともよろしくお願いします」
すると皆が挨拶を始めた。
「こんにちは。私はヨハナです。しばらくの間よろしく」
「私はソフィアよ。何か分からない事があれば頼ってくれて結構よ」
「ハンナよ。よろしく」
「初めまして。サラよ。何処の出身かしら? 私は帝国よ」
「初めまして。私はエレナ、隣は妹のクロエよ。クロエ、ご挨拶しなさい」
「……ご、ご機嫌よう」
「アストリッドの挨拶は終わってるわよね。私はローズよ。アストリッドと共に指導員を任されているわ。困った事があれば教えてね」
全員紛ごうことなくお嬢様だ。基本的には血が濃ければ魔力は強い。だから上級貴族で魔力の無い者は少ない。この教会だけで修道女は数百人はいる筈。貴族出の者も四、五十人は居ると聞く。上級貴族の魔力なし……思ったより多い、という感じか。
「これはこれはご丁寧に。知らない事ばかりで不安でしたが、皆様の御迎えで安心できましたわ」と和かに微笑む。
貴族相手の会話はさほど苦手では無いが、気の置けないリアと過ごす時間と比べるとやはり堅苦しい。
ここでコミュ障が発揮されかけるが『憧れのシャーリーでいて』という言葉を思い出し、ぐっと拳に力を込める。
「皆さん、今は何をしていたのですか?」と輪の中に自分から入っていった。
「あら、今は共同体生活の時間なので刺繍を皆でしていたの。あなたもどう?」とソフィアが返してくれた。
よしっ。やればできる。
「あまり得意では無いけど……教えて下さる? 皆様」
空いている椅子にそっと座る。
アストリッドが控えている執事に小声で何かを伝えると椅子がもう一脚出てきた。
「これはアストリッド様の席でしたか? 失礼いたしました……」
「ふふ、シャーリー様が皆さんの輪に入ってくれたことの方が嬉しいわ。何かと頼らせて下さい」と微笑んでいる。
良かった。貴族だらけの社交界は苦手だから断れるものは断っていた。同年代の子達が集まってるだけなら貴族院の時と同じかな……だと良いな。
「昼の祈りの後にこの寄宿舎の説明を続けましょう。今は私も刺繍に加わらせて頂きますわ」
新しく持ち込まれた椅子に座り微笑みかけてくれるアストリッド。
この微笑みにはドキッとするわ。『街一番の美人』じゃ足りないな。『天使様』というところだろう。
「それにしても『シャーリー』とは良い名前ですこと。『リア公女の冒険と皇太子との恋』のシャーリー様と同じ名前、羨ましいですわ」とローズがこちらをじっと見つめている。
少し挙動不審になるがギリギリ持ち直して「……あの演劇、もう観られたのですか……」と何とか返す。
あ、あせったー!
「私達、劇場に行くのも『お仕事』の一つだから。二週間ほど前にリアムは劇場で商人の息子だかに見初められて、そのまま輿入れよ」
「リア公女と名前が似てるから、リアム、嬉しそうだったものね」
「ふふ、浮かれてて曲がり角で殿方にぶつかって、それが縁になるんだからね……」
「皆で祝福したわよ。だからあの演劇はここにいる者は皆、好きなのよ」
「あなたも見れば『リア公女の冒険と皇太子との恋』が好きになるわ。ふふ、浮かれて走ってはダメよ」
皆で笑い合ったが、私の笑顔は少しだけ引き攣っていたと思う。
なるほど、ここに来る上級貴族は信仰にも厚いから殊更に修道生活をさせる必要もないのね。それに相手が貴族の娘を求めているのだから、変に庶民染みた生活に慣らすわけにはいかないか。貴族のままで適齢期の内に相手を見つける方が教会にとってもお徳よね……。
刺繍をしながら、演劇のネタで盛り上がる会話を聴いていた。あの子、演劇の話題になったら『わたしがモデルよ。ビックリしちゃった』とか言いそう……。何処かで会う必要があるわね。
「今日、同じ日に堅信を受けた令嬢がいたのですが、この部屋にはいなかったのよ。他にも寄宿舎があるのかしら?」と聞いてみる。
「そうね。庶民向けの寄宿舎が西の塔にあります。あと持参金をお持ちしなかった貴族の方々が入る寄宿舎も西の塔にあった筈です」
持参金渡してよね!
まぁ仕方がない。東と西か。昼間は会えないと思った方が良いかな……と考えていると耳寄りな話をアストリッドが教えてくれた。
「昼と夜の礼拝は修道女合同よ。そこで会えるかもしれないわね」
「でも礼拝は毎回大聖堂では無いのよ。最初は少しガッカリしたわ。ねっ、クロエもそう思うでしょ」
エレナがニコニコしながら話に割り込みクロエに振る。
「……えっ? あっ……うん」
挙動不審になるクロエ。
私みたいだな。がんばろうね……違う違う、最初のチャンスは昼の礼拝か。とりあえず、探してみるか……。
「その方のお名前はなんていうの? 私達も一緒に探しましょうか?」
名前は『リア』よ、と言ったら大騒ぎね。
「んふ、名前は知らないの。一言二言話しただけだから……」と微笑みながら返した。
「あら残念」
ローズが手を止めずに返す。余り興味はなさそうだ。という訳で世間話をしながら皆で布に針を刺す。
いかにもお嬢様だな……と思いながらソフィアが渡してくれた布と針を見る。正直手仕事はやったことが無い。が、先代は細かい作業を趣味にしており刺繍に彫刻、金属細工などの基本は頭の中にあった。おっかなびっくり布に糸を渡していくうちに直ぐコツが掴めた。
黙々と刺繍に励んでみる。
面白さが分かってきたので夢中で針を刺していると時間の経つのが早い早い。
「さぁ、そろそろ昼の礼拝よ。支度をしましょう」とローズが手を止めた。
こ、これは楽しい。一心不乱に針を刺す事がこんなに穏やかで楽しいとは思わなかった。クロスにサテンにフレンチノット。じっと自分が作った出来かけの刺繍を眺める。
「あら、シャーリー様、得意じゃ無いなんて謙遜でしたのね」
「ホント! それで得意じゃなかったらクロエはどうするのよ? ふふふ」
アストリッドが片付けながら嬉しそうに言うのが聞こえてくると、重ねるようにエレナがクロエを揶揄っている。クロエは布をクシャッと隠しながらシャーリーを不服そうに見つめている。
「ああぁ、ゴメンなさい。縫い方は知っていたけど実際にやるのは初めてだったので……」
思わず口から出た言い訳に皆がビックリしている。
「初めての刺繍でそれが縫えるのは才能よ。凄いわよ」
「本当。あなた、刺繍の神様が使わせてくれた天使か何かなの? ふふふ」
「ね。クロエ、見習わなきゃね!」
皆が讃えてくれる。
布に針を刺して糸を渡す、たったそれだけの事にこんなに心が動くとは。何と穏やかで素敵な時間なのか。
私の中には『人の斬り方』、『効率の良い責問方法』、『戦役での死に辛い動き方』と言った血生臭い記憶しかないと思っていた。違った……こんな素敵な記憶もあった。それが心の底から誇らしかった。
小さな布を抱きしめる。色とりどりの縫目に彩られた小さな幸せの象徴を抱きしめる。
すると周りの子達は「そんなに嬉しかったの? シャーリー様は感激屋さんね」と笑ってくれる。私の世界とは真逆な世界。こんな世界で暮らす事を時々夢想する。家と魔剣からの解放。
全てから逃げて、リアと二人で一緒に暮らしたらどうなるかな……二日目で破綻するのが目に浮かぶ。
「んふふっ、皆様、ありがとうございます。刺繍がこんなに楽しいものと初めて知りました」
素直に笑顔が綻んだ。
その笑顔を真剣に見ていたクロエが口を開いた。
「シャーリー様、私に縫い方を教えて下さい。エレナも夢中になってしまって教えてくれないの。私も刺繍を好きになりたいの!」
「あらあら、後輩が出来たと喜んでいたのに、先生に格上げするのね」
エレナが相変わらず揶揄うとクロエは焦って反論する。
「あっ、違う……い、いや、違わない! 私もそんな風に自分の……自分の刺繍を誇ってみたい……のよ」
最後は消え入りそうな声で俯いてしまった。首をゆっくり横に数回振った後、穏やかにそっと伝える。
「クロエ様、私とクロエ様は似ていると思うの。後輩でも先生でも良いので、仲良くなりましょう」
クロエは少しビックリしたようにわたしを見つめている。少し間を開けて照れながら微笑んでくれた。
「えへへっ、似てるかな……ありがとうございます」
「クロエ様、よろしくね。あっ、皆様もよ! 皆様とも……仲良くさせて欲しい……わ」
「あらホント、クロエそっくり」
これには皆で笑い合うしかなかった。
★一人称バージョン 1/31★




